どうしても愛せなかったこの世界を
頭から爪先まで ゆっくりと
落ちてゆく
刹那 けれど時が止まったように ゆっくりと
柔らかな日差しも流れ行く雲も
思えば俯いてばかりの人生だった
仰げばこれほどに美しい景色があったのか
ああ、最期に生まれたこの未練が
来世もこの地球(ほし)に産み落としてくれるだろうか
どうしても愛せなかったこの世界に…
あの美しい空にもうすぐ、届く。
「落ちてゆく」
真っ直ぐ言葉にできたら良かった。
それでも、愛していた。
思い通りにいかないのがもどかしくて、悔しくて
きつく当たっては焦燥感に襲われる。
愛してる。分かってよ。愛情の裏返しなんだ。
どうか嫌いにならないで。
君の困った顔や泣き顔すら愛おしくてたまらない。
罵って蔑んで愛して愛して愛して
こっちを向いてほしかったんだ。
愛されたかっただけなんだ。
どうか嫌いにならないで。
もう遅い
真っ直ぐ言葉にできたら良かった。
「裏返し」
自惚れていた。もう一度会いたい、その想いが通じたのだと。
目の前に居る彼を見つめる。顔も、身体も、全てが間違いなく大好きな人のそれだった。
私に会うために、そう思った。でも違う。彼が求めてきたのは私じゃない。
恋人の想いよりも彼をこの世に引き止めたものがあることに、とっくに気がついていた。
「久しぶり」
目の前の“それ”から、あの日…彼が死んだ日から
何度も脳内で再生した声。
「久しぶり、」
そう返そうと口を開いたのに、「なんで…?」呻くような声が漏れる。
「なんで此処に……」
「お前に会いに 」
嘘つき嘘つき嘘つき。期待していたはずの言葉を心声が遮る。
違う、そうじゃない。あんなに会いたいと願ったのに。
思いがけない再会が、嬉しくて仕方ないはずなのに。
どんな姿になったって、大好きなはずなのに……
「……会いになんか来て欲しくなかった」
呟くような声に、彼が顔をしかめる。
「会いになんか来て欲しくなかったっ…また別れが来るなら、会いになんか来て欲しくなかったっ!!」
堰を切ったように溢れ出す涙で、彼がどんな顔をしているのか分からない。
皮肉だ。拒絶するような真似をして、その足は勝手に彼に向かっていく。
その身体に手を伸ばす。幻でも、なにか感じられれば良かったのに。
頬を伝う涙が、やけに熱かった。
ずっと会いたくて、後悔だけが渦巻いていた。もっとしたいことが、伝えたいことが沢山あった。
じきに彼は消えてしまうんだろうか。それとも、永遠に彷徨うのか。
こういう時、なんと言えばいいんだろう。
でも、「おかえり」も「ありがとう」も言わない。
……言えない。
そんなことを言えば、もう二度と離れられなくなる気がした。
こんなことを言えば、残酷だと責められるだろうか。
それでも、私たちはもう戻れない。何度出会ったって、続けることも、やり直すこともできない。
すり抜けていく身体を抱き締める。
二度と戻れない私達への遺言を。
「“愛してた”よ」
頬には、誰にも拭われないまま乾いた本音の跡が幾筋も残っていた。
「さよならを言う前に」
スマホの画面をスクロールする。
野良猫、セミの死骸、フラペチーノ……
見切れた君の後ろ姿。
ピントの合っていないぼやけた写真。
小さく写る人影。
でも僕には分かる。これは君だ。
こっちを向いてポーズする、そんな写真は一枚もなくて。
遠くに小さく写りこむ後ろ姿や横顔だけが何枚も。
くだらない写真で容量はもういっぱい。
捨てきれない想いでこの身体はもうパンクしそう。
きっと減ることは無いんだろう。
でも良いんだ。増えることももう無いんだから。
……暑い。
扇風機の風量をあげた。
君が死んだ日も、丁度こんな暑さだったな。
「いつまでも捨てられないもの」
何もかも中途半端で 誇れるものなんて持っていなかった
頑張り方さえ知らなくて かけられる「頑張れ」に耐えきれなくて
逃げた。
宛もないのに しがみついていた居場所を捨て去って
何やってんだって 馬鹿じゃないのって
嗚呼、この身体は不良品 どこか重大な欠陥を抱えてるんだ
明けない夜に雨模様。
さぁ、生きてくださいと産み落とされて
でも生き方なんて分からなくて
不安と焦燥感が己を蝕んでいく。
穴だらけのボロボロの心と身体。
それでも歩いてこれたのは 自分でもよく分からない。
ただ、明けない夜はないのだと この人生においての前代未聞の大発見が
今は少し誇らしい。
「誇らしさ」