お題「上手くいかなくたっていい」
いや上手く行った方がいいだろうまくいかなくて良いわけあるか。
そんなの諦めるための言い訳だ。
本当は諦めたくなんかないのに、諦めなければいけなくて。
諦めさせなければいけなくて、だから苦し紛れに口から出た出まかせだ。上手くいかなくたっていいだなんて、そんなのは。
上手くいくように頑張ってきた奴の努力が無駄だったみたいな。
努力こそ価値があるのだみたいな。
結果を出すために努力した。確かに努力自体は何かしら身についただろう。
後日かひつします
「お前、箱入りだよな」
「……脈絡もなくなんですの本当」
「果物って大体箱に入ってる?」
「表面の保護や運搬の楽さも考えると箱が妥当でしょう…?」
「だよな…!?やっぱお嬢様だよなお前安心した、ました」
「今更雑に取り繕っても遅いと思いますわよ」
「ところで水って何飲んでんの」
「中庭の井戸水」
「井戸水だよな〜!!」
「謎のニヤケ顔が無性に苛つくので一発ど突きます、えい」
「掛け声からは想像つかない音が今俺の鳩尾から」
「安心しなさい、峰打ちです」
「どう見ても拳だったが!?」
人体からしちゃいけない音だったろ今。ゴキャって言った。
俺は聞いた。アイツの骨格何でできてんの?鉄骨?
「で、本題は?」
「クラスの奴と話しててお嬢って育ちがいいだろうって」
「それで?」
「じゃあ生まれてきてから食べてる果物全部箱に入ってんだろって」
「大体わかりました、何となく」
「んじゃお嬢は果物は箱から生えてくると思ってんじゃねーのって」
「人を馬鹿にしすぎでは?」
「いや絶対そう言う時期あった、絶対ある」
「ありませんわよ」
「笹本さんに聞いてみようぜ」
「嫌です私が覚えていない失態がありそうで嫌です」
「大丈夫俺もなんか失態言うから」
「自分が覚えていて自分の意思で相手に話すのと自分の知らない失態を目の前で暴露されるのって大分重みが違いますけど!?平等を気取らないでほしいのですけど!?」
大丈夫大丈夫、と適当な事をいいながら勝手知ったる邸内を行く。笹本さん何処だろう。夕方だから商店街まで買い物か、それとももう帰り着いて晩飯の支度か。いやはや普段あれだけ怖がらされている分反撃ができるとなればワクワクが止まらない。まぁコイツとてわざとじゃないのはわかっているが。淑女に恥をかかせるとか男としてマジで無いです、と脳内のお嬢がげんなりしている。本物隣にいるけど。邸内にはいない様だ。門を出たところで商店街の方向から丸々膨らんだ風呂敷を背負って歩いてくる笹本さんが見えた。
「やった笹本さんいた!お帰りなさい、荷物持ちます」
「笹本逃げてください!ソイツ今悪の権化です!荷物は私が持ちますので!」
「お二人ともどうなさったのですかや、荷物持ちはありがたいですけんども…」
「笹本さんお嬢のなんか恥ずかしい話ない!?具体的には果物は全部桐の箱から生まれてくるって勘違いしてたとか!!」
「ありませんわよね!?ありませんわよね!?あっても無いと言ってください笹本ぉ!!」
「…………そうですねぇ」
「う、裏切りですか笹本…!」
嘘だ!と絶望するお嬢に対して笹本が鋭い目を向ける。珍しいな、いつも大体お嬢の味方なのに。厳しいけど。
お嬢が生まれた時から一緒の長い付き合いらしい。
乳母的なやつ?お嬢やっぱお嬢だよな。お嬢の身の回り全般と護衛、武術を嗜むスーパー女性、笹本さん。
味方ならありがたいがマジで敵に回られたくない人。
今目の前でお嬢裏切ったけど。
「お嬢様、先日怪我をなさった時ご自分で手当てなさいましたね。あれだけ呼んでくださいと言っておいたのに…」
「だって夜遅かったですし、縫うくらい私にも出来ますし」
「お嬢様」
「す、すみませんでした!!ね、謝りましたから笹本、いいですよね」
「あれはお嬢様が…6つくらいの頃でしたかね」
「笹本ぉ!?」
「それこそ果物の箱の話です。お嬢様はあの木箱の中には大体果物が入っているのだと思っていたのでしょう、実際間違いではありませんでした」
「まぁ実際スーパーとかだとパックの方が多いんだよな」
「木箱は珍しいですよね。ダンボールならわかりますが。マお嬢様は果物が入っている所を見る機会が多かった。ここまではいいですね」
「え、私なんかやらかしましたか…?覚えがありませんが…?」
「チビすぎたんじゃねぇの?」
俺だって一番古い記憶は6歳とか5歳だ。それも鮮明に覚えているわけじゃ無い、朧げで、断片的で。
心当たりが全く無い分自分の失態というより他人事に思えたのか、続きが気になりだしたらしい。
妨害されるよりマシだ、流石笹本さん。
「当時柳谷邸をよく使っていた陰陽師、七竈さんと言います。かの方は偉大な人形使いであらせられまして、十より少ないですがそれでも多くの形代様を持っておいででした」
「…………めちゃくちゃやべー人じゃん」
「その方私達の上司ですわよ」
「めちゃくちゃやべー人じゃん」
「そうですわよ」
形代。陰陽師の武器。一つ作れる様になるまで10年、扱える様になるまで8年、使いこなすまで15年、壊れるときは一瞬。矢ツ宮殿、昔は七竈って名前で人形遣いだったのか。イメージつかないな。組み手やってる所と書類仕事してるところしか知らない。ガタイいいし。頭脳派と言うか技術派というか。階級が上がると呼び名が変わるらしい。
ややこしい。
「で?なにかあったんですか昔の矢ツ宮殿」
「当時七竈様は子供が苦手でありました。何もしていなくとも近くにいると怖がられ泣かれ親を呼ばれ警官が来るなど日常茶飯事」
「強面だもんな」
「不憫ですわ……」
「そのままでも強面の上、笑顔も不得意でいらっしゃった為、基本近寄らなかったそうです」
「ガキの方から寄ってくるんだよな……そう言う人に限って……」
「その頃のお嬢様は基本周りが大人でしたし、とりあえず七竈様を怖がる様なことはありませんでした」
「同年代の方が少ない環境でしたからね」
「…………かと言って特別親しいわけでもなく。石蕗センサーも普通でしたし。そんなある日、七竈様は沢山の真新しい桐の箱を持っていらっしゃいました」
「……ありましたっけ!?」
「七竈様には歳の離れた妹御がいたそうです、お嬢様を重ねていらっしゃった所もあるでしょう、その縁で度々出張先からお土産を買ってきていただいた事がありました」
「え、意外……めっちゃ意外」
「全く思い出せないんですけれど……笹本それ本当にありましたっけ……!?」
「お嬢様が忘れてしまっても無理もないと思いますよ、本当に小さかった頃の話ですし……心なしか途方に暮れる彼に、お嬢様は尋ねました『ななかまど様、任務お疲れ様です』『お荷物おもちいたします』『表の箱はいかがなさいますか』」
「めちゃくちゃ流暢に喋りますね」
「続きは…?」
「いつもならその流れで「箱は柳谷さん達へのお土産です、美味しいうちに召し上がってください」と続くんですがね、その日は違ったんですよ」
「…………ほうほう?」
「『私の部屋に運んでください、形代様は重量があるので2人以上でお運びしてください』」
「あ—————」
「普段もっと立派な箱に入っている形代さまでしたが、その時は任務の途中で大破してしまったらしく。幸い形代さまは傷もなく無事でしたが」
そう言うことはよくある。しかし結果無事だったからと言ってそこから裸で運ぶかといえばそんなわけもなく。
出先がなんとか空き箱を調達し、それが桐っぽい箱だった。元は素麺が入ったでかい箱だったらしい。漢字読めなかったんだろうな。6歳じゃな。そして当時任務に出た陰陽師を玄関先で出迎えに行く責任感ある幼子が「お土産の気配を察知した顔」から「考えが至らず形代様を荷物だと思い込んでしまったことに対する後悔の顔」になってしまったのは。
「その時のお嬢様の顔がよっぽど堪えたんでしょうねぇ……次の日、美味しそうな果物をいくつも買ってきてくださって。我々使用人、みんなで美味しくいただきました」
「七竈様の果物のお土産話は回数が多すぎてどれだかさっぱりわからないんですけど……」
「そのせいじゃねぇか忘れてんの。6歳だし」
「というわけで、『お嬢様が大きな桐の箱をみてお土産だと勘違いした話』でしたが、如何でしょう」
「どっちかって言えば『矢ツ宮殿の不憫な話』ですかね」
「本当に覚えていません……ありましたっけ……かと言って矢ツ宮様に直接聞くほどの話でも……しかも聞いたところでなんともならないですし!矢ツ宮様私に気を遣って何も言わなさそうですし!」
「古傷っぽいよな。あの人お嬢に対してかなり甘いし」
「……今度、日頃の感謝を込めて何か贈り物でもしましょうか……」
「何の日にするんだ?父の日?勤労感謝の日?敬老の日?」
「失礼ですわよ!!」
数ヶ月後。矢ツ宮殿の43回目の誕生日、豆大福と万年筆をプレゼントに持って行くお嬢と笹本さんの姿が見られた。俺?部屋で素麺食ってた。
ついでにお嬢のフォロー。
Q.いつもの立派な箱が見当たらない時点でクソデカ木箱に形代様がある事に気づかなかったんですか?
A.後で知ったのですけれど、その形代様を運んでいた箱もいろんな術式が仕込まれていまして、なんと手のひらサイズまで圧縮?とにかく小さくできるらしく。
それで着物の袖口などに入れていらした事が多かった、らしいです。まぁ楽ですし。私の中であの立派な箱と形代様はセットで記憶に結びついていました。そして矢ツ宮様はよくお土産をくださる方で、そこそこの頻度で私は大きな木箱と手ぶらの矢ツ宮様という組み合わせを目にしていました。そしていずれも大きな木箱はお土産だったのです。おそらく。刷り込みです。
であればどこで私が矢ツ宮様の形代様を見たのだという話になるかと思います。
任務で怪我をされ、お部屋でご飯を食べることは珍しくありません。そのご飯を届ける際や怪我の手当をさせていただいた時見ていました。
気がつかなかったのはそういうわけです、たぶん。
お祭り
「神様なくして祭りなし、と古来から定まっていますわ」
「………そうか?」
焼きそば唐揚げりんご飴。サメ釣りクレープかき氷。ベビーカステラに綿飴、お好み焼き。きゅうりの浅漬けタピオカドリンク。昨今屋台も色々ある。
両腕に数多の戦利品を提げ、参道を行く。これはその最中あまりに暇だったのでせがんだ雑談のうちのひとつだ。
吊るされた提灯の灯りに赤く照らされた横顔、笹本が丁寧に結った編み込み。何個目かのりんご飴を齧りながらお嬢は雑談を続ける。長い長い階段をいく。数えるのもやめた何本目かの鳥居を潜る。銀色の髪が揺れる。簪についた酸漿の飾りが揺れる。
「地鎮祭に納涼祭や奉納祭、いつも神様と一緒ですわ。縁日だって神社でやるでしょう」
「……そうだな」
「日本国技のお相撲も起源は神事ですし」
コイツ俺が無知だと思って適当いってんじゃねぇのか、と疑ったがそういえば始まる前に塩を撒いていた気がする。
清めの塩、審判は着物、土俵を囲む縄。言われてみればまぁわからんでもない。
「ローマも似たような話あったよな」
「オリンピックの話ですわね……なんてタイムリーな…」
「たまたまだがな」
「………昔より、神様から遠くなっていると感じる事が多い気もしますけど。悪いとこばかりではないのでしょう」
「人がどうこうできる範囲が広がってっからな。人がどうこうしなきゃいけない事が多いと言ってもいいが」
「軽犯罪が増えた気が……いえ重犯罪も増えましたわね。ネット犯罪、詐欺……憂鬱ですわ……」
「神様に頼む事案とは違うわな……つか人災じゃねぇかよ」
事前にある程度の予測が立てられる気象も、神様に頼るものではなくなってきた。だって準備できるし。台風が何日に来るとか、1時間以内に雨が降ってきますとかアプリでわかるし。人為的に雨を降らせることはできずとも、ダムで水を溜めておくなり水道を引くなり、水源の確保はできる。神様を頼らずとも、神様に縋らずとも。
大昔は神様と崇められた獣も。家畜化されたり銃殺されたり。自然を敬えと声がしたが、敬ったところで給料がでたり宝くじに当たったりしないので、多分科学技術を崇め奉る時代になってきたという事だろう。
それとも、自然より科学より、人間による災害の方が厄介で粘着質で、終わりがないという事か。
人生は続いていく。人間は生きていく。
地震や大雨、災害時にだって、盗みや性加害をする奴が、いる。蛆のように湧いて終わらない悪意が、恐ろしい。
そうして湧いた悪意の吹き溜まりが。
そうして脅かされた安寧が。
濁り滞り淀み雑り溶け、形を成して災になる。
「カミ様から距離取り続けた結果、ヒトが最後に対峙するのが神様より恐ろしい人災って皮肉か何かか?」
「人災から遠ざかる為に神様を見ていたのですわよ」
「……そうだったのか?」
「隣の畑の方が実りが良い、日照り続きで水田が枯れた、地震でみんな家がなくなったのにあいつの家だけ無事だった。全部神様の思し召しだと思えば。ね、仕方ありませんでしょう?」
「そんで『神様が見ているから善行を積みましょう』に繋げるのか?」
「悪行為すものにとって都合が良すぎるところはありますけれど。その為に考え続ける人がいますから」
「はん、ご苦労なこった」
「何を他人事みたいな顔していますの、それこそ私達陰陽師ですわよ」
「………………いやお前らの領分って一般的な動物とかと外れた化け物だとか霊的存在とかだけじゃねぇの?」
「もちろんソレらも。まず調査の段階でそこまではっきりわかるものが少ないのですわ。結局微妙なものから精査するところから始めます」
ぱきりぱきりとりんご飴がどんどん削られていく。消化されていく。
「犯罪が増えてきた分その調査も増えましたわね…5年前と思うと桁違いだと思いますわよ」
「科学技術が進歩してこんだけ夜が明るくなってんのに?いや調査だけか増えてんの。陰陽師の出る幕自体は減ってんだよな?」
「何言ってるんです?夜が明るかろうと暗かろうとお化けにも妖怪にも関係ありませんわよ」
「んなわけねぇだろ、何のために俺が電気全部つけっぱでトイレ行ってると思ってんだよ」
「あれやめていただけます?電気代が勿体無い」
「鬼かお前」
ばきん。林檎飴は無惨に砕かれた。次は唐揚げだ。こいつ割と大食いだよな。食い過ぎたって寝てるところよく見るけど。
「見えにくいだけですわ。真昼の星と同じ考え方で良いです。見えていようがいまいがそこにあるものはそこにあります。そこにあればありますし、なければないですわ」
「…………今、お前には見えてんのかよ」
「多分聞かない方が幸せだと思いますけれど」
「一生答えなくて良い、ありがとう」
「見えていません」
「今の流れなんだったんだよ!?!?」
でも今お前に見えてないならここは安全なんだろうな、と一息つく。俺の恐怖を弄んだ罪は重いが。
「私に見えてないから安全だとは限りませんわよ」
「何でそういう事言うんだお前」
「私に見えないだけかもしれませんし、貴方には見えているものが私には見えないかもしれない、逆も然り」
「……勿体つけんな」
「昔はみんな暗闇を怖がりましたから。その感覚も鋭敏だったのでしょう。でも現代は明るい。明るければ暗い場所より安全だと思い込むでしょう?一理ありますけれど、結局この世に絶対なんてありませんでしょう?」
唐揚げは既に平らげられた。次は焼きそばに手を伸ばす。パックタイプの屋台飯って立ったままだと食いづらいよな。ハンカチを広げて座るよう促す。おい驚いた顔すんな。この間「淑女の洋服を地面につけさせるような男はマジで気が利きませんわよ」って凄んだのお前だろ。
気を取り直して。
「明るくても暗くても。嫉妬も憎悪も存在するでしょう?朝でも夜でも災いは災いとしてそこにあるでしょう?」
見えにくいだけですのよ。焼きそばを食べながらコイツは微笑う。物分かりの良くない子供に言い聞かせるように。どう足掻こうと現実は変わらない事を言い聞かせるように。
「だから諦めてトイレ行く時電気消してくださいな」
「人には気休めが必要なんだよ」
「大体電気ついてるくらいでどうにかなるなら私達の武器はサーチライトか高性能懐中電灯になってますわよ」
「やめろやめろ真実を突きつけるな」
焼きそばを食い切って次に手を伸ばしたのはベビーカステラ。うまいよなソレ。最近小麦が値上がりしたせいか高いけど。口の中の水分全部持っていかれるけど。
近くの屋台で出ていたのでタピオカジュースを追加する。ついでにゴミを捨てる。俺カフェオレ派だけどコイツミルクティー派なんだよな。
「月明かりで十分でしょうに……」
「うるせぇお前にはわからんわ怖がりの気持ちが!」
「怖がると寄ってきますからね」
「更に怖い事いってんじゃねぇよ泣くぞ」
「寄ってきますわよ」
「追い討ちすんなァ!!」
カステラを一つ食べ、タピオカジュースを飲み、またカステラを食べる。美味そうだな。買ってくるわ。お前から食いもん盗ろうとすると碌な目に遭わないから。
自分の分のカステラを食べながらタピオカ入りのカフェオレを飲む。美味い。
「何をしていてもいるものはいますわ。だから大事なのは意識しないこと。そこにいると思わないこと。意識して関わりを断つ意思。」
「………………なぁやっぱりお前今日もなんか見えて」
「聞かない方が幸せだと思いますけれど。見えていませんわよ」
「……………………はい。」
その後お参りを済ませた俺たちは何事もなく柳谷邸に帰れたのであった。電気代が上がった。
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だいぶ前のお題ですがやっと描き切れたので載せます
お嬢→そこそこ長いベテラン風味陰陽師
怖がり→見習いぴよぴよ陰陽師
眩しく。
華々しく。
この世ただ一つの輝き。
そんな人間が生まれた時から隣にいたなら、
きっと人生はどんな誰より暗いだろう。
己がどれだけ劣っているのか。
己がどれだけ出来損ないか。
一生かかっても届かない場所にそいつがいる。
自分の不得意なものはあいつが10倍上手い。
自分の得意だろうものを見つけてもそいつの方が100倍上手い。
何をやっても上手くいかないわけじゃない。
上手くいってもあいつの方が上手くやる。
いつも出来損ないが隣にあるから、完璧に輪をかけてあいつが輝く。惨めだなあ。いつも失敗作だ。
どんなに頑張っても「成功した例」が隣にある。
「〇〇の劣化品」てラベルが俺の背中にあるみたいだ。
そんなことないけど。たぶん。
後日加筆します
たんじょうび。たった今目の前の人物から発せられた言葉を脳内でなぞる。いや流石に意味くらいは知っている。
「欲しいものとかありませんの?」
「だからなんでそうなるんだ」
「誕生日と言ったらプレゼントですもの」
「なんで」
「一年元気で生き延びたのですからお祝いですのよ」
「いやそんなん言ってたらキリがないだろ」
「来年生きてる保証はありませんですのよこの仕事」
「若年層をもっと大事にしろ」
「してるから私たちの年まで回ってきましたわ」
以前は15まで生存していた陰陽師は稀だったとか。
そう続いた言葉に背筋が冷える。改善されてこれかよ。
呪いも祟りも続いていますし。表立って言えませんが今年で卒寮する子達は過去最多だとか。白咲も安泰ですわね、油断はできませんけれど。
「とにかく誕生日を迎えるんですからプレゼントを用意しなければいけなくて、それは貴方が喜ぶものでなくてはいけませんのよ」
「はぁん…?」
「手っ取り早くお金でもと思ったのですけれど」
「5000兆円ほしい」
「未成年が受け取るプレゼントとして不健全だとご指摘を頂きまして」
「誰だ余計な事言った奴はよぉ…」
「我らが上司の矢ツ宮殿が」
「流石矢ツ宮殿ご慧眼!惚れる痺れる憧れる!」
「とりあえずもう本人に聞いてしまえと」
「5000兆円ほしい」
「却下ですわ不健全なので」
学校帰り。下校中の生徒や帰宅途中のサラリーマン、買い物帰りの主婦や主夫。ありふれた風景の中紛れる会話は微妙に非日常だ。言い切れないのは知らなかっただけでずっとそこにあったのを知ってしまったからなのか、非日常だと思っているだけで自分の中の日常に組み込まれてしまったからなのかはわからない。
現代まで続く陰陽師の系譜に自分が組み込まれてしまったなんて話、去年の自分にしたら笑われるだろうなとは思うが。
「健全なプレゼントってなんだよ…」
「レースのハンカチーフとかでしょうか…?」
「お前も分かってねぇんか」
「私がいただいて嬉しかったものなら沢山ありますわ、でも貴方が喜ぶイメージが全く浮かびませんの」
「5000兆円くれ」
「もう喜ぶならそれでいいとすら思えてきますけれど、ダメですわ不健全なので」
だいたいそれで何をしますの、と聞かれたのでガチャで溶かすと伝える。経済回すんだぞその顔をやめろ。不健全でNG入ってるだけなら用意はできんの??5000兆円用意まではいけんの??したところで何?って感じではあるよな。コイツが用意したわけではないし。つまり俺はコイツがなんか苦労しながら用意したものがほしいのか。はん。
「……お前、バク転できる?」
「できますわ」
「バク宙は?」
「できますわ」
「ムーンサルトキックは?」
「なんですのそれ」
「矢ツ宮殿から組み手で一本取れるか」
「無理ですわ」
「じゃあそれ」
あ、初めて見るな、その表情。
「矢ツ宮殿から一本とったお前みたい」
「……………………承りましたわ」
「なーんて、いやマジかお前」
「二言はありませんの」
「流石に冗談だよな…?」
「ふ。自分で言い出しておいて怖気付いてませんか貴方。目の前にいる私を一体なんだと思っていらっしゃるのかしら」
「猪突猛進狂戦士似非お嬢様」
「拳を一発プレゼントするのが先になりそうですわね」
「そういうところだぞお前」
「現金よりは健全でしょうし。それに私も見てみたくなりました」
私の誕生日には貴方にも用意してもらうとしますから。
自分が貰っておいて出来ません、なんて言いませんわよね?
にこり、と。自分がとんでもない事を言ってしまったと気づいたが後の祭り。
「さぁ善は急げといいますもの、早速予定を汲みますわよ」
「おいまてやっぱさっきのナシ!!飴ちゃんとかにしようぜ!!」
「何を仰います、自分の発言には責任をおもちなさいな」
「つか本当にとんの!?とれんの!?」
「取れるかどうかではなくとるのですわ」
「…………………マジで?」
この後、本当に何の仕込みも作戦もなく実力真っ向勝負の324戦目で矢ツ宮殿から見事一本とってみせたお嬢様から、やはり同じように矢ツ宮殿から一本とってみせろと言われる俺なのであった。
口は災いのもとである。南無南無。
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一番ほしいもの 値千金の。すこし解説するなら、自分でもいつのまにか諦めていた壁を越えようとする意思と、ひねくれつつも婉曲的でも、自分と共に壁を乗り越えようとしてくれたその心。