おちていく
あ、と思った時には遅かった。
お嬢様、と顔を真っ青にして手を伸ばす石蕗の様子がやけにゆっくりとはっきりと見えて、
これが走馬灯かしら、と考えるなどした。
「で、地上50階建ての窓から落ちた感想は?」
「たまたま二つ下の階がオープンテラスのカフェでした。今なら宝くじの一等当てられると思います」
「確かにめちゃくちゃラッキーだったけども!!!!」
不器用なりに林檎を剥いてくれる尾上君は随分気を揉んだようだった。自分が落ちたわけでもあるまいに、自分がこれから落ちる予定もあるまいに。
落ちたところにたまたま大きな植木があってクッションになったのも良かった。ただ枝を何本か折ってしまったのが心苦しい。
私の怪我はすぐ治るけれど、植木の怪我は長くかかるだろう。
痛い思いをさせてしまった。特に私、重いですし。
そも今だって無傷である。他にベッドを使うべき方がいるのではと思うと申し訳ない。
「不甲斐ないですわ……」
「つかなんで落ちたの?珍しいじゃん」
「ペンダントを千切られてしまって……思わず」
「あれかぁ……」
なら仕方ねぇじゃん、と納得したようだった。
あまり仕方なくは無いのですよ、お仕事より優先していい私事はないと思っていますの私。反省ですわよ。
いくら相手のとどめを差した後とはいえ。
探すのは後でも出来たことです、ので……
「修行が、足りません…!」
「や、アレ守りに行かなかったらお嬢じゃないじゃん」
「でもお仕事を放り投げてはいけませんのよ」
「仕方ない時だってあるだろ」
「ありません、もしそれで相手を見逃してしまったら?味方が攻撃されたら?守るべき人々を、殺されてしまったら?」
「だから2人以上で仕事行くんだろ。カバーし合えるように、助け合えるように。」
「……それが前提になるのは、危ういですわよ」
「は。今、日常送るのでさえ人に頼り切ってる俺にいう?」
「貴方のは仕方ないでしょう、自分で制御できるものではありませんし」
「今日のも仕方ないんじゃねぇの、お嬢が自分で考える暇も無かったくらい切羽詰まってたんだろ」
「……でも私は、」
「うん」
「もしあのペンダントを追って、それで誰かが傷付いたら。嫌です、私が弱いからですそれは……」
「でも切り捨てたらさ、お嬢がお嬢自身の大事なもの放り出してったらさ、他の人の大事なものがわからなくなっちゃうんじゃ無いかって、俺、心配だよ」
「それは、」
それは。何も言葉が続けられない。
自分の大事ものを自分で放り出すようになったら。
私が、私の1番だいじなこころを捨てるようになったら。
何が残るんだろう。
ひゅ、と嫌な音がする。喉の奥から空気が抜ける。
こわい。
でも、それよりも私は、他の誰かの為に動ける私が大事ですので。
多くの人々を守らなければいけないので。
その為にこの体はあるので。
「安心してください。私は任務を優先できる人間ですわよ。自分の都合でなく、依頼人の為に動きます」
「…………そうかな」
「ま、まぁ先日しっかり私事を優先しましたけど!」
「優先できるやつはしていいと思うけどなぁ…」
「努力します、善処します、持ち帰って検討します」
「それ全部動かないやつ〜」
神様。お願いがあります。
私は自分を優先しません。
私は何も欲しません。
私にできる全てを渡します。
私自身の心だって殺して見せましょう。
だから。
「私の弱さで誰かが傷つくことは、もう耐えられませんので」
だから、こころだけは、持つことをゆるしてください。
こいを抱え続けることだけは、ゆるしてください。
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柳谷柳子は陰陽師の組織に居続ける為に以下の条件を満たし続けねばいけない。
一つ、己の意思を捨てること。
一つ、己の自由を捨てること。
一つ、己の未来を捨てること。
もし上記の条件が満たされていない事が確認された場合、速やかに処置を行う。
ふうふ
「石蕗さんって独身?」
「ノン・デリカシーここに極まれりですわ尾上君……」
「普段横文字全然得意じゃねぇ癖になんでこういうのだけペラペラなんだよお嬢」
「ふ。いつまでもすまほに手こずる私ではありませんことよ」
「この間まで永久電池だと思ってた奴が偉そうに…」
お嬢がそもそもそこまでスマホを使わないから電池が減らない。
キッズケータイでいいんじゃねって言ったら怒るかな。
「で、実際どうなの?独身?左手の薬指どうだったっけ」
「指輪ですか?石蕗、いつも手袋をしてますし……そもそも仕事柄常に装着してるとは限りませんわよ」
「それもそうか……笹本さんなら知ってるかな」
「知ってるのでは?私より付き合い長いですし」
「でも実際どうなのか分かると面白くないんだよな…」
「簡潔に言います。最低ですわね」
「真実はどうでもいいんだよ。下世話な話がしてぇの」
「真実最低ですわ尾上君」
「2回も言った!2回も!!」
しかし本音である。石蕗さんには失礼かつ申し訳ないがどうでもいい。あの人の私生活って想像つかない。
いつも黒スーツ着こなしてお嬢(と俺)の送り迎えするか一日中仕事でいないかしか知らない。
奥さんいても知らない。いなくてもそうかって感じ。
でも10年付き合いがあるお嬢も知らないってことはいないんじゃねぇかな。隠す意味とか無いだろ。
「なぁお嬢、石蕗さんに奥さんいたらどんな人だと思う?」
「……まず陰陽師の仕事に理解がある方でしょう、あと柳谷家にも理解があって……難しくなってきました」
「笹本さんじゃね……?」
「……そうですわね?」
「何するにも息ぴったりですし」
「喧嘩してるところ見ないし」
「…………2人、ちょっと良い夫婦なのでは」
「実は付き合ってたとかあんのかな」
「わ、私はこれからどうすれば……お邪魔虫では」
「あの人らお嬢がいないと繋がらないしお嬢のいない生活考えられなさそうだから家出だけは勘弁してあげて」
そもそもわからんし。あの2人年近いしな。笹本さんの方が三つくらい上だっけ。70代って事しか知らん。
「今度きっかけがあれば2人の時間とか作ったほうがいいですかね……」
「わからん……そうかもしれん……」
「幸せになってくれると、いいんですけども……」
「そうだな……いい人たちだもんな……」
好奇心から始まった雑談は、なんかちょっとしんみりして終わった。
ところで世の中にはこんな言葉がある。
『壁に耳あり障子に目あり』。
「って事でなんか嬢チャンと尾上君が盛り上がってたよ」
「なんでその場で訂正しなかったんですか貴方は」
「だって思わぬ方向に話が転がってて口出す暇なかったんだもん」
「もんじゃありませんよ馬鹿野郎」
「どうしたらええでしょうか石蕗はん…」
「ほっときましょう、なにもないと思えば終わる筈」
「石蕗はんとそういう話なるのは、本当に、勘弁してほしいですねぇ…本当に、嫌ですねぇ…」
「私も笹本さんとは嫌ですねぇ…本当に嫌ですねぇ…」
「ワハハ凄い嫌そう」
「貴方がその場で否定したら全部終わった話ですけど!?」
「しばらく矢車はんのおやつは、無しですねぇ…」
「ご無体な」
「無しです」
どうすればいいの?
思わず溢れた言葉は、自分の喉から出たとは思えないほど弱々しく、哀れっぽく響いた。
そしてそれを拾い上げたお嬢は、事もなげに言った。
「ダイエット、しましょう」
俺のBMIの数値が「肥満気味」になった件
かひつごじつします
たからもの
「というわけで今回は埋蔵金の都市伝説があるこの廃屋の撤去作業を手伝いに来ましたわよ」
「金の亡者め……」
「失礼な。生者です」
「金の、は否定しないのかよ」
どでかい日本家屋の渡り廊下。俺たちが今いる場所。
暗闇の中を懐中電灯が照らす。畜生もっとデカくて明るいやつ選べば良かった。どこからか響くヤマバトの声がなんか怖い。
俺が鳥の羽ばたく音に怯えていようとお構い無しである。
お金が目当てじゃありません、と続けるお嬢。
いやそれ以外に何があるんだよ。
頭にはライト付きのヘルメット、虫除けスプレーに地厚いツナギ。
全身蛍光ピンク。常とはかけ離れた格好だが、いつもの愛刀は変わらず背中にあるお嬢である。
俺は蛍光緑。目に優しくないな俺ら。
さっきまで別なグループと一緒だったけど前の道で別れたところ。
「世間ではこう言った、冒険者?トレジャーハンター?ええと…あまり私も詳しくはないのですけれど」
「心霊スポット突撃してみたみたいなやつか?」
「いえ、歴史学者さんとか、そういう…生業にしてる方々といいますか。そういう方々が調査に行くでしょう、組織的に計画を立てて。」
「まぁ普通そうなんだろうな。俺あんまり知らないけど」
「陰陽師も大きな捕物の時は合同でいきますから、ああいう感じですね」
「そっちもあんまり普通じゃねぇからよくわからん」
「みなさん神隠しにあってしまわれたようで」
「激ヤバ案件じゃん」
「通常の神隠しとは違って、行った方々の記録が消えてるみたいなんですよね、人からもこの世からも」
「普通の神隠しってなに?」
「そもそもここに祀られているなにものかの記録が存在しません」
「ねぇ実は怖い話始まってる?」
「調査に来た方々が何か持っていたのかもしれませんし、元から何か隠されていたのかもしれませんし、それはもはや証明できないことではあるのですけど」
「つまりここで怖いことが起きますって話!?」
「我々囮組は歩き回ってここの主の気を引きますわよ。その間に別の組が本体を捕捉、逃げられないようにして仕留める手筈になってますので!」
「これから俺たちに怖いことが起きますって話!?!?」
この後夜明けまで走り回った。次の日筋肉痛になった。
「次の日に筋肉痛!?!?」って石蕗さんが超びっくりしてた。
キャンドル
「怖がりを自覚していますのになぜ百物語をやろうと思ったんですの?」
「スリルを味わいたくて……」
「よし、お嬢の護衛無しで夜の学校一周してこい」
「命の危険が付き纏うやつはちょっと」
「我儘め……」
後日加筆します