静かなる森へ
生きているものは総じて音がするものである。
息遣いから鼓動から足音から、全て。
ねむる時さえいびきをかく。寝息も。寝相があれば音がある。
音のないものは死体だけ。
もしくは、物理干渉のできない妖霊だ。
不気味なくらい音がしない山中に俺たちはいる。
「と言うわけで本日の舞台はこの森ですわよ」
「帰らせて……帰らせて……」
「熊が出たとの通報でしたが、話を聞けば大型の獣霊だと判断されました。獣霊の退治方法は?」
「まだ習ってねぇ」
「そっか尾上君まだ名前もないですもんね……私はいつ習ったんだったか…」
「退治方法は?」
「祓魔術式を施した武器での殺害、いえすでに死んでいるのですが……おそらくまだ自分が死んだことを理解していないのではと」
「除霊じゃないのか?」
「死んだことをわからせるためにもう一度殺します」
「そしたら成仏すんの?」
「すれば終わりですね。しなければ終わりではないですが」
終わらなければどうするのか。舗装されていない獣道を進みながら会話する。ところで相手が何処にいるとかわかってんの?
猟銃を入れた鞄を緩く持ち上げるお嬢。
「倒れなければ倒れるまでやるだけですのよ」
自分が死んだと、ここで終わりなのだと分かればおわる。
人間の霊のほうが話が通じる分楽ではないか、と一瞬思ったが口に出すまい。駄々を捏ねまくり悪霊に転化するものもあると聞いたことがある。
「俺の仕事は?」
「空間に慣れること、人以外の息遣いを感じること、自分の安全を確保すること……いろんな防具はつけましたよね?」
「重いから置いてきた……嘘だよ嘘」
「笑えない冗談ですわ」
「すみませんでした」
死んでても相手は熊である。防具全装備でも死ぬときゃ死ぬだろうが無いよりマシだ。
「まぁ何があっても傷一つつけるつもりはありませんけれど」
生きようとしなければ意味がありませんからね、と続けられた言葉がうまく頭にはいらない。なんでこの人こんなサラっとさぁねぇ言えんのそう言うこと。
「目標発見、それでは祓魔を開始します」
瞬きの後には誰もいない。そして響く銃声。
その後まだ木が倒れる音と金属音に震える空気。
倒れなかったか。俺たちと熊以外この山にもう生き物がいない。
人里に降りる前にここで止める。
明日の朝には全て元通り、とまではいかないかもしれないが。
静かすぎる森から、静かな森に戻ることだろう。
遠くでメキメキメキメキ、と木が倒れる音がする。
うん、ハゲにならないといいな、と思いました。
5/10/2025, 12:36:38 PM