お祭り
「神様なくして祭りなし、と古来から定まっていますわ」
「………そうか?」
焼きそば唐揚げりんご飴。サメ釣りクレープかき氷。ベビーカステラに綿飴、お好み焼き。きゅうりの浅漬けタピオカドリンク。昨今屋台も色々ある。
両腕に数多の戦利品を提げ、参道を行く。これはその最中あまりに暇だったのでせがんだ雑談のうちのひとつだ。
吊るされた提灯の灯りに赤く照らされた横顔、笹本が丁寧に結った編み込み。何個目かのりんご飴を齧りながらお嬢は雑談を続ける。長い長い階段をいく。数えるのもやめた何本目かの鳥居を潜る。銀色の髪が揺れる。簪についた酸漿の飾りが揺れる。
「地鎮祭に納涼祭や奉納祭、いつも神様と一緒ですわ。縁日だって神社でやるでしょう」
「……そうだな」
「日本国技のお相撲も起源は神事ですし」
コイツ俺が無知だと思って適当いってんじゃねぇのか、と疑ったがそういえば始まる前に塩を撒いていた気がする。
清めの塩、審判は着物、土俵を囲む縄。言われてみればまぁわからんでもない。
「ローマも似たような話あったよな」
「オリンピックの話ですわね……なんてタイムリーな…」
「たまたまだがな」
「………昔より、神様から遠くなっていると感じる事が多い気もしますけど。悪いとこばかりではないのでしょう」
「人がどうこうできる範囲が広がってっからな。人がどうこうしなきゃいけない事が多いと言ってもいいが」
「軽犯罪が増えた気が……いえ重犯罪も増えましたわね。ネット犯罪、詐欺……憂鬱ですわ……」
「神様に頼む事案とは違うわな……つか人災じゃねぇかよ」
事前にある程度の予測が立てられる気象も、神様に頼るものではなくなってきた。だって準備できるし。台風が何日に来るとか、1時間以内に雨が降ってきますとかアプリでわかるし。人為的に雨を降らせることはできずとも、ダムで水を溜めておくなり水道を引くなり、水源の確保はできる。神様を頼らずとも、神様に縋らずとも。
大昔は神様と崇められた獣も。家畜化されたり銃殺されたり。自然を敬えと声がしたが、敬ったところで給料がでたり宝くじに当たったりしないので、多分科学技術を崇め奉る時代になってきたという事だろう。
それとも、自然より科学より、人間による災害の方が厄介で粘着質で、終わりがないという事か。
人生は続いていく。人間は生きていく。
地震や大雨、災害時にだって、盗みや性加害をする奴が、いる。蛆のように湧いて終わらない悪意が、恐ろしい。
そうして湧いた悪意の吹き溜まりが。
そうして脅かされた安寧が。
濁り滞り淀み雑り溶け、形を成して災になる。
「カミ様から距離取り続けた結果、ヒトが最後に対峙するのが神様より恐ろしい人災って皮肉か何かか?」
「人災から遠ざかる為に神様を見ていたのですわよ」
「……そうだったのか?」
「隣の畑の方が実りが良い、日照り続きで水田が枯れた、地震でみんな家がなくなったのにあいつの家だけ無事だった。全部神様の思し召しだと思えば。ね、仕方ありませんでしょう?」
「そんで『神様が見ているから善行を積みましょう』に繋げるのか?」
「悪行為すものにとって都合が良すぎるところはありますけれど。その為に考え続ける人がいますから」
「はん、ご苦労なこった」
「何を他人事みたいな顔していますの、それこそ私達陰陽師ですわよ」
「………………いやお前らの領分って一般的な動物とかと外れた化け物だとか霊的存在とかだけじゃねぇの?」
「もちろんソレらも。まず調査の段階でそこまではっきりわかるものが少ないのですわ。結局微妙なものから精査するところから始めます」
ぱきりぱきりとりんご飴がどんどん削られていく。消化されていく。
「犯罪が増えてきた分その調査も増えましたわね…5年前と思うと桁違いだと思いますわよ」
「科学技術が進歩してこんだけ夜が明るくなってんのに?いや調査だけか増えてんの。陰陽師の出る幕自体は減ってんだよな?」
「何言ってるんです?夜が明るかろうと暗かろうとお化けにも妖怪にも関係ありませんわよ」
「んなわけねぇだろ、何のために俺が電気全部つけっぱでトイレ行ってると思ってんだよ」
「あれやめていただけます?電気代が勿体無い」
「鬼かお前」
ばきん。林檎飴は無惨に砕かれた。次は唐揚げだ。こいつ割と大食いだよな。食い過ぎたって寝てるところよく見るけど。
「見えにくいだけですわ。真昼の星と同じ考え方で良いです。見えていようがいまいがそこにあるものはそこにあります。そこにあればありますし、なければないですわ」
「…………今、お前には見えてんのかよ」
「多分聞かない方が幸せだと思いますけれど」
「一生答えなくて良い、ありがとう」
「見えていません」
「今の流れなんだったんだよ!?!?」
でも今お前に見えてないならここは安全なんだろうな、と一息つく。俺の恐怖を弄んだ罪は重いが。
「私に見えてないから安全だとは限りませんわよ」
「何でそういう事言うんだお前」
「私に見えないだけかもしれませんし、貴方には見えているものが私には見えないかもしれない、逆も然り」
「……勿体つけんな」
「昔はみんな暗闇を怖がりましたから。その感覚も鋭敏だったのでしょう。でも現代は明るい。明るければ暗い場所より安全だと思い込むでしょう?一理ありますけれど、結局この世に絶対なんてありませんでしょう?」
唐揚げは既に平らげられた。次は焼きそばに手を伸ばす。パックタイプの屋台飯って立ったままだと食いづらいよな。ハンカチを広げて座るよう促す。おい驚いた顔すんな。この間「淑女の洋服を地面につけさせるような男はマジで気が利きませんわよ」って凄んだのお前だろ。
気を取り直して。
「明るくても暗くても。嫉妬も憎悪も存在するでしょう?朝でも夜でも災いは災いとしてそこにあるでしょう?」
見えにくいだけですのよ。焼きそばを食べながらコイツは微笑う。物分かりの良くない子供に言い聞かせるように。どう足掻こうと現実は変わらない事を言い聞かせるように。
「だから諦めてトイレ行く時電気消してくださいな」
「人には気休めが必要なんだよ」
「大体電気ついてるくらいでどうにかなるなら私達の武器はサーチライトか高性能懐中電灯になってますわよ」
「やめろやめろ真実を突きつけるな」
焼きそばを食い切って次に手を伸ばしたのはベビーカステラ。うまいよなソレ。最近小麦が値上がりしたせいか高いけど。口の中の水分全部持っていかれるけど。
近くの屋台で出ていたのでタピオカジュースを追加する。ついでにゴミを捨てる。俺カフェオレ派だけどコイツミルクティー派なんだよな。
「月明かりで十分でしょうに……」
「うるせぇお前にはわからんわ怖がりの気持ちが!」
「怖がると寄ってきますからね」
「更に怖い事いってんじゃねぇよ泣くぞ」
「寄ってきますわよ」
「追い討ちすんなァ!!」
カステラを一つ食べ、タピオカジュースを飲み、またカステラを食べる。美味そうだな。買ってくるわ。お前から食いもん盗ろうとすると碌な目に遭わないから。
自分の分のカステラを食べながらタピオカ入りのカフェオレを飲む。美味い。
「何をしていてもいるものはいますわ。だから大事なのは意識しないこと。そこにいると思わないこと。意識して関わりを断つ意思。」
「………………なぁやっぱりお前今日もなんか見えて」
「聞かない方が幸せだと思いますけれど。見えていませんわよ」
「……………………はい。」
その後お参りを済ませた俺たちは何事もなく柳谷邸に帰れたのであった。電気代が上がった。
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だいぶ前のお題ですがやっと描き切れたので載せます
お嬢→そこそこ長いベテラン風味陰陽師
怖がり→見習いぴよぴよ陰陽師
8/7/2024, 9:15:56 PM