しるべにねがうは

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「お前、箱入りだよな」
「……脈絡もなくなんですの本当」
「果物って大体箱に入ってる?」
「表面の保護や運搬の楽さも考えると箱が妥当でしょう…?」
「だよな…!?やっぱお嬢様だよなお前安心した、ました」
「今更雑に取り繕っても遅いと思いますわよ」
「ところで水って何飲んでんの」
「中庭の井戸水」
「井戸水だよな〜!!」
「謎のニヤケ顔が無性に苛つくので一発ど突きます、えい」
「掛け声からは想像つかない音が今俺の鳩尾から」
「安心しなさい、峰打ちです」
「どう見ても拳だったが!?」

人体からしちゃいけない音だったろ今。ゴキャって言った。
俺は聞いた。アイツの骨格何でできてんの?鉄骨?

「で、本題は?」
「クラスの奴と話しててお嬢って育ちがいいだろうって」
「それで?」
「じゃあ生まれてきてから食べてる果物全部箱に入ってんだろって」
「大体わかりました、何となく」
「んじゃお嬢は果物は箱から生えてくると思ってんじゃねーのって」
「人を馬鹿にしすぎでは?」
「いや絶対そう言う時期あった、絶対ある」
「ありませんわよ」
「笹本さんに聞いてみようぜ」
「嫌です私が覚えていない失態がありそうで嫌です」
「大丈夫俺もなんか失態言うから」
「自分が覚えていて自分の意思で相手に話すのと自分の知らない失態を目の前で暴露されるのって大分重みが違いますけど!?平等を気取らないでほしいのですけど!?」

大丈夫大丈夫、と適当な事をいいながら勝手知ったる邸内を行く。笹本さん何処だろう。夕方だから商店街まで買い物か、それとももう帰り着いて晩飯の支度か。いやはや普段あれだけ怖がらされている分反撃ができるとなればワクワクが止まらない。まぁコイツとてわざとじゃないのはわかっているが。淑女に恥をかかせるとか男としてマジで無いです、と脳内のお嬢がげんなりしている。本物隣にいるけど。邸内にはいない様だ。門を出たところで商店街の方向から丸々膨らんだ風呂敷を背負って歩いてくる笹本さんが見えた。

「やった笹本さんいた!お帰りなさい、荷物持ちます」
「笹本逃げてください!ソイツ今悪の権化です!荷物は私が持ちますので!」
「お二人ともどうなさったのですかや、荷物持ちはありがたいですけんども…」
「笹本さんお嬢のなんか恥ずかしい話ない!?具体的には果物は全部桐の箱から生まれてくるって勘違いしてたとか!!」
「ありませんわよね!?ありませんわよね!?あっても無いと言ってください笹本ぉ!!」
「…………そうですねぇ」
「う、裏切りですか笹本…!」

嘘だ!と絶望するお嬢に対して笹本が鋭い目を向ける。珍しいな、いつも大体お嬢の味方なのに。厳しいけど。
お嬢が生まれた時から一緒の長い付き合いらしい。
乳母的なやつ?お嬢やっぱお嬢だよな。お嬢の身の回り全般と護衛、武術を嗜むスーパー女性、笹本さん。
味方ならありがたいがマジで敵に回られたくない人。
今目の前でお嬢裏切ったけど。

「お嬢様、先日怪我をなさった時ご自分で手当てなさいましたね。あれだけ呼んでくださいと言っておいたのに…」
「だって夜遅かったですし、縫うくらい私にも出来ますし」
「お嬢様」
「す、すみませんでした!!ね、謝りましたから笹本、いいですよね」
「あれはお嬢様が…6つくらいの頃でしたかね」
「笹本ぉ!?」
「それこそ果物の箱の話です。お嬢様はあの木箱の中には大体果物が入っているのだと思っていたのでしょう、実際間違いではありませんでした」
「まぁ実際スーパーとかだとパックの方が多いんだよな」
「木箱は珍しいですよね。ダンボールならわかりますが。マお嬢様は果物が入っている所を見る機会が多かった。ここまではいいですね」
「え、私なんかやらかしましたか…?覚えがありませんが…?」
「チビすぎたんじゃねぇの?」

俺だって一番古い記憶は6歳とか5歳だ。それも鮮明に覚えているわけじゃ無い、朧げで、断片的で。
心当たりが全く無い分自分の失態というより他人事に思えたのか、続きが気になりだしたらしい。
妨害されるよりマシだ、流石笹本さん。

「当時柳谷邸をよく使っていた陰陽師、七竈さんと言います。かの方は偉大な人形使いであらせられまして、十より少ないですがそれでも多くの形代様を持っておいででした」
「…………めちゃくちゃやべー人じゃん」
「その方私達の上司ですわよ」
「めちゃくちゃやべー人じゃん」
「そうですわよ」

形代。陰陽師の武器。一つ作れる様になるまで10年、扱える様になるまで8年、使いこなすまで15年、壊れるときは一瞬。矢ツ宮殿、昔は七竈って名前で人形遣いだったのか。イメージつかないな。組み手やってる所と書類仕事してるところしか知らない。ガタイいいし。頭脳派と言うか技術派というか。階級が上がると呼び名が変わるらしい。
ややこしい。

「で?なにかあったんですか昔の矢ツ宮殿」
「当時七竈様は子供が苦手でありました。何もしていなくとも近くにいると怖がられ泣かれ親を呼ばれ警官が来るなど日常茶飯事」
「強面だもんな」
「不憫ですわ……」
「そのままでも強面の上、笑顔も不得意でいらっしゃった為、基本近寄らなかったそうです」
「ガキの方から寄ってくるんだよな……そう言う人に限って……」
「その頃のお嬢様は基本周りが大人でしたし、とりあえず七竈様を怖がる様なことはありませんでした」
「同年代の方が少ない環境でしたからね」
「…………かと言って特別親しいわけでもなく。石蕗センサーも普通でしたし。そんなある日、七竈様は沢山の真新しい桐の箱を持っていらっしゃいました」
「……ありましたっけ!?」
「七竈様には歳の離れた妹御がいたそうです、その縁で度々出張先からお土産を買ってきていただいた事がありました」
「え、意外……めっちゃ意外」
「全く思い出せないんですけれど……笹本それ本当にありましたっけ……!?」
「お嬢様が忘れてしまっても無理もないと思いますよ、本当に小さかった頃の話ですし……心なしか途方に暮れる彼に、お嬢様は尋ねました『ななかまど様、任務お疲れ様です』『お荷物おもちいたします』『表の箱はいかがなさいますか』」
「めちゃくちゃ流暢に喋りますね」
「続きは…?」
「いつもならその流れで「箱は柳谷さん達へのお土産です、美味しいうちに召し上がってください」と続くんですがね、その日は違ったんですよ」
「…………ほうほう?」
「『私の部屋に運んでください、形代様は重量があるので2人以上でお運びしてください』」
「あ—————」
「普段もっと立派な箱に入っている形代さまでしたが、その時は任務の途中で大破してしまったらしく。幸い形代さまは傷もなく無事でしたが」

そう言うことはよくある。しかし結果無事だったからと言ってそこから裸で運ぶかといえばそんなわけもなく。
出先がなんとか空き箱を調達し、それが桐っぽい箱だった。元は素麺が入ったでかい箱だったらしい。漢字読めなかったんだろうな。6歳じゃな。そして当時任務に出た陰陽師を玄関先で出迎えに行く責任感ある幼子が「お土産の気配を察知した顔」から「考えが至らず形代様を荷物だと思い込んでしまったことに対する後悔の顔」になってしまったのは。

「その時のお嬢様の顔がよっぽど堪えたんでしょうねぇ……次の日、美味しそうな果物をいくつも買ってきてくださって。我々使用人、みんなで美味しくいただきました」
「七竈様の果物のお土産話は回数が多すぎてどれだかさっぱりわからないんですけど……」
「そのせいじゃねぇか忘れてんの。6歳だし」
「というわけで、『お嬢様が大きな桐の箱をみてお土産だと勘違いした話』でしたが、如何でしょう」
「どっちかって言えば『矢ツ宮殿の不憫な話』ですかね」
「本当に覚えていません……ありましたっけ……かと言って矢ツ宮様に直接聞くほどの話でも……しかも聞いたところでなんともならないですし!矢ツ宮様私に気を遣って何も言わなさそうですし!」
「古傷っぽいよな。あの人お嬢に対してかなり甘いし」
「……今度、日頃の感謝を込めて何か贈り物でもしましょうか……」
「何の日にするんだ?父の日?勤労感謝の日?敬老の日?」
「失礼ですわよ!!」

数ヶ月後。矢ツ宮殿の43回目の誕生日、豆大福と万年筆をプレゼントに持って行くお嬢と笹本さんの姿が見られた。俺?部屋で素麺食ってた。

ついでにお嬢のフォロー。
Q.いつもの立派な箱が見当たらない時点でクソデカ木箱に形代様がある事に気づかなかったんですか?

A.後で知ったのですけれど、その形代様を運んでいた箱もいろんな術式が仕込まれていまして、なんと手のひらサイズまで圧縮?とにかく小さくできるらしく。
それで着物の袖口などに入れていらした事が多かった、らしいです。まぁ楽ですし。私の中であの立派な箱と形代様はセットで記憶に結びついていました。そして矢ツ宮様はよくお土産をくださる方で、そこそこの頻度で私は大きな木箱と手ぶらの矢ツ宮様という組み合わせを目にしていました。そしていずれも大きな木箱はお土産だったのです。おそらく。刷り込みです。
であればどこで私が矢ツ宮様の形代様を見たのだという話になるかと思います。
任務で怪我をされ、お部屋でご飯を食べることは珍しくありません。そのご飯を届ける際や怪我の手当をさせていただいた時見ていました。
気がつかなかったのはそういうわけです、たぶん。

8/8/2024, 3:06:46 PM