しるべにねがうは

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たんじょうび。たった今目の前の人物から発せられた言葉を脳内でなぞる。いや流石に意味くらいは知っている。

「欲しいものとかありませんの?」
「だからなんでそうなるんだ」
「誕生日と言ったらプレゼントですもの」
「なんで」
「一年元気で生き延びたのですからお祝いですのよ」
「いやそんなん言ってたらキリがないだろ」
「来年生きてる保証はありませんですのよこの仕事」
「若年層をもっと大事にしろ」
「してるから私たちの年まで回ってきましたわ」

以前は15まで生存していた陰陽師は稀だったとか。
そう続いた言葉に背筋が冷える。改善されてこれかよ。
呪いも祟りも続いていますし。表立って言えませんが今年で卒寮する子達は過去最多だとか。白咲も安泰ですわね、油断はできませんけれど。

「とにかく誕生日を迎えるんですからプレゼントを用意しなければいけなくて、それは貴方が喜ぶものでなくてはいけませんのよ」
「はぁん…?」
「手っ取り早くお金でもと思ったのですけれど」
「5000兆円ほしい」
「未成年が受け取るプレゼントとして不健全だとご指摘を頂きまして」
「誰だ余計な事言った奴はよぉ…」
「我らが上司の矢ツ宮殿が」
「流石矢ツ宮殿ご慧眼!惚れる痺れる憧れる!」
「とりあえずもう本人に聞いてしまえと」
「5000兆円ほしい」
「却下ですわ不健全なので」

学校帰り。下校中の生徒や帰宅途中のサラリーマン、買い物帰りの主婦や主夫。ありふれた風景の中紛れる会話は微妙に非日常だ。言い切れないのは知らなかっただけでずっとそこにあったのを知ってしまったからなのか、非日常だと思っているだけで自分の中の日常に組み込まれてしまったからなのかはわからない。
現代まで続く陰陽師の系譜に自分が組み込まれてしまったなんて話、去年の自分にしたら笑われるだろうなとは思うが。

「健全なプレゼントってなんだよ…」
「レースのハンカチーフとかでしょうか…?」
「お前も分かってねぇんか」
「私がいただいて嬉しかったものなら沢山ありますわ、でも貴方が喜ぶイメージが全く浮かびませんの」
「5000兆円くれ」
「もう喜ぶならそれでいいとすら思えてきますけれど、ダメですわ不健全なので」

だいたいそれで何をしますの、と聞かれたのでガチャで溶かすと伝える。経済回すんだぞその顔をやめろ。不健全でNG入ってるだけなら用意はできんの??5000兆円用意まではいけんの??したところで何?って感じではあるよな。コイツが用意したわけではないし。つまり俺はコイツがなんか苦労しながら用意したものがほしいのか。はん。

「……お前、バク転できる?」
「できますわ」
「バク宙は?」
「できますわ」
「ムーンサルトキックは?」
「なんですのそれ」
「矢ツ宮殿から組み手で一本取れるか」
「無理ですわ」
「じゃあそれ」

あ、初めて見るな、その表情。

「矢ツ宮殿から一本とったお前みたい」
「……………………承りましたわ」
「なーんて、いやマジかお前」
「二言はありませんの」
「流石に冗談だよな…?」
「ふ。自分で言い出しておいて怖気付いてませんか貴方。目の前にいる私を一体なんだと思っていらっしゃるのかしら」
「猪突猛進狂戦士似非お嬢様」
「拳を一発プレゼントするのが先になりそうですわね」
「そういうところだぞお前」
「現金よりは健全でしょうし。それに私も見てみたくなりました」

私の誕生日には貴方にも用意してもらうとしますから。
自分が貰っておいて出来ません、なんて言いませんわよね?

にこり、と。自分がとんでもない事を言ってしまったと気づいたが後の祭り。

「さぁ善は急げといいますもの、早速予定を汲みますわよ」
「おいまてやっぱさっきのナシ!!飴ちゃんとかにしようぜ!!」
「何を仰います、自分の発言には責任をおもちなさいな」
「つか本当にとんの!?とれんの!?」
「取れるかどうかではなくとるのですわ」
「…………………マジで?」

この後、本当に何の仕込みも作戦もなく実力真っ向勝負の324戦目で矢ツ宮殿から見事一本とってみせたお嬢様から、やはり同じように矢ツ宮殿から一本とってみせろと言われる俺なのであった。
口は災いのもとである。南無南無。

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一番ほしいもの 値千金の。すこし解説するなら、自分でもいつのまにか諦めていた壁を越えようとする意思と、ひねくれつつも婉曲的でも、自分と共に壁を乗り越えようとしてくれたその心。

7/21/2024, 1:52:32 PM