眩しく。
華々しく。
この世ただ一つの輝き。
そんな人間が生まれた時から隣にいたなら、
きっと人生はどんな誰より暗いだろう。
己がどれだけ劣っているのか。
己がどれだけ出来損ないか。
一生かかっても届かない場所にそいつがいる。
自分の不得意なものはあいつが10倍上手い。
自分の得意だろうものを見つけてもそいつの方が100倍上手い。
何をやっても上手くいかないわけじゃない。
上手くいってもあいつの方が上手くやる。
いつも出来損ないが隣にあるから、完璧に輪をかけてあいつが輝く。惨めだなあ。いつも失敗作だ。
どんなに頑張っても「成功した例」が隣にある。
「〇〇の劣化品」てラベルが俺の背中にあるみたいだ。
そんなことないけど。たぶん。
後日加筆します
たんじょうび。たった今目の前の人物から発せられた言葉を脳内でなぞる。いや流石に意味くらいは知っている。
「欲しいものとかありませんの?」
「だからなんでそうなるんだ」
「誕生日と言ったらプレゼントですもの」
「なんで」
「一年元気で生き延びたのですからお祝いですのよ」
「いやそんなん言ってたらキリがないだろ」
「来年生きてる保証はありませんですのよこの仕事」
「若年層をもっと大事にしろ」
「してるから私たちの年まで回ってきましたわ」
以前は15まで生存していた陰陽師は稀だったとか。
そう続いた言葉に背筋が冷える。改善されてこれかよ。
呪いも祟りも続いていますし。表立って言えませんが今年で卒寮する子達は過去最多だとか。白咲も安泰ですわね、油断はできませんけれど。
「とにかく誕生日を迎えるんですからプレゼントを用意しなければいけなくて、それは貴方が喜ぶものでなくてはいけませんのよ」
「はぁん…?」
「手っ取り早くお金でもと思ったのですけれど」
「5000兆円ほしい」
「未成年が受け取るプレゼントとして不健全だとご指摘を頂きまして」
「誰だ余計な事言った奴はよぉ…」
「我らが上司の矢ツ宮殿が」
「流石矢ツ宮殿ご慧眼!惚れる痺れる憧れる!」
「とりあえずもう本人に聞いてしまえと」
「5000兆円ほしい」
「却下ですわ不健全なので」
学校帰り。下校中の生徒や帰宅途中のサラリーマン、買い物帰りの主婦や主夫。ありふれた風景の中紛れる会話は微妙に非日常だ。言い切れないのは知らなかっただけでずっとそこにあったのを知ってしまったからなのか、非日常だと思っているだけで自分の中の日常に組み込まれてしまったからなのかはわからない。
現代まで続く陰陽師の系譜に自分が組み込まれてしまったなんて話、去年の自分にしたら笑われるだろうなとは思うが。
「健全なプレゼントってなんだよ…」
「レースのハンカチーフとかでしょうか…?」
「お前も分かってねぇんか」
「私がいただいて嬉しかったものなら沢山ありますわ、でも貴方が喜ぶイメージが全く浮かびませんの」
「5000兆円くれ」
「もう喜ぶならそれでいいとすら思えてきますけれど、ダメですわ不健全なので」
だいたいそれで何をしますの、と聞かれたのでガチャで溶かすと伝える。経済回すんだぞその顔をやめろ。不健全でNG入ってるだけなら用意はできんの??5000兆円用意まではいけんの??したところで何?って感じではあるよな。コイツが用意したわけではないし。つまり俺はコイツがなんか苦労しながら用意したものがほしいのか。はん。
「……お前、バク転できる?」
「できますわ」
「バク宙は?」
「できますわ」
「ムーンサルトキックは?」
「なんですのそれ」
「矢ツ宮殿から組み手で一本取れるか」
「無理ですわ」
「じゃあそれ」
あ、初めて見るな、その表情。
「矢ツ宮殿から一本とったお前みたい」
「……………………承りましたわ」
「なーんて、いやマジかお前」
「二言はありませんの」
「流石に冗談だよな…?」
「ふ。自分で言い出しておいて怖気付いてませんか貴方。目の前にいる私を一体なんだと思っていらっしゃるのかしら」
「猪突猛進狂戦士似非お嬢様」
「拳を一発プレゼントするのが先になりそうですわね」
「そういうところだぞお前」
「現金よりは健全でしょうし。それに私も見てみたくなりました」
私の誕生日には貴方にも用意してもらうとしますから。
自分が貰っておいて出来ません、なんて言いませんわよね?
にこり、と。自分がとんでもない事を言ってしまったと気づいたが後の祭り。
「さぁ善は急げといいますもの、早速予定を汲みますわよ」
「おいまてやっぱさっきのナシ!!飴ちゃんとかにしようぜ!!」
「何を仰います、自分の発言には責任をおもちなさいな」
「つか本当にとんの!?とれんの!?」
「取れるかどうかではなくとるのですわ」
「…………………マジで?」
この後、本当に何の仕込みも作戦もなく実力真っ向勝負の324戦目で矢ツ宮殿から見事一本とってみせたお嬢様から、やはり同じように矢ツ宮殿から一本とってみせろと言われる俺なのであった。
口は災いのもとである。南無南無。
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一番ほしいもの 値千金の。すこし解説するなら、自分でもいつのまにか諦めていた壁を越えようとする意思と、ひねくれつつも婉曲的でも、自分と共に壁を乗り越えようとしてくれたその心。
「七夕って梅雨ど真ん中だけどよ」
「天の川が氾濫してお二人が会えなくなる話ですの?」
「ちげぇよ。彦星も織姫も星の話だろ?じゃ日本の天気なんか関係ないって思ったんだが」
「宇宙では晴れ説ですわね」
「俺もそれならハッピーエンドじゃんって思ったんだが」
「毎年普通に会えるなら…いえ愛し合う2人、一年に一度の逢瀬ですもの、ロマンチックは変わりませんわ!」
「星換算すると一年てのは体感3秒程度らしいんだよな」
「めちゃくちゃばかっぷるですわ」
「2秒離れてるの辛い…って言ってんだよな」
「…………結婚した後仕事に影響が、の所の説得力が…!」
「そんなに思い合える相手と結ばれたんならまぁ、スゲーよな」
「どう転がってもロマンチックと奇跡になりますわね」
「巡り合わせと時の運、そのものだな」
執着というのは、どうにもこうにも、面倒だ。
諦められず。手放せず。前を向けず。
どこにも行けなくなってしまう。
どこにも行けないものたちは。
どこにも行けず、滞る。
濁って、沈殿して、留められる。
泥の様に沼の様に、新たに落ちてきたものを呑み込んでいく。
どろどろとでろでろとしたモノが、べたべたとぐちゃぐちゃと混ざっていく。
「なぁ、きっとこんな所にいてはいけない」
知ってるよ。
「明るい場所にいこう?最初は慣れないかもしれないがいつかきっと、大丈夫になる日がくるから」
それっていつだよ。
「きみは綺麗だ、美しい。君は私の言葉を否定するだろうけれども、」
わかってるなら言うなよ。
「私は君を尊いと思う」
お前に何がわかるんだよ。
「君の優しさが君をこんなふうにするのなら、私はその優しさを否定しよう。君が自己犠牲を続けるならそんなのは間違っていると断罪しよう。君が他人に許しを得たくてそうしているなら、他ならぬ君自身が君の生存を守りなさい」
生きている事を許されたいと思うようになったのはいつからだろうか。
生きていてごめんなさいと思うようになったのはいつからだったろうか。
笹の葉が重なり合う音に紛れ短冊が揺れる。
緑の群れにきらめく色とりどりの願い事はどれもこれも切実だ。
受験に合格しますように、病気が治りますように、恋が無事に成就しますように。中でも一際多いと感じるのは。
『世界平和』『戦争がなくなりますように』『犯罪がなくなりますように』『仲直りできますように』『また会えますように』
「は。タナバタ様に願うことじゃねぇだろ、こう言うの」
「貴方はいつも夢がありませんわね」
「本当のこと言って悪いか?手前の芸事の上達宣言しろって言ってんのに自分以外のどうしようもない事言いやがってよ」
「まぁ七夕様もできなさそうなら流してくれるのではないですかね、天の川とかに」
「結局聞いてくれるわけじゃねぇのか」
「それこそ現実の私達にしかできませんもの、あまり怠惰になるべきではありませんわ」
元々叶える話などあったのかどうか。この手の行事に詳しくないので全くもってわからない。近年のとある妖怪もそうだ、元々の話に無いものが加えられて信仰されていく。
今生きている自分達さえ、時代に残らない一般人だ。きっとあってもなくても同じような、最初からいなかったか、その程度。
永遠に変わらないものは、それこそそう言う星のもとにあるのだろう。
「紙が勿体ねぇ」
「何事も願うことから始まりますわ、全てを否定しないでくださいまし」
「……一理あるか」
「ふふ、欲望は進化のはじまりですのよ」
「お前なら何を書くんだ」
問えばキョトンとした顔で。まぁお前も他者に願い事を叶えてもらうってタイプじゃねえし。それこそある程度の「お願い」なら聞いてくれる人間がいつも隣にいたわけで。何も思いつかないって流れも勿論、言うだけ言っておこうと山のような願い事をしてもわからんでもなく。さてコイツは一体何を願うのか。
「『世界平和にします』ですわね」
「……宣言だな」
「そういうものでしょう七夕って」
「圧があるんだよな、裏に」
「神様に宣言するのですから嘘はダメですわよ」
貴方は?と返される。これ俺も言う流れかよ面倒くさい。
「あー、風邪をひきません、毎日早起きします、誰かさんの髪結いのために」
「殊勝な心がけですこと」
では是非明日から、と続けられて仰天する。した。
「七夕は一週間先だろ!?そこまで待てよせっかち!」
「神様に宣言するのですわよ、そんなゆっくりでどうしますの!」
「お前だって今から世界平和できねぇだろ、いやまて今のは失言だった俺が悪かった今からやろうとするな行動力の化身かお前」
「ちょっと長にお電話してきますわ、今すぐ協力できそうな任務があるかどうかの確認を」
「やめろやめろお前がいくなら俺もセットだろもうちょい休ませろ大体そんなうまいこと任務があるかどうかわからんだろ」
「長、今お時間よろしいでしょうか、ええ、お仕事をさせていただきたいのですわ、何でもそして今すぐにでも」
「おい長聞くな、頼む俺まだ休みたいんですけど!」
『丁度いい所に電話してきたなガキども。今からスイカ食うから超特急で帰ってこい、全員分はないから取り合いが起きる前に食い切るぞ』
「………まぁこれも一つ世界平和の為だな」
「急ぎますわよ、私達が着く前に人が集まったら取り分がなくなります」
「もう譲り合えよそれはよ」
「馬鹿な事を言いますのね、譲れないものがあるから争いがおきるのですわ」
「スイカで消費するには勿体無い名言だな」
後日、まぁ有言実行という事で早起きして誰かさんの髪を毎日2時間かけてセットした。
七夕の翌日、つまり7月8日。朝起きたら枕元にちょっと良いタオルとリラックスグッズが置いてあった。
多分それ、七夕じゃねぇんだけど。