笹の葉が重なり合う音に紛れ短冊が揺れる。
緑の群れにきらめく色とりどりの願い事はどれもこれも切実だ。
受験に合格しますように、病気が治りますように、恋が無事に成就しますように。中でも一際多いと感じるのは。
『世界平和』『戦争がなくなりますように』『犯罪がなくなりますように』『仲直りできますように』『また会えますように』
「は。タナバタ様に願うことじゃねぇだろ、こう言うの」
「貴方はいつも夢がありませんわね」
「本当のこと言って悪いか?手前の芸事の上達宣言しろって言ってんのに自分以外のどうしようもない事言いやがってよ」
「まぁ七夕様もできなさそうなら流してくれるのではないですかね、天の川とかに」
「結局聞いてくれるわけじゃねぇのか」
「それこそ現実の私達にしかできませんもの、あまり怠惰になるべきではありませんわ」
元々叶える話などあったのかどうか。この手の行事に詳しくないので全くもってわからない。近年のとある妖怪もそうだ、元々の話に無いものが加えられて信仰されていく。
今生きている自分達さえ、時代に残らない一般人だ。きっとあってもなくても同じような、最初からいなかったか、その程度。
永遠に変わらないものは、それこそそう言う星のもとにあるのだろう。
「紙が勿体ねぇ」
「何事も願うことから始まりますわ、全てを否定しないでくださいまし」
「……一理あるか」
「ふふ、欲望は進化のはじまりですのよ」
「お前なら何を書くんだ」
問えばキョトンとした顔で。まぁお前も他者に願い事を叶えてもらうってタイプじゃねえし。それこそある程度の「お願い」なら聞いてくれる人間がいつも隣にいたわけで。何も思いつかないって流れも勿論、言うだけ言っておこうと山のような願い事をしてもわからんでもなく。さてコイツは一体何を願うのか。
「『世界平和にします』ですわね」
「……宣言だな」
「そういうものでしょう七夕って」
「圧があるんだよな、裏に」
「神様に宣言するのですから嘘はダメですわよ」
貴方は?と返される。これ俺も言う流れかよ面倒くさい。
「あー、風邪をひきません、毎日早起きします、誰かさんの髪結いのために」
「殊勝な心がけですこと」
では是非明日から、と続けられて仰天する。した。
「七夕は一週間先だろ!?そこまで待てよせっかち!」
「神様に宣言するのですわよ、そんなゆっくりでどうしますの!」
「お前だって今から世界平和できねぇだろ、いやまて今のは失言だった俺が悪かった今からやろうとするな行動力の化身かお前」
「ちょっと長にお電話してきますわ、今すぐ協力できそうな任務があるかどうかの確認を」
「やめろやめろお前がいくなら俺もセットだろもうちょい休ませろ大体そんなうまいこと任務があるかどうかわからんだろ」
「長、今お時間よろしいでしょうか、ええ、お仕事をさせていただきたいのですわ、何でもそして今すぐにでも」
「おい長聞くな、頼む俺まだ休みたいんですけど!」
『丁度いい所に電話してきたなガキども。今からスイカ食うから超特急で帰ってこい、全員分はないから取り合いが起きる前に食い切るぞ』
「………まぁこれも一つ世界平和の為だな」
「急ぎますわよ、私達が着く前に人が集まったら取り分がなくなります」
「もう譲り合えよそれはよ」
「馬鹿な事を言いますのね、譲れないものがあるから争いがおきるのですわ」
「スイカで消費するには勿体無い名言だな」
後日、まぁ有言実行という事で早起きして誰かさんの髪を毎日2時間かけてセットした。
七夕の翌日、つまり7月8日。朝起きたら枕元にちょっと良いタオルとリラックスグッズが置いてあった。
多分それ、七夕じゃねぇんだけど。
7/14/2024, 6:46:09 PM