ぐちゃり、と不愉快な音が耳をくすぐった。
生暖かな、真っ当に生きていれば関わることのなかったであろう感触が自身の手を汚す。
「ごめんね、手伝わせちゃって。」
「……本当は、1人でやるべきなのに。」
「…………いや、いいんだ。コレが終わったら、…そうだな。2人で温泉にでも行こうよ。」
「あはは。入れてもらえるかな。こんななのに。」
まぁ、彼女がそういうのも分かる。
今自分たちの両手は真っ赤だし、生臭い。あからさまに何かをしでかしたような風貌をしていて、快く受け入れてもらえるなんてとても想像がつかない。
「絵の具ですって言ったら、ワンチャン見逃してもらえるかもよ。ほら、美術専攻だし。」
「美術専攻はウソじゃん。」
「ごめん、調子乗った。」
絵の具で見逃してもらえるといいねー、なんて軽口を叩き合いながら、手はひたすらに解剖を進めた。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。
ごきんっ。
びしゃ。
「うえっ、口に入った!やべやべ」
「水もなんも持ってきてないよー。」
「だと思った。いいよ、あとちょっとだし。」
あとちょっとで解剖も終わるし、
あとちょっとで全てが終わるんだから、今更鉄の風味を気にする意味もない。
ようやく解剖を終わらせ、全てのパーツを袋に詰める。
そして、2人。
絵の具みたいに真っ赤に染まった手を繋ぎながら、海を眺めた。
袋の中に存在する親友も、
親友を裏切ってコイツと付き合った俺も、
親友が好きだったコイツも。
今から3人で、ガキだった頃と同じようにみんなで、海に飛び込むんだ。
「懐かしいな、あの後ってスイカ割りしたんだっけ?」
「したね。スイカ粉々でさぁ。結局もいっこ切り直したよね」
「マジでばーちゃんには世話になったよなぁ、ウワ、お礼くらい言っとけばよかった。」
「あはは!今更。」
あの頃とはもう違う。
スイカ割りなんて出来ないし、きっと浮かぶこともない。
もうすぐ日が昇る。
袋の中身をこぼさないように握り直して、それから。
「なぁ、お前ら。」
「今夜は、特別な夜にしような!」
ちゃぷん、と。
3人分、水面が揺れた。
「ありがとう!」
彼は、よく感謝を伝える人間だった。
物を拾ってくれて「ありがとう」
指摘してくれて「ありがとう」
遊んでくれて「ありがとう」
たくさんの「ありがとう」を、私にくれる人間だった。
私にだけでは無い。世界中の人にそれぞれ平等に、感謝を欠かさない人だった。
ポジティブで明るくて、みんなに優しい。
だから、仕方の無い事だったのかも知れない。
まだ未成年だったから、判断を間違えたのかもしれない。
簡単に彼を好きになってしまって、簡単に勘違いして、そして。
「__ごめんね、」
私は一日の最後に、初めて彼の謝罪を飲み込んだ。
初恋は、ちょっとだけ塩辛いのだと初めて教えてくれた彼に。
ありがと。ごめんね。
__________
リハビリで書いてるので変な文章かも知れないです。🥲
_____熱をだした。
覚えがある怠さにそっと体を起こした。
起こしたことによってガンガンと響き出した頭を抑えて体温計を手に取る。
ああ、熱なんて何年ぶりだろう。
ぼんやりと昔を思い出しながら体温計が声を上げるのを待つことにした。
ほとんど病気には無縁な人生を送ってきた。
病気にも、愛情にも無縁だった。…気がする。
父は短気な人だった。
何かあれば直ぐに怒鳴っていた思い出だ。
今思えば、あれば彼なりの感情表現だったのかも知れない。
ただひたすらに、自身の感情を主張することが下手だったのだろう。
………………そう思わせてくれ。いい話にして終わらせておきたい。
母は淡白な人だった。
ほとんど会話はなかった。
今も連絡は取っていない__というか、生きているやも分からない。
母と言っていいものか。
あの時、俺と彼女は縁を切ったというのに。
ただ、そんな彼女から唯一愛情を感じられたのが「風邪」だった。
極たまに体調を崩して熱が出た日。
極たまに無茶をして起き上がれなくなった日。
極たまに骨を折った日。
極たまに_____
そんな時、部屋には入りさえしないものの彼女はいつも。
ドア越しにコツリと、カットリンゴが入ったカップを置くのだ。
最初のうちは下手くそなカットだったし、翌日見てみれば指に絆創膏が目立っていたようにも思える。
段々とリンゴの形も整ってきて、絆創膏の数も減って行った。
そのうちに「床に伏せたらリンゴ」の形が板に着いた。
ピピピッ ピピピッ ピピピッ
「ん、」
重い瞼を開いて体温計を手に取る。
38.4度。ちゃんとした熱だ。
ああ、何か腹に入れないと。
そう思いながらグラりと揺れる視界と別れを告げる。
久々にリンゴを食べたい。
夢を見るのなら、出来れば、あの、ボロボロのカットリンゴを。
なんて。
扉の外には、なんの温かさもないというのに。
_________
音楽家、全くでませんでした!!!
皆さんも風邪にはお気をつけて。
_________
第2節 「ハッピーエンドのその先。」
「____こんにちは。へへ、今日も来ちゃいました。」
そう言ってその日も私は、眩しいくらいに青い空を見上げた。
どうも。最近ずーっと寒いですねえ。
だからここはひとつ、暑い夏の話を貴方へ。
私は音楽家。音楽の作れない、しがない音楽家でございます。
最近本当に、ずっと寒い。
あ、でも私。暑いより寒いのほうが好きですよ。
汗っかきでしてね、外に出ただけですーぐ汗がダラダラ…
とまあ、変な話はこれくらいにしておきましょう。
今日のお話は、私が経験したひと夏の思い出。
ソレが来年も太陽を見ることが出来るように、どうか見守ってあげておくれ。
「う゛〜〜〜〜、あづい。なんでこんなに暑いんだ。」
「世界が狂ってますよほんとに。」
「そんでなんでわたし、は、っぶねぇ!………なんで私は」
墓探しなんてしてるんでしょう。この、真夏に。
ガサガサと草藪を掻き分けながら進む。
流れ出る汗と張り付く髪。オマケに自分の背よりも高く高く上に伸びやがる草たち。
途中途中には変に飛び出たツタやツルなんかが中途半端に攻撃してくるもんで、暑くても腕まくりひとつできない状況である。
なんでこんな所にいるかと言うにも訳がありまして。
それは遡ること1日。
ある知人夫婦に頼まれ事をされたのがキッカケだった。
曰く、寿命で天寿をまっとうした祖母の唯一の未練が、ある「もの」だったらしい。
どうにかその「未練」とやらを解消してあげたい一心で探したが、見つかる前に祖母は眠ってしまったのだという。
唯一のヒントは「曾祖母の墓」。
ただし、場所は分からないものとする。
「もの」であるなら、祖母と一緒の墓に入れてあげたい。
そう涙ぐみながら言った彼女は所謂「おばあちゃんっ子」だったのだろう。少し古めかしいハンカチを握りながら彼女は頭を下げてきたのだ。
そんなこと言われてしまえば、首を振るにも勇気が必要だ。
挙句涙脆い旦那まで泣き始めたらもう、振る首は縦でしかないだろう?
そこまで、私は薄情ではないからさ。
そんなわけで、私は今ガサガサとバッタのように草を掻き分けているのだ。
無限に続く緑をかき分けながら荒くなってきた息を整えた。
その瞬間、青い空が見える。
「お、……ぇ、ワ!!!」
「向日葵じゃないですか!」
たった1本が太陽にグッと背伸びして憧れる大きな花。
そしてその足元には、比例するように小さく置かれる墓。
___ここが、1日かけて探していた目的地だった。
整ってきた息をそのままに、その墓へと近づく。
名前を確認してその場に座り込んだ。
それにしても。
この1本だけ咲いている向日葵はなんなんだろうか?
まだ「祖母の未練」とやらを見つけていないのでまだ帰ることは出来ないのだが。
さて、そろそろ「未練」を探すことにしましょうか。
「ねぇよ!!!!!も゛ー!帰らせてくださいよ!!」
未練になりそうなもの、と言われても。
墓の周りには花1本もない。
いや、花はあるんだけど。
まだまだ時間はかかりそうである。
_______なあ、※※※。
儂が先に死んでも、お前が先に死んでも。
お互い寂しいのは嫌だろう?
だからさ、どっちかが死んだらさ。
お互いの好きな花でも植えようよ。
………なに?儂か?儂の好きな花?
…………………………向日葵だな。
明るくて、とても。
お前を思い出せるからね。
太陽のもとで何も無い日常を。
敬具 貴方達をおもう音楽家より。
_________
すみません着地点辺りで地面見失いました。
どうも、こんばんは。
私は曲の作れない、しがない音楽家ですよ。
今日もお話を…と行きたいのですが、
寒いので、今日のお話はお休みでございます。
お題は「セーター」でした。
いましたよお。好きな人に手編みセーターを編んでいた男子高校生。
でも、今日はお休みなので。
セーター、暖かくていいですよね。私もすきです。
どうか皆さん流行病にはお気をつけてね。
ゆっくり休んでね。
敬具 貴方のための音楽家より。
追伸__結局セーターが送られることはなく。