_____熱をだした。
覚えがある怠さにそっと体を起こした。
起こしたことによってガンガンと響き出した頭を抑えて体温計を手に取る。
ああ、熱なんて何年ぶりだろう。
ぼんやりと昔を思い出しながら体温計が声を上げるのを待つことにした。
ほとんど病気には無縁な人生を送ってきた。
病気にも、愛情にも無縁だった。…気がする。
父は短気な人だった。
何かあれば直ぐに怒鳴っていた思い出だ。
今思えば、あれば彼なりの感情表現だったのかも知れない。
ただひたすらに、自身の感情を主張することが下手だったのだろう。
………………そう思わせてくれ。いい話にして終わらせておきたい。
母は淡白な人だった。
ほとんど会話はなかった。
今も連絡は取っていない__というか、生きているやも分からない。
母と言っていいものか。
あの時、俺と彼女は縁を切ったというのに。
ただ、そんな彼女から唯一愛情を感じられたのが「風邪」だった。
極たまに体調を崩して熱が出た日。
極たまに無茶をして起き上がれなくなった日。
極たまに骨を折った日。
極たまに_____
そんな時、部屋には入りさえしないものの彼女はいつも。
ドア越しにコツリと、カットリンゴが入ったカップを置くのだ。
最初のうちは下手くそなカットだったし、翌日見てみれば指に絆創膏が目立っていたようにも思える。
段々とリンゴの形も整ってきて、絆創膏の数も減って行った。
そのうちに「床に伏せたらリンゴ」の形が板に着いた。
ピピピッ ピピピッ ピピピッ
「ん、」
重い瞼を開いて体温計を手に取る。
38.4度。ちゃんとした熱だ。
ああ、何か腹に入れないと。
そう思いながらグラりと揺れる視界と別れを告げる。
久々にリンゴを食べたい。
夢を見るのなら、出来れば、あの、ボロボロのカットリンゴを。
なんて。
扉の外には、なんの温かさもないというのに。
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音楽家、全くでませんでした!!!
皆さんも風邪にはお気をつけて。
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第2節 「ハッピーエンドのその先。」
11/27/2023, 11:48:17 AM