花とコトリ

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11/22/2025, 6:05:21 AM

「夢の断片」

朝、目が覚める。
いつもなにかを忘れている。

夢のほとんどは、消える。
洗い立てのシーツみたいに。
光を浴びると、乾いて消えてしまう。

ごくたまに、残るものがある。
指先の砂粒ほどのざらつき。
それが「断片」だ。

昨夜の夢も、そうだった。
小さなざらつきを残した。

真っ白な部屋にいた。
わたしとクロ。
窓もない。ドアもない。
静かな、ただ白い空間。

クロは首をかしげた。
わたしの顔を、じっと見つめていた。
いつもの瞳じゃない。
澄んだ茶色じゃなかった。
夜の海。深い藍色だった。

わたしは、なにも言えなかった。
クロのその藍色の瞳のなか。
遠くで点滅する、小さな星。
それを見つけようと、見返していた。

現実に戻る。
クロは足元。丸くなって寝ている。
いつものように。
太陽の光。
黒い毛並みが、鈍く光る。

ああ。
この子こそ、わたしのいる白い部屋の。
唯一の窓。
そして、ドアなんだ。

夢の藍色はもうない。
あるのは、安心しきった重み。
かすかな獣のにおい。
それで、充分だ。

11/19/2025, 6:11:45 PM

「吹き抜ける風」

風が、ただ通り過ぎていく。
私をどこへも連れて行かない。
何かを壊そうともしない。
ここにいることを、教えてくれる。

テーブルの紙が浮き、また落ちる。
ああ、世界は動いている。
特別なことじゃない。
日々の小さな動きだ。

愛犬のクロは縁側で寝ている。
長い黒い毛が、微かに揺れていた。
クロの夢の中にも、風は吹くだろう。
ピクッと動いた耳が、それを教える。

急ぐ必要は、どこにもない。
人生も、この風に似ている。
ただ、静かに通り過ぎるだけ。

その道の途中で、
誰かの温かい手に触れる。
クロの柔らかい毛に触れる。
それで十分だと思う。

風が連れてきた匂いは、夏の終わり。
そして、新しい始まりの予感がした。

11/18/2025, 3:35:40 PM

「記憶のランタン」

光にならないものがある。

たとえば、クロの重さだ。
わたしの膝で丸くなったクロの、
ずっしりと重い。生きている重さ。

それは光ではない。
音もない。色もない。

ただ熱だけだ。

クロの体温は消えた。
わたしは手のひらに記憶する。

その場所が痛む。ときどき、ちくりと。

それは小さなランタンの火。
闇を照らす光ではない。
火傷しそうな熱い熱。それだけを持つ。

真っ暗な部屋で抱きしめる。
そっと、その熱を。
誰にも見えない小さなランタン。

揺れるたびに聞こえる。
あの日のやさしい息づかい。

わたしたちは知っている。
その熱さえあれば、生きていける。

11/17/2025, 1:35:31 PM

「冬へ」(冬の散歩とクロ)

朝。空は、鉛色。

風が、乾いて冷たい。
こういう日は、部屋の光が白い。
光は、温かさと冷たさを分ける。

クロと散歩に出る。
アスファルトが凍てついている。
クロの息が、白い煙になる。
それが、冬の合図。

手袋の指先が痛い。
でも、クロは歩き続ける。
力強く、地面を蹴る。
私もその歩調に合わせる。

景色は、何もかも色を失っている。
ただ、輪郭だけが残る。
世界が、シンプルになっていく。

クロは、時々私を見る。
「大丈夫だよ」と、言っている気がする。
その黒い瞳に、私は救われる。

冬は、言葉が要らない季節だ。
ただ、隣にクロがいる。
それだけで、全てが足りている。

私はこの静かな時間を、
ポケットに入れて、家に帰る。

11/5/2025, 12:48:45 PM

「時を止めて」

クロとソファで毛布にくるまっている。
部屋は夕方のにおいがする。

特別なことは何も起こらない。
ただ、お互いの息の音が、静かに、そこにあるだけ。

クロの毛並みが、昔より少しごわごわしてきたのを知っている。
指先に、命の重みを感じる。

私たちは、この瞬間をいつか失うだろう。
どんなに願っても、時間は誰にも味方してくれないから。
クロの時間が、私の時間と違う速度で進んでいることも、わかっている。

だから、今、目をつぶる。

瞼の裏に、この温かさと、クロの軽い寝息を焼き付ける。
瓶詰めにできるなら、そうしたい。
光も風も届かない、どこか奥深い場所にしまっておきたい。

でも、できないから、代わりに深く吸い込む。
この一瞬の匂いが、私の全部だ。

そして、またすぐ、明日が来てしまう。

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