「夢の断片」
朝、目が覚める。
いつもなにかを忘れている。
夢のほとんどは、消える。
洗い立てのシーツみたいに。
光を浴びると、乾いて消えてしまう。
ごくたまに、残るものがある。
指先の砂粒ほどのざらつき。
それが「断片」だ。
昨夜の夢も、そうだった。
小さなざらつきを残した。
真っ白な部屋にいた。
わたしとクロ。
窓もない。ドアもない。
静かな、ただ白い空間。
クロは首をかしげた。
わたしの顔を、じっと見つめていた。
いつもの瞳じゃない。
澄んだ茶色じゃなかった。
夜の海。深い藍色だった。
わたしは、なにも言えなかった。
クロのその藍色の瞳のなか。
遠くで点滅する、小さな星。
それを見つけようと、見返していた。
現実に戻る。
クロは足元。丸くなって寝ている。
いつものように。
太陽の光。
黒い毛並みが、鈍く光る。
ああ。
この子こそ、わたしのいる白い部屋の。
唯一の窓。
そして、ドアなんだ。
夢の藍色はもうない。
あるのは、安心しきった重み。
かすかな獣のにおい。
それで、充分だ。
11/22/2025, 6:05:21 AM