子供の頃は
遊園地や動物園
水族館に出かけると聞いた時は
絶叫するほど喜んだ。
おもちゃ屋や駄菓子屋
スーパーマーケットでさえ
周りの物がキラキラして
おねだりした物が手に入ると
宝物の様に大切にした。
今思えば、
そういった"感動"に溢れていた
幼少期の自分からすればそれらは全て
"楽園"
だったのかもしれない。
一説によると楽園とは
"幸せや繁栄のみ存在する世界"とされている。
管理し模造された"理想郷"とは
似て非なるものとなっている。
月日が経ち
様々な世の理を知り理解し大人になった今
"楽園"と呼べる存在をいくつ述べられるだろうか?
楽園と理想郷を混合し見誤っていないか?
創作者となった今
改めて"楽園"の意味を問う。
取り返しのつかない物を失った時
自身を護る為に、
「何もいらない」と
そう思うようになった。
これ以上
失う物を生み出さない為に
これ以上
失った物を忘れない為に
押し出す物
押し出される物
両方を断ち
大切な物があったその場所を
空白であるその場所を
物の未来として
失われた事にしない為に。
「幸せになりたい」
誰もが口ずさむ言葉に疑問を感じていた。
"幸せに"とは?
世間的にそれは
「家族と」「恋人と」「皆で」
と連ねて言われる事が多い。
"誰か"
他人と共有する事で成立している様な
そんな印象から
自分には分かりえない事なのだと思っていた。
「幸せになりたい?」
「幸せにしてあげようか?」
その声はどこからともなく突然聞こえてきた。
中性的な声。
声から姿が想像出来ない。
返答は決まっている。
「うん」
未知の事に興味が無いわけではなかった。
皆が言う"幸せに"
自分もなりたかった。
「わかった」
返答が返ってくると同時に
視界は暗闇から照らされた世界へ
見慣れた景色へと変わっていった。
「あら、おはようございます」
「眩しかったですか?」
「朝食の準備をしますね」
聞き慣れた声を聞いたせいか、
夢の中で聞こえた声が
これまでに聞いた事のない声
"だった"という事を
さらに強調された様な感覚。
身支度を済ませ
朝食が並べられたテーブルへ着く。
普段と違う香りの紅茶。
気になったまま紅茶を手に取り口に含む。
すると
その行動が面白かったのか
こちらを見ていた彼女が微笑んでいた。
『雪』
雪を見ると、必ず思い出す話がある。
私の誕生日は1月。
私が産まれる際に両親は、
男の子なら父が決めた名前を。
女の子なら母が決めた名前を。
そう決めていたらしい。
そして、私が産まれ命名権は母に渡った。
母は娘の名前に
産まれた季節の季語を含みたいと思っていた様で、
1月に誕生した私の名前は冬に因む流れとなった。
様々な候補が挙げられ、
最終的に子の名前は「雪」と決まったそう。
後日、両親は出生届を提出する為に役所へ向かい
出生届を提出する運びとなった。
しかし、その際に母がとんでもない事を言い出す。
出生届を記入している最中に
名前を変えたいと言い放ったらしい。
これには流石に
父も困惑したと聞いている。
次に、母が言い放った名前に
父は賛成せざるおえなかったというのも原因である。
母が自身の希望を取り下げて
変更したいと言い次に挙げた名は
父が案として挙げていた名前だった。
その名前に季語は含まれていない。
何度も確定する父に母は
「透き通った名前で好き」
「女の勘」と言い放ったらしい。
数年後、小学校の宿題で
名前の由来を聞いた時に「女の勘」と
聞いた時には唖然とした記憶がある。
しかしさらに数年後、
その勘は思わぬ形で実現する事となる。
父親の急死。
幼い私には余りにも大きな出来事だった。
しかし私は、
"自身の名前には父が宿っている"
そう思ってその後を乗り越えられた。
母の勘。
私にとって、余りにも偉大な出来事が
成し遂げられていた。
余談。
ここだけの話、もし私に子供が出来たなら、
"ゆき"を含めた名前をつけようと思っている。
"世界一美味しいが、世界一ぬるいラーメン"
会社の先輩から聞いた話に心を奪われた。
そのラーメンを食べられるお店は
日本海に面した片田舎の外れにあるという。
その話を聞いた次の土曜日。
私は先輩を連れてそのお店があるという
村へ向かっていた。
その道中は、海上自衛隊の基地など
見ていて飽きない景色が続いていた。
先輩のうんちくを聞いている間に
目的の村へ到着していた。
片田舎とは聞いていたが、
駅や役所や病院などは大きく綺麗な建物で
そこまで寂れていないという印象だった。
村を通り過ぎてしばらく車を走らせていると
明らかに周りに馴染んでいない建物が見えてくる。
絶対にあの店だ…
中華風で黒い屋根に真っ赤な壁紙。
佇まいに関する話も道中で聞いていた。
長旅の果てに見つけた目的地の発見で
期待感は更に高まる。
店前の駐車場に車を停め
肌寒さからそそくさと店内に入る。
店内は個性的な内装で
ラーメン屋の面影はあるが薄暗く怪しい
誇張するとライブハウスのような。
装飾の所々からそんな雰囲気を感じた。
ラーメン屋に入店したのか?
そう思わせたのは内装だけではない。
普段、ラーメン屋に入店したらよくある
元気な店員さんの挨拶。
それが全く無かったのだ。
しばらくして
頭上にハテナを浮かばせ立ち尽くしていると
厨房から無愛想な店員が出てきた。
「テーブル席へどうぞ。」
この人が店主だ。
確かな事は分からないが、
この人が店主ならこの内装に納得がいく。
髪はタオルで隠れているが
サングラスにピアス
雰囲気はラーメン屋の店員というよりも
完全にバンドマン。
その界隈の方と交流が多かった青春時代を
送ってきた私は、懐かしさと同時に
そのギャップある見た目を前に
笑いを堪えるのが大変になっていた。
失礼が無いように私が俯いてると
先輩がランチセットを2つ注文してくれて、
注文を受けたその店員さんは厨房に戻って行った。
「はぁwww」
笑い混じりの吐息は2人同時の事。
先輩も堪えながら応答していたのか…
気になる物しか置いていない店内を見渡す。
流れるBGMもJPOPで、さらに推測を促す。
「店主、絶対元バンドマンですよね」
「www」
もう何を話しても面白い。
そんなやり取りをしていると、
先の店員さんが注文の品を
運んできてくれた。
「早弾きかな?」
「もうw」
冗談言いつつ
準備されたラーメンとチャーハンのセットを
見てまた驚かされていた。
豚骨系のスープにチャーシューをベースとして
シンプルに揃ったレギュラー具材達。
チャーシューは少し厚めで
焦がしす工程があった事が分かる見た目。
大当り。
これまでの過程も相まって
クオリティというギャップに関心する。
「いただきます。」
この品の前では礼儀を払わなくてはいけない。
そんな気持ちになっていた。
先輩が1口、ラーメンに手をつけ
私も続いて箸を進めた。
「www」
「は?w」
1口、各々口をつけた瞬間に目が合い
同じ心境である事を悟る。
ぬるい。
めちゃくちゃぬるい。
焦がしは?
炙ったりしたんじゃないの??
見た目から得た情報と実態が違い過ぎる。
私は即座に、焦がしている筈の
チャーシューに手をつける。
冷たい。
めちゃくちゃ冷たい。
訳が分からなかった。
ハテナが消えないままラーメンを
食べ続けていると、店内のBGMで
聞きなれたメロディが流れてきた。
曲名は『心とココロ』。
その曲名に気が付いた時、
私は笑いを堪えて悶絶していた。
店名に被ってる。
もう何も我慢出来る気がしなかった。
そんな私を見て、
先輩も言葉を堪える事に必死なようで
2人は"心と心"が通じあったかの様に
一心不乱に食べ進む。
どうにか全て食べ終わり、
すました顔で店を後にする。
車に乗り込んだ瞬間に緊張がとけ、
2人とも堪えていた笑いが決壊した。
「めっっちゃぬるいw」
「チャーシュー冷たかったですよね?w」
「もうやめてw」
ひとしきり笑い転げた後、
そのせいで疲れた身体に鞭打って帰路を進む。
道中、暗黙の了解のように会話が途絶えていたが
息が整ってきたとお互いがわかってきた頃に
先輩の口が開いた。
「美味しかった。」
全てはそれに尽きる。
私もその点に関しては同意している。
「はい。本当に。」
その先の道中、
そのラーメン屋に関する話題は出なかった。
無事に帰宅するために。
私と先輩の心と心は
確実に繋がっていた。