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"世界一美味しいが、世界一ぬるいラーメン"

会社の先輩から聞いた話に心を奪われた。

そのラーメンを食べられるお店は
日本海に面した片田舎の外れにあるという。

その話を聞いた次の土曜日。

私は先輩を連れてそのお店があるという
村へ向かっていた。

その道中は、海上自衛隊の基地など
見ていて飽きない景色が続いていた。

先輩のうんちくを聞いている間に
目的の村へ到着していた。

片田舎とは聞いていたが、
駅や役所や病院などは大きく綺麗な建物で
そこまで寂れていないという印象だった。

村を通り過ぎてしばらく車を走らせていると
明らかに周りに馴染んでいない建物が見えてくる。

絶対にあの店だ…

中華風で黒い屋根に真っ赤な壁紙。

佇まいに関する話も道中で聞いていた。

長旅の果てに見つけた目的地の発見で
期待感は更に高まる。

店前の駐車場に車を停め
肌寒さからそそくさと店内に入る。

店内は個性的な内装で
ラーメン屋の面影はあるが薄暗く怪しい
誇張するとライブハウスのような。
装飾の所々からそんな雰囲気を感じた。

ラーメン屋に入店したのか?

そう思わせたのは内装だけではない。

普段、ラーメン屋に入店したらよくある
元気な店員さんの挨拶。
それが全く無かったのだ。

しばらくして
頭上にハテナを浮かばせ立ち尽くしていると
厨房から無愛想な店員が出てきた。

「テーブル席へどうぞ。」

この人が店主だ。

確かな事は分からないが、
この人が店主ならこの内装に納得がいく。

髪はタオルで隠れているが
サングラスにピアス
雰囲気はラーメン屋の店員というよりも
完全にバンドマン。

その界隈の方と交流が多かった青春時代を
送ってきた私は、懐かしさと同時に
そのギャップある見た目を前に
笑いを堪えるのが大変になっていた。

失礼が無いように私が俯いてると
先輩がランチセットを2つ注文してくれて、
注文を受けたその店員さんは厨房に戻って行った。

「はぁwww」

笑い混じりの吐息は2人同時の事。

先輩も堪えながら応答していたのか…

気になる物しか置いていない店内を見渡す。

流れるBGMもJPOPで、さらに推測を促す。

「店主、絶対元バンドマンですよね」

「www」

もう何を話しても面白い。

そんなやり取りをしていると、
先の店員さんが注文の品を
運んできてくれた。

「早弾きかな?」

「もうw」

冗談言いつつ
準備されたラーメンとチャーハンのセットを
見てまた驚かされていた。

豚骨系のスープにチャーシューをベースとして
シンプルに揃ったレギュラー具材達。

チャーシューは少し厚めで
焦がしす工程があった事が分かる見た目。

大当り。

これまでの過程も相まって
クオリティというギャップに関心する。

「いただきます。」

この品の前では礼儀を払わなくてはいけない。
そんな気持ちになっていた。

先輩が1口、ラーメンに手をつけ
私も続いて箸を進めた。

「www」

「は?w」

1口、各々口をつけた瞬間に目が合い
同じ心境である事を悟る。

ぬるい。

めちゃくちゃぬるい。

焦がしは?

炙ったりしたんじゃないの??

見た目から得た情報と実態が違い過ぎる。

私は即座に、焦がしている筈の
チャーシューに手をつける。

冷たい。

めちゃくちゃ冷たい。

訳が分からなかった。

ハテナが消えないままラーメンを
食べ続けていると、店内のBGMで
聞きなれたメロディが流れてきた。

曲名は『心とココロ』。

その曲名に気が付いた時、
私は笑いを堪えて悶絶していた。

店名に被ってる。

もう何も我慢出来る気がしなかった。

そんな私を見て、
先輩も言葉を堪える事に必死なようで
2人は"心と心"が通じあったかの様に
一心不乱に食べ進む。

どうにか全て食べ終わり、
すました顔で店を後にする。

車に乗り込んだ瞬間に緊張がとけ、
2人とも堪えていた笑いが決壊した。

「めっっちゃぬるいw」

「チャーシュー冷たかったですよね?w」

「もうやめてw」

ひとしきり笑い転げた後、
そのせいで疲れた身体に鞭打って帰路を進む。

道中、暗黙の了解のように会話が途絶えていたが
息が整ってきたとお互いがわかってきた頃に
先輩の口が開いた。

「美味しかった。」

全てはそれに尽きる。
私もその点に関しては同意している。

「はい。本当に。」

その先の道中、
そのラーメン屋に関する話題は出なかった。

無事に帰宅するために。

私と先輩の心と心は
確実に繋がっていた。

12/12/2023, 1:43:18 PM