【ひらり】
春が始まって数ヶ月。私は春が始まってから教室の一番後ろで一人、ご飯を食べている。
同級生はいつも下品な会話しかしなくて聞いていて不愉快だったので、私は一人で良かった。
そんな春の陽気とご飯の時間が合わさった時に桜がひらりと私のお弁当に落ちて、私は昔見たアイドルが学園の不良になっている話で主人公が桜を一つずつ食べているのを思い出して誰にもバレないように白ご飯に乗せて食べた。味は塩漬けではないからしないけれど、頭と心はこの世界が春になっていったのを理解したようだ。
どうしてこの世界は汚いのだろうか。
一生この世界が春であれば、全てが綺麗なのに。
【誰かしら?】
親しくしていた女性が最近亡くなった。生前から自分は長くないと悟っていたらしい。
私はそんな話をちっとも聞いていないし、隣にいた男の人が泣きながら葬式の会場を出て行ったのを見て私は泣くことも出来ない。私は彼女の姿を見つめていることしか出来なかった。
彼女の周りには私しかいない。さっきまで出ていった男と私以外には誰も人がいなかったのだ。彼女にはきっとたくさんの人がいただろうから、これから人が来るのだろうが今は誰もいない。足音がした。
私はあの男が来たと思って振り返る。いや、振り返ったけど、あれは女性?
「誰かしら?」
「私は、私はあなたの知人です」
「うふふ、嘘よ。分かっているわ」
「目の前にどうしているんですか?あの男の人どっか行ってしまったし」
「会いたかったの最後に。あの男はいつもあんな感じよ、私の相方だったんだけど」
「相方……好きだったんですか?」
「ううん、お仕事の相方だからそういうの無かったわよ。変な奴だったし」
「変な奴?」
「そう、色んなものを追いかけていたわ」
「そっか……」
「泣くことないじゃない。私はまた会いに来るわよ」
「その時まで約束ですよ」
「もちろん」
目の前にいた知人の女性が消えて、男の人が何かを持って走って帰ってきた。
「最後に花でもあげようと思って、アウトかな?」
「セーフです、喜んでくれますよ」
「本当に?僕いつも変なやつって言われてたから」
「本当は違うのかもしれませんよ」
「そっか」
「はい」
【愛情】
2月14日はバレンタイン、好きな人に愛情を込めてチョコレートという菓子をプレゼントする日である。
私も興味の無い同級生に3枚の板チョコレートを貰ったは良いものの、どう処理しようかと頭を悩ませながら家に帰ると妹が駆け寄って来た。
「お姉ちゃん、その板チョコ持ってきて欲しい!手伝って欲しいことある!」
「良いけど、手伝って欲しいことって……あれ?牡丹さん、どうしたんですか?」
「実はね……?」
「牡丹さんが陽稀くんっていつも日向ぼっこしてる男の子にチョコ渡して告白したいんだって。でもさ私達チョコに興味無いけど毎年チョコを渡されるから、今年はそれに消費する事にしたから!」
「ありがとうございます……」
「まあ良いけど、そういう事は連絡してよ!言ってくれたらもっと買ってきたのに」
牡丹さんという女の人は私の一番上の姉の大学の同級生で、陽稀くんという男の人に恋をしている。話を聞きながらチョコレートを溶かしていると一番上の姉が大学の講義から帰ってきた。
「ただいま〜!って牡丹がなんでいるのよ?」
「陽稀くんにチョコ渡して告白したいんだって。だからいらない板チョコ溶かして作ってんの!」
「あんた達、それ早く言いなさいよ!」
姉は文句を言いながらも牡丹さんに協力してくれた。しばらくしてチョコが出来上がって、牡丹さんの身だしなみも彼好みにして牡丹さんは「陽稀くんを私の彼氏にします」と言って告白をしに行った。
その後牡丹さんと陽稀さんはお付き合いを正式に始めたようで二人はいつも幸せそうに近所を歩いている。
そんなバレンタインにひとつの愛情が功を奏した話。
【セーター】
6月中旬、京都芸術センターに行った時の事だった。
初めての京都でワクワクしていた私はどこに行けばいいか分からず、芸術センターの中を歩いていた。
廃校になった小学校を再利用したという歴史がある芸術センターで学校みたいだと思ったけれど、私の知っているコンクリートが続く学校では無かったので嫌な記憶の数々を思い出すこともなかった。
引き続き歩いていると可愛い水色のセーターが落ちていた。小学生くらいのだろうか。無視して歩き続けようと思ったのだが、そういう訳にも行かないので拾って立ち上がると目の前に小学生くらいの女の子がいた。
「で、出たー!」
「お化けじゃないよ!」
「だよね、私霊感ないもん。あ、これあなたの?」
「そうだよ、お姉さんありがとう! ねえ、お姉さんはここに何をしに来たの?」
「どういたしまして、お芝居を観に来たの。って言っても夜に見るんだけど、それまでは行く所が無くて」
「じゃあ私と一緒に遊んでくれる?」
「いいよ」
用も無かったので小学生くらいの女の子と遊ぶことにした。かくれんぼにおにごっこにおままごと……。
誰でも1回は通るような遊びをした後、時計を見ると時刻は18時半。劇場の開場の時間が迫っているので彼女と出入り口で解散しようと思い、彼女を1階の出入口へ連れて行った。
「じゃあ、ここで……」
「葵、何してたの〜!」
「お母さーん!お姉ちゃんと遊んでたの〜!」
「すみません、ありがとうございます」
「あ、いえいえ。葵ちゃんじゃあね!」
「うん、じゃあね!」
葵ちゃんという小学生くらいの女の子はお母さんに手を引かれて帰って行った。私が東京に帰った後も彼女は元気に京都で暮らし続けてくれていると良いなと思っていると誰かに声を掛けられた。
「鈴木さんはさっきから独り言が多いぞ?」
「いるならいると言ってくださいよ!独り言なんて言ってないですよ、だってさっき親子が……!」
「そのシーンから僕は見ていたけど、そんな人はいなかったよ。ほら入らないと」
6月中旬、梅雨が来る気配もない京都で私は水色の一枚のセーターから不思議な出会い方をした。
一緒に遊んでいたはずなのに、他者から見たら彼女はいない人になってしまった。私にしか見えない親子だったのだろうか?
その後も彼女たちは何者だったのか、私が見たあの風景は何だったのかは東京に帰ったあとも分からなかった。
【また会いましょう】
先日、私は用事があったので郷土資料館を訪れた。
知人とここで落ち合う約束をしたのに知人はまだ来る気配や連絡も無かったので私は郷土資料館を観察する事にした。
歩いて行けば行くほど、周りにはその土地の歴史が見えて来て、この土地には昔の事だが馬が沢山いたからか、その馬を捕る様子なんかが描かれていて、あの土地は女性の人骨がいるなんて事が書いてあった。
「あら、久しぶりね」
誰かとすれ違い、気にせずに歩こうとしたところで声をかけられた。誰だか分からず私は振り返る。
ポニーテールの美人か微人な女で、自分がまるで美人だと言いたそうな顔をしているが、この女が美人ではなく微人である事には違いない。
そしてこんな女にも会いたくなかったのにも関わらず会ってしまったことに運の尽きを感じてはいるが、幸いにも知人には会わせなくて済んだ。
「何年ぶりでしょうね」
「そんな事より可愛くないのは変わらないのね」
「そうですか。私は可愛くなくても生きているので」
「そんなのじゃモテないわよ、一生」
「これからありのままを愛してくれる人が来るので」
「そんな人いないわよ。まあ頑張りなさい」
「ああ、そうですか」
「可愛くない。まあまた会いましょう?」
「あなたには会いません」
微人な女は足早に郷土資料館を出て行く。やはり知人には会わせなくて正解だと思った。あの微人な女は大人という立場を利用して、当時小学生の私に色々言っていったのだから。