「なんて素敵な世界だろうか。」
皆が自由に食事し
皆が自由に眠れて
皆が自由に勉強し
皆が自由に生きる
そんな世界ももう目前であろう。
彼はそう言った。
今ではSNSを通じて誰とでも話すことの出来る私たちの世界では、きっと今もどこかで口論が行われているだろう。
些細なことで言い争えるうちはまだ幸せなのかもしれない。
彼の生きるこの世界では、皆が優しく、平等で、仲違いのしない、何とも平和な世界への道が確実に出来上がっていっている。
そんな一見幸せそうな世界で、彼だけは異論を申し立てていた。
今私たちが生きているような暑い夏は存在しない。
排気ガスだって蔓延っていない。
海に空に空気、全てが透き通っている。
だが、何かが足りないのだ。
優しさだけでは学べないこともある。
完全に平等ではつまらない人生だってある。
仲違いする時もあるからこそもっと友情が深まることもある。
きっと、彼らはそんなことを一生知らずに人生を終えてしまうのだろう。
そんな心に響くようなことが何も無い世界を変える為に、彼は次元を跨いでこの世界にまでやってきたのだ。
地球温暖化、排気ガスなんていらない。そんなものが無くたって当たり前に生活は送れるだろう。だが、様々なものを作り出す為には、必然なのかもしれない。
彼は、真っ暗な中にある一筋の青い光を背中に、夜中へと歩き出して行った。
#Midnight Blue 0822
『明日、空から飛び立つ。
置いていくのは少し悲しいけどね、
でも君は僕の手を掴んで言ったんだ。
「待って、私も連れてって」
って。
僕は生きていて欲しかったよ。
僕の代わりに沢山生きて、僕を忘れて。
でも、僕は知っていたから。
残される苦しみを。
「…いいよ」
あっさりと答えた僕を見て、君は目を丸くしたね。
そんな君に最後のキスをして、君と最後の就寝を迎えた。
起きたらきっと君に飛び立つ勇気は無くなるだろうと願って。』
ここで手紙は終わっています。
#君と飛び立つ 0821
「あ...」
私の目に可愛らしいフォルムをした人形が映る。
その瞬間、私の心に何か既視感のようなものが浮かぶ。懐かしいような、何か切ないような...
「おかあさん!あれ!あれ欲しい!」
「えー?」
お母さんは困ったように笑うが、私は諦めずにねだり続ける。
「おかーさんー!あれ欲しいー!!」
「また今度ね〜」
「やぁだぁー!!」
駄々をこねる私を見る目が増える。
お母さんは更に顔を曲げて私に言う。
「ごめんねぇ、今回はやめとこ?」
「えぇーやーだーよぉー」
「だーめ、我慢して」
お母さんは私を制止する。
黄色い鳥の人形を指さし、私はもっと声を上げる。
「おねがい!!買って!!」
普段私がここまで駄々をこねないのもあって、不思議そうな顔をしたお母さんは観念したように人形を手に取る。
「わかった、そこまで言うなら買うね」
「...!ありがとう!おかあさん!」
レジに通し私の手に渡ったその人形は、さっき見たよりもずっと輝いて見えた。
相変わらず、初めに感じた感情の正体は分からなかった。
#きっと忘れない 0820
私はよく泣く。
小さい頃から今まで、嫌なことがあると自分の意思関係無く涙がこぼれる。
「なぜ泣くの?」
そんなの自分でも分からない。泣きたくて泣いていないんだから。
私が泣いている時、お母さんは嫌な顔をする。
「なぜ泣くの?」
顔を顰めながら私に聞く。
「分からない、」と答えれば、顔を叩いてくる。
「悲しいから、」と答えれば、身体を蹴ってくる。
「怖いから、」と答えれば、髪を引っ張ってくる。
今日、そのお母さんが亡くなった。
事故だった。
私の目の前で、轢かれた。
なんともグロテスクな様だった。他人事のようだが、実感が無いのだから仕方が無い。
葬儀では泣かなかった。
今まではどんな些細なことでも泣いていたのに。
初めは実感が無いから泣けないんだ、と思っていたが、一時間、二時間、一日経っても泣かない。
なんで?
逆にどうしてそこまで泣けるのかが不思議だった。
そこで、私は聞いてみた。
「なぜ泣くの?」
#なぜ泣くの?と聞かれたから 0819
コツ...コツ...
「ヒッ...」
恐怖のあまり声が漏れる。
私が恐怖している元凶の足音は、今も少しずつ近づいて来ている。
怖い話を聞いたばかりだった。
リビングのテレビをつけ、適当な番組をつけては消してと繰り返していた。そしたら、ふと目に留まった。それだけの事。
別に観なければ良かったんだ、怖いなら。でもつい観てしまった。
【夏のホラー特集】
シンプルな見出しに少しでも惹かれたのがダメだった。次の瞬間、
「うわっ」
心霊写真が映った。
こうなったら仕方がないとでも言うようにテレビに目線を固定した。
そこからはまあお察しの通り、最後まで観てしまった。そして今に至る。
コツ...コツ...
相変わらず足音は鳴り止まない。
コツ...
足音が止まった。背中に冷や汗がつたう。
ガチャ...ガチャガチャッ
ドアノブを開けようとする音。
ガチャッ...
扉が開く音。
コツ...コツ...
歩いてくる。顔は見えない。
コツ...
また足音が止まる。
「スゥッ」
「ヒッ...!」
何かを喋ろうとしている。距離はあるが、怖いものは怖い。心音が鳴り止まない。
くる...!
「アンタまだ起きてんの〜?さっさと寝なさいよ〜」
......
「お母さん...?」
「ん〜?そうだけど?」
ホッ、安心して息をつく。
「なに?まあ、早く寝なさいね。おやすみ〜」
「あ、おやすみ...」
良かった...とりあえず今日は寝っ...
「え?」
目を擦った。幻覚?
「おっ、お母さ...!」
お母さんの後ろに立っている" ソレ "が振り返る。
「ぅぐっ..」
口を塞ぐ。振り返った" ソレ "の顔は、さっきテレビで見た心霊写真の幽霊にソックリだった。
後ろから、さっきとは違う別の足音が聞こえた。
#足音 0818