また長いです。1,500字弱くらい。
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【青い青い】
あ、ヤバい。これ泣かれるかも……そう思った時には遅かった。友人の青い青い美しい目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「なんで……なんでそんなこと言うの」
こいつが泣くのはいつも、自分のことじゃなくて俺のこと。俺が俺自身を蔑ろにしたり卑下することを、こいつはとても嫌う。
今回泣かせてしまったのは、俺の成績がどうやらちゃんと評価されていないらしいという話に対し、俺が怒りもせずに「まあそんなもんだろ」とかなんとか言ったからだ。
こんなに涙脆くて大丈夫なのかと心配になるけど、こいつは同年代の中では最強に近いと言われている魔術師だ。
「いや、だってさ……ここは結局、貴族のお坊ちゃんのための学校で……いくら珍しい治癒魔術が使えても、俺が平民なのは確かで。仕方ないだろ?」
「そんなことで君が不当に扱われるのは間違ってる」
貴族がみんなこいつみたいな人間だったら、不正も何もなくなるし平和な国になるのかもしれない。いや、むしろ他国に侵略されてしまうかな。
「なあ……そんな泣くなよ」
「君が君のために怒らないからだ」
この友人はとても優しい。侯爵家の子息だっていうのに、特待生として入学した平民の俺に何かと目を掛けてくれている。
ある日のことだ。授業の後教師に呼び出された俺は、用事を済ませ、教室に置いたままだった鞄を取りに戻った。そこには俺を目の敵にしている伯爵家の次男と取り巻きが何人か残っていて、嫌な予感がした。
とにかく早く寮に戻ろう。そう思って、鞄を手に取った時だ。魔力が動いた。頭の上で何かが弾けて、気付けば俺はずぶ濡れにされていた。魔術で水を掛けられたのだ。
本当に貴族なのかと疑いたくなる下品な連中が、濡れた俺を見てケラケラ笑う。間の悪いことに……そこに俺の友人が、同年代最強の侯爵令息様が現れた。
ただでさえ大きな青い目が見開かれて。
友人はただひと声「は?」と言った。
ぶわっと放出されたのは強い冷気。床に薄く氷が張り、壁が結露してそれも凍り、窓には小さな細い氷柱ができていった。その発生源はもちろん、俺の友人。
「君たち、何をしているの」
凄んだわけでもない、脅そうという意思すら感じられない平坦な声。だからこそ恐ろしかった。
「ねぇ。なんで笑ってたの。まさか、彼を馬鹿にしてたわけじゃないよね」
俺に嫌がらせをした連中は怯えてガタガタ震えていた。けど、それ以上に俺がガタガタ震えていた。
当たり前だろう。俺は今、ずぶ濡れなんだぞ。こんな異常な冷気に晒されて無事でいられると思うのか!?
「おい、やめ、やめろ……ぉ、俺を殺す気か」
どうにか絞り出した声はちゃんと友人に届いたようである。ハッとした侯爵令息は、冷気を出すのをやめたけど、それですぐに気温が上がるわけじゃ……
あ。冷気の代わりに温風出しやがった。風と火の複合魔術か。器用な真似をする。こいつ、使えない魔術があるのかねぇ?
「ごめん、ごめんね。寒かったよね!?」
寒かったっていうか、もう寒いの通り越して痛かったよ俺は。
友人は俺を暖め、乾かし、荷物も乾かしてくれて、伯爵家の次男とその取り巻きたちにはきっちり謝罪をさせた。
涙脆い奴だと思っていた。
でもそれは、怒りを怒りとして出すことができないからなのだと知った。
「僕が怒ると周りのものを何でも凍らせちゃうんだよ」
友人は幼い頃から、怒ってはいけないと自分に言い聞かせてきたらしい。その結果、感情が高ぶるとそれがどんな『想い』でも、泣いてしまうようになったとか。
「だから君も頼むから僕を怒らせないでね?」
俺はこいつには逆らわないと決めた。そして、もう少し自衛を頑張ろうと思った。周囲の人間たちを守るためにも。
ものすごーく前のお題の続きだけど、きっとわかる人はいないだろうな、という自己満足。
これだけでも意味は通じる……といいなぁ。
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【風と】
大きな影が近付いてきて、ぶわりと風が巻き起こる。フォルは慌てて着地のための空間をあけた。
降りてきたのは、飛竜とその主人だ。彼はいつも影を先触れにして風と共に帰ってくる。
「フォル! お腹空いた!」
酷い人だとフォルは思う。十日で帰って来るはずが、ひと月も自分を放置していた癖に、ただいまも久しぶりもなく、食事の催促とは。
「スープならありますよ。オムレツも焼きましょうか」
それでも対応できた自分に、フォルは概ね満足していた。
彼は相棒の飛竜に近くで待機するよう言い聞かせた。そのいい加減な指示でよく従うものだとフォルは呆れる。風が二人の髪を乱し、飛竜が飛び立った。
「おかえりなさい、リーンハルト様」
フォルが笑いかけると、彼はちょっとムッとして答えた。
「何度も言っているのに。リーンでいいし敬語は要らないって」
「リーンハルト様は僕の恩人ですし、愛称で呼び捨てというのはちょっと……」
すると、わざとらしいため息をついて、リーンハルトはようやく「ただいま」と言う。フォルと彼は再会のたびに似たようなやり取りをしている。
「目的の素材は入手できましたか?」
リーンハルトがこの森の中の家を離れていたのは、薬の材料を手に入れるためだった。
「うん。それはもうしっかりと」
ホクホクと笑う顔に、何か満足できるようなことがあったのだろうとフォルは思う。珍しい素材か、新しい本か、それとも知らない薬でも見つけたか。
何にせよ、この様子ならしばらくはここに居てくれるだろうとフォルは考えた。新しい薬の調合に当分は夢中になるはずだ。
フォルは逃亡奴隷である。隷属の首輪を壊して、フォルを解放し、逃してくれたのがリーンハルトだ。
この辺りでは珍しいハーフエルフであるフォルを隠すために、リーンハルトは森の奥に家を建てた。
植物魔法と土魔法であっという間に一軒家を建ててしまったリーンハルトを見て、フォルは決して逆らわないことを改めて心に決めた。
一体どれだけの魔力があるのかと戦慄したからだ。今の本業はテイマーじゃなかったのか。
「今回見つけた薬はすごいぞ、フォル!」
リーンハルトが『すごい』と言ったものがフォルから見たら全然すごくなかったことが何度もあるので、あまり期待はせずに聞いた。
「今度は何を見つけたんです? しもやけの薬ですか」
「変装薬だ!」
リーンハルトはフォルを振り返って得意げな顔をする。
「人間の街に潜んでいたエルフに教えてもらった、エルフの長い耳を隠すために使う薬だ」
「え……」
フォルが立ち竦んで、リーンハルトがにひひと笑う。
「フォルトゥナート。これで君も人里に行けるぞ」
この人はそのためにここを留守にしていたのかと考えて、フォルは少し恥ずかしくなった。早く帰ってきてくれなかったことに拗ねていたという自覚があったから。
「材料を揃えるのに少し手間取って、余計な時間がかかった。連絡もせずに悪かった」
「いえ……それは構いませんが」
「街に行こう、フォル。定住はせずにしばらく旅をするのも良いな。君は行きたい場所はある?」
フォルは滲む視界をどうにか抑えつつ、笑った。これでやっと、置き去りにされるばかりの時間が終わるのだ。
「あなたと一緒なら僕はどこにでも行きますよ、リーンハルト様」
(以上【蝶よ花よ】というお題の続きでした)
【軌跡】
この世界ではおそらく彼だけが残す軌跡。そのタイヤ痕を私はたどる。いつかもう一度会うために。そしてあの男を思い切りぶん殴ってやるために。
この世界にたった二人しかいない日本人。その同郷者を「危険だ」のひと言で置き去りにした勇者様。やつは今でも召喚された時に乗っていた自動車で移動している。女神の加護とやらでガソリン要らないんだってさ。
相手は自動車だから移動が速い……かと思いきや、道なんて整備されていない異世界だ。タイヤが嵌った跡があったり、森を大きく迂回していたり。あいつはあいつでそれなりに大変そうである。
私はと言えば、従魔術の才能があったらしくて、大型の魔獣を手懐けて背に乗せてもらっている。
あいつが目指しているのは魔境、そして魔王城だ。そこに到着する前に、必ず追い付く。そう決めた。
そして、勝手に置いていくなと、弱い者扱いするなと、私にも手伝わせろと、水臭いじゃないかと、それから……独りにしないでと、殴ってやるのだ。
BLです。苦手な方ご注意ください。長いです。
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【好きになれない、嫌いになれない】
男爵家の三男である僕、マール・ロヴェットと、侯爵家のご令息アレクシス・ランズデール様の魔力回路は繋がっている。
それは魔力回路に突然障害を生じたアレクシス様の命を救うためには必要な措置だった。
魔素を取り込み魔力に変換することは呼吸と同じくらい大事な、体の仕組みのひとつである。そのために必要なのが魔力回路だ。
魔力の自然放出ができなくなってしまったアレクシス様は、放っておけば魔法を暴走させていた可能性が高く、どれだけの被害を出したかわからない。
厳重な結界の中に幽閉すべきだという意見もあったらしい。けど、アレクシス様のご両親は彼を諦めることができなかった。そして選ばれた手段が、他人と魔力回路を接続すること。
魔力回路を繋げれば、アレクシス様の過剰な魔力は繋がっている相手に流れ込む。そして、正常な魔力回路の持ち主であれば、過剰な魔力は自然と放出される。
僕と魔力回路を接続することで、アレクシス様は幽閉されることなく、魔法の暴走も起こさずに済んだ。
問題はアレクシス様が僕からあまり離れられなくなったこと。一日くらいならいいけれど、長い間遠くにいると魔力が受け取れなくなって危険なんだ。
僕は侯爵家に部屋を用意されて、そこで暮らすことになってしまった。
アレクシス様は僕にとても優しい。僕は彼を助けることができて嬉しかった。身分の差はあるものの、アレクシス様は同じ学院の同級生で、正直ずっと憧れていた相手なんだ。
でも、僕からの好意なんて、アレクシス様には迷惑だろう。
アレクシス様には元々婚約者がいた。その婚約はすでに解消されている。それでも……
アレクシス様はいつか可愛らしい令嬢を伴侶に迎えるはず。そうなった後も近くに居なければいけないのが僕の立場だ。恨んで嫌うこともできない。気まずくなるのは辛いから。
これ以上、アレクシス様を好きになれない、嫌いになれない。僕はもう、どうしたらいいのかわからない。
ランズデール侯爵家の跡継ぎがアレクシス様ではなく弟君になることが正式に決定された。
やはり、僕の補佐がなければ暮らしていけないアレクシス様が当主になるのは難しいのか。僕は僕なりにアレクシス様を支えようと、ランズデール家の執事長から色々と教わったりしていたのに。
僕とアレクシス様の学院卒業が近付いてきた。アレクシス様は卒業後しばらくは侯爵家の仕事を手伝うらしい。僕も彼の側仕えとして住み込みで補佐する予定である。
ある日、僕は学院の庭園でアレクシス様が元婚約者のパトリシア嬢と話しているのを見かけてしまった。
「どうしよう、パティ。マールが今日もとても可愛い」
「はいはい、良かったわね」
「今朝はちょっと寝癖が残っていたんだ。寝坊したのかな。私が起こしてあげたい」
「……わたくし、あなたと婚約を解消できて、心の底から良かったと思ってるわ。本当に、本気で」
聞き間違い……だよね。
うん。きっとそう。確かに今朝はなかなか寝癖が落ち着かなくて苦戦したけど。
「あら。マールじゃないの」
しまった。パトリシア嬢に気付かれた。目が合ってしまって、誤魔化せない。
「え。今の、聞いてた……?」
アレクシス様の顔が真っ赤になって、僕も何故か釣られてしまって真っ赤になった。
「ちょうどいい機会だわ。よーく話し合いなさいな」
なんて呆れたように言って、パトリシア嬢は立ち去ってしまった。
離れることができない僕たちは、ようやくお互いの気持ちを確認し。僕は自分が最初からアレクシス様の伴侶候補として侯爵家に迎えられていたことを知った。
そもそも接続する相手に僕を選んだのは、アレクシス様が僕を好ましいと思っていたからだとか。
「そういうことは早く言ってください」
「ごめん。卒業パーティーで婚約を申し込むつもりだった」
そういえば、この学院の卒業パーティーで婚約を決めた二人は幸せになれるというジンクスがあるんだったな……
またファンタジー。1,200字程です。
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【夜が明けた。】
夜が明けた。そんな実感は全くないのだが。奮発して買った懐中時計が、今はもう朝だと告げている。
実感がないのも当然だ。ここは迷宮の中で光なんて届かない。俺たちを照らすのは地面の焚き火と燈火の魔法で出した光の玉。周囲の深い闇と比べると心許ない明かりである。
俺は今、遭難中だ。迷宮の地形はごく希に変わることがあると先輩冒険者から聞かされてはいた。けど、まさか新しい道を見つけた先に、転移罠があるなんて。
罠を踏んだのは俺だけで、本当なら俺がひとりで遭難するはずだった。だけど。転移が発動する寸前、ポーターとして雇った少年が俺の腕を掴んでついて来てしまった。
ポーターというのは荷物持ちだ。収納魔法が使えたり魔法鞄を持っていたりするやつが、他の冒険者の代わりに荷物を運ぶのだ。食料や予備の装備や、倒した魔獣の素材なんかを。
ポーターがいれば他の冒険者たちは戦闘に専念できる。けど、優秀なポーターは雇うと高い。今回雇った少年は、彼を一切戦わせないという条件で安く雇われてくれたのだ。だから正直、何も期待していなかった。
それなのに。わざわざ俺について来た少年は、実はとんでもない大容量の収納魔法が使えたらしい。
新鮮な野菜を出してスープを作ってくれたり果物を切ってくれたり、しかもそれをテーブルと椅子を並べて食わせてくれたり。それだけでもかなりの規格外だ。
休もうと言ったら、寝るならどうぞとベッドを出されて、俺はもう「は?」としか言えなかった。
なんだそれ。迷宮の中だぞ。それも遭難中。
普段の迷宮探索よりも数段快適な遭難生活。いくら収納魔法があるからって、家具がぽんぽん出てくるなんて。どういうことだよ。聞いたこともない。しかもこの少年、めちゃくちゃ強いのだ。
本人いわく、冒険者ランクが上がったら専属にならないかという貴族からの話があって、それがどうしても嫌なので、昇級したくないし目立ちたくないのだと。
だから昇級の条件を満たさないようにポーターとして活動しているらしい。
それなのに、転移罠を踏んだ俺を見て、助けなきゃと思ってくれたという。ありがたい……
俺が起きたことに気付いた少年が、ベッドを振り返って言う。
「おはようございます。食事、できてますよ」
何なのこの子。何がしたいの。もしかして生還したら大金請求されるのか、俺。
「……どうしました?」
「いや。こんなに良くしてもらっても俺には何も払えないぞ?」
いいんですよと少年が笑う。
「その代わり僕のことは黙っていてください。何も変わったことはなかった。いいですね?」
「あ、ああ」
俺はこくこくと頷いた。
頷かなければいけないと思った。下手をすれば命はないと。
だって、燈火魔法で照らされた少年の目が。その瞳孔が。すうっと縦に細くなって剣呑に光ったのだ。それは爬虫類じみて恐ろしかった。まるで、気紛れに人間の近くに現れるという、伝説の竜の目。
竜は気に入った人間を助けるというけれど。
いや、まさか。まさか……ね。