またファンタジー。1,200字程です。
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【夜が明けた。】
夜が明けた。そんな実感は全くないのだが。奮発して買った懐中時計が、今はもう朝だと告げている。
実感がないのも当然だ。ここは迷宮の中で光なんて届かない。俺たちを照らすのは地面の焚き火と燈火の魔法で出した光の玉。周囲の深い闇と比べると心許ない明かりである。
俺は今、遭難中だ。迷宮の地形はごく希に変わることがあると先輩冒険者から聞かされてはいた。けど、まさか新しい道を見つけた先に、転移罠があるなんて。
罠を踏んだのは俺だけで、本当なら俺がひとりで遭難するはずだった。だけど。転移が発動する寸前、ポーターとして雇った少年が俺の腕を掴んでついて来てしまった。
ポーターというのは荷物持ちだ。収納魔法が使えたり魔法鞄を持っていたりするやつが、他の冒険者の代わりに荷物を運ぶのだ。食料や予備の装備や、倒した魔獣の素材なんかを。
ポーターがいれば他の冒険者たちは戦闘に専念できる。けど、優秀なポーターは雇うと高い。今回雇った少年は、彼を一切戦わせないという条件で安く雇われてくれたのだ。だから正直、何も期待していなかった。
それなのに。わざわざ俺について来た少年は、実はとんでもない大容量の収納魔法が使えたらしい。
新鮮な野菜を出してスープを作ってくれたり果物を切ってくれたり、しかもそれをテーブルと椅子を並べて食わせてくれたり。それだけでもかなりの規格外だ。
休もうと言ったら、寝るならどうぞとベッドを出されて、俺はもう「は?」としか言えなかった。
なんだそれ。迷宮の中だぞ。それも遭難中。
普段の迷宮探索よりも数段快適な遭難生活。いくら収納魔法があるからって、家具がぽんぽん出てくるなんて。どういうことだよ。聞いたこともない。しかもこの少年、めちゃくちゃ強いのだ。
本人いわく、冒険者ランクが上がったら専属にならないかという貴族からの話があって、それがどうしても嫌なので、昇級したくないし目立ちたくないのだと。
だから昇級の条件を満たさないようにポーターとして活動しているらしい。
それなのに、転移罠を踏んだ俺を見て、助けなきゃと思ってくれたという。ありがたい……
俺が起きたことに気付いた少年が、ベッドを振り返って言う。
「おはようございます。食事、できてますよ」
何なのこの子。何がしたいの。もしかして生還したら大金請求されるのか、俺。
「……どうしました?」
「いや。こんなに良くしてもらっても俺には何も払えないぞ?」
いいんですよと少年が笑う。
「その代わり僕のことは黙っていてください。何も変わったことはなかった。いいですね?」
「あ、ああ」
俺はこくこくと頷いた。
頷かなければいけないと思った。下手をすれば命はないと。
だって、燈火魔法で照らされた少年の目が。その瞳孔が。すうっと縦に細くなって剣呑に光ったのだ。それは爬虫類じみて恐ろしかった。まるで、気紛れに人間の近くに現れるという、伝説の竜の目。
竜は気に入った人間を助けるというけれど。
いや、まさか。まさか……ね。
4/28/2025, 11:29:07 AM