るね

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12/2/2024, 12:36:57 AM

【距離】


書けそうなお題ではあるのですが、今ちょっと頭が働いてくれないので後で書けたら、と。


11/30/2024, 11:09:07 AM

【泣かないで】


 怒鳴られたのは私なのに、後輩の彼女の方が涙ぐんでいた。変なことを言い出した客をどうにか男性のスタッフに押し付け、彼女のフォローをする。

「泣かないでよー、大丈夫大丈夫」
 すると彼女は、涙をいっぱいに溜めた目で私を睨んできた。
「そんなこと言われて泣きやめるくらいなら最初から泣いてないんですぅ」

 泣く気がなくても、泣きたくなくても、条件反射のように泣いてしまうらしかった。
「難儀な性格だねぇ。感受性豊かってやつなのかな」
「……実は、大声出す男の人だめで。すみません、克服できたと思ってたんですけど」

 うーん。そういう事情であれば、接客の仕事は厳しいかもしれない。
「あたし、クビになりますか」
 そう言って、彼女はひどく不安そうな顔をした。それは私にとって、思わず守ってあげたいと思ってしまうような表情で。

「まあ、まだ何か大きなミスがあったわけでもないし、私もフォローするから」
「でも……ああいうお客さん、また来ますよね?」
「調理補助とかに仕事変えてもらう?」
「……できるんですか」
「一応、店長に聞いてみてあげよっか」

 彼女はパアッと満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! お願いします!」
 泣いたカラスがもう笑った、という言葉があるけど、この子はまさにそれだなぁと思う。
「絶対変えてもらえるってわけじゃないから、あんまり期待しないでよ」
「はい!」

 コロコロと変わる表情が可愛くて、私は何かと彼女を構った。今では連絡先を交換して一緒にカラオケに行くくらいの仲だ。

「あたし、やっぱりお店辞めようかと思って」
「……そっかぁ」
 そんな気はしていた。厨房のスタッフも結構声が大きいから、この子の負担になっていたのだろう。
「でも! こうやって一緒に遊べるわけですし、先輩はこれからもあたしの先輩です!」

「うーん、それはちょっと」
「え……」
 私の言葉を早とちりした彼女が顔を曇らせる。
「ああ、違う違う。別に嫌なわけじゃなくて。店を辞めるなら、もう『先輩』じゃなくてもいいでしょ。名前で呼んでよ」

「あ。そうか。ええと」
「まさか私の名前知らないとか言わないよね?」
「それはないですよぅ」
 彼女が私を名字に『さん付け』で呼んだので下の名前を呼ばせた。バイトでは先輩後輩だったけど、学年が同じなのはわかっていたから。

「私たち、対等な友達になるんだよね。敬語ももう無しにしよう?」
「はい。あ……うん、そうだね」
「それじゃあ、これからもよろしくね」
「うん、よろしく」
 私たちはカラオケ店のコーラで乾杯をして、どちらからともなく声を上げて笑った。



11/29/2024, 1:06:59 PM

長いです。ひとつ前のお題の続きとなります。
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【冬のはじまり】


 気温が下がり、朝は手がかじかむ日も増えてきた。しばらく前から水仕事が辛くなってきている。なんだかんだ母に甘い父が洗い物の一切を引き受けるようになると、今年も冬のはじまりだなぁと思う。器用に魔法を使う父は適温のお湯を生成しながら皿を洗う。

 私の母は元勇者、父は母と共に旅をした魔法使いだった。母は魔王討伐の旅の途中で私を身篭り、勇者を引退したらしい。その前の代の勇者と比べても母は強かったらしく、惜しむ声も叱る声も沢山あったのだとか。もし私が存在しなかったらと考えてしまう。母は魔王を倒せたのではないだろうか、と。

 私も数年前までは『神童』なんて言われていたけど、その呼称はあっさり弟のケインにとられた。ケインの魔力量は父よりも多い。ただ、多すぎて加減が難しいらしく、細かいことは苦手だ。ケインは家で魔法を使うことが禁止されている。部屋をひとつ吹き飛ばしそうになったからだ。

 魔力でも筋力でも、私はもう弟に勝てない。おまけに母のことがある。もう一度女の勇者を選ぶのはリスクが高いと思われているだろう。
 結局の所、私は母の旅を邪魔し、自身が勇者になることもできず……いや、やめよう。考えても仕方がない。

 それにしても。冬になると何が嫌って、未だに両親から課されている早朝の修練が他の季節より辛いのだ。井戸の水をそのまま被って汗を流すなんてこともできなくなる。
 朝の修練の後は弟のためにお風呂のお湯を用意するのが私の仕事。本人にやらせたら、浴室ごと爆発させかねない。
 我が家には浴室が二ヶ所あるから、私は私でちゃんとお湯を使う。

「リーン、ケイン、話を聞いてくれる?」
 朝食後、母に呼び止められた。
「最近、何か悩んでるよな?」
 父が私を見て微笑んだ。
「母さんと相談して、一度ちゃんと話しておこうということになった」
「本当は死ぬまで誰にも言わないつもりだったんだけど……」

 私たちが聞かされたのは、母が旅をやめた本当の理由。魔王という共通の敵が消えた後のもしものこと。人間同士の戦争を回避したいという話だった。
「……じゃあ、私が生まれた時期もわざとだったの? 魔王を倒したくなかったから?」
「ごめんな。お前を利用したみたいになって」
「でも、それだけが理由じゃないからね」
 そうなのか。私はちゃんと望まれて生まれたと思ってもいいのだろうか……

「今は勇者がいないでしょ? このままなら君たちのどちらかが勇者に選ばれる可能性が高いよね」
「『魔王を倒すな』ってこと?」
「それなんだけど……」
 母は言い淀み、父がどこか投げやりに言った。
「要は戦争にならなきゃいいんだ」

「そんな方法ある?」
 ケインが眉を寄せている。
「とりあえず、何かあっても止められる奴が居ればいいだろ?」
「各国の動きを見張って、戦争を止めるの。リーンもケインも転移魔法で王城に忍び込むくらいできるでしょう」
 戦争を仕掛けようとする国があったら王や国の中枢を直接脅したらどうかという。実に乱暴な話である。

「それ、私たちが大陸全体を支配することにならない?」
 父が「そうだよ」と断言した。
「それも武力による恐怖政治だ」
「そんなこと……していいの?」
「良いわけないじゃない。私は君たちにそんなことさせたくない」
「俺だって嫌だよ、面倒くさい」
「えぇ……じゃあ、どうして」
「他に良い案がないからねぇ」
「魔王討伐を達成した勇者なら、かなりの我儘が通る。城に侵入しても罪に問われないくらいには」

 計画はすでに動き始めているらしい。魔王を倒せさえすれば、後は両親の存命中には『恐怖政治に頼らない平和』を維持する仕組みを作る手筈だという。具体的には国同士が互いを見張る国際的組織の構築だ。
「完全に戦争をなくすことはできなくても、減らすことはできると思う」
「とはいえ魔王を倒せなかったら意味がないからなぁ。まあ頑張れよ?」

 完全には納得できないまま冬が終わり、春には私が勇者に選ばれた。ケインじゃなくていいのかと思えば、魔法使いとして同行するということになっていたらしい。
 他にも数人の同行者が選ばれたけど、気心が知れた弟がいるのはありがたかった。

 旅は呆気ないくらい順調で。一年経った頃には私たちは魔王城のすぐ手前まで来ていた。
「これが終わったら、あの計画が待ってるんだよな……」
 ケインがうんざりと呟いた。
「僕、面倒なのは嫌なんだけど」
「仕方がないでしょう。このままだと魔族の被害が出続けるのよ」
「貴族の相手は姉さんがやってよね。勇者様なんだからさ」

 私だって社交は好きじゃない。けど、ここに来て弟が『負ける可能性』を一切考えていないらしいのがとても心強かった。
「……仕方ないわね。姉さんに任せていいわ。その代わり、魔王はきっちりぶっ飛ばしてよ」
「もちろん。城ごと消し炭にしてみせるよ」
 まったく。本当に頼りになる弟だ。
「よし、それじゃあさっさと終わらせようか」
 弟の肩をバシンと叩いて、私は他の仲間たちに声をかけに行った。




11/28/2024, 11:29:54 PM

長いです。修正しました。
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【終わらせないで】


 勇者を拝命し、仲間を連れて旅に出て二ヶ月経った頃だった。一国の姫でもある聖女が、私の前で深く頭を下げた。
「勇者様にお願いがあるの……この戦いを終わらせないで。魔王を倒さないで欲しいの」

 剣士が「なんのつもりだ」と聖女を睨んだ。大男に見下された姫は、怯むことなく姿勢を正した。
「もし、魔王がいなくなったらどうなるか、という話よ」
 聖女は悔しげな顔をして、今から言うことは口外しないで欲しいと言った。

 魔法使いが面倒くさそうな様子を隠さずに言う。
「遮音の結界ならもう展開してるよぉ。何を言っても外には漏れないから大丈夫」
「ありがとう、助かるわ……」
 聖女が魔法使いに礼を言い、私に向き直った。

「私はね、城で育ったのよ。国を動かすための中枢に近い場所でね」
 それはそうだろう、何せ王女様だ。
「それがどうした」
 剣士が顔を顰めた。
「まさか魔王を倒さないことが国の決定か?」

「そうではないの……でもね、魔王がいなくなったら、どうなると思う?」
「平和になる、よね?」
 私たちの旅はそのためのものだ。
「平和になったら、どうなるかしら」
 聖女の表情は暗い。まるで誰かの不幸を語っているかのように。

「魔族の脅威がなくなれば、みんな安心して暮らせるよね?」
 と、私は答え。
「食いもんに困らなくなるよな」
 と、剣士が答えた。

 「……大量の騎士と兵士と冒険者が仕事を失うのよ。その全員が畑を耕したり、別の仕事を始められると思う?」
 私は剣士の顔を見た。もし、もう戦わなくていいということになったとして、こいつが農民になれるだろうか……いや。無理だろう、たぶん。戦うことしか能のないやつだ。

「どの国も兵を持て余す。武器も行き場を無くすわ。何が起きるかしら?」
「俺だったら……戦う相手を求める、か?」
 聖女がはっきりと頷いた。
「魔王がいなくなったら、次は人間同士の戦争になるのよ……」

 今は魔族という共通の敵がいる。けれど、魔王を倒し、魔族が襲って来なくなったら?
 国は貧しいまま、沢山の兵士たちがあぶれていたら?
 育てるより、作るより、奪おうと思うかもしれない。隣にある、別の人間の国から。だって、その方がずっと早い。

「けどさぁ」
 魔法使いが窓辺でつまらなそうに声を上げた。
「そんなこと言ってたら、いつまで旅を続けることになるか、わかんないよね?」
「過去の勇者様が、三十歳の誕生日を期に引退したことがあるの。勇者が引退すれば、次の勇者が旅立つまでは状況が維持されるわ」
 魔法使いは「さんじゅう……」と呟いてから私を見た。

「アンタ、今いくつだっけ?」
「二十歳になったばかりだね」
 魔法使いがため息をついた。
「十年も旅を続けろって?」
 それも、わざと魔王を倒さないようにしながら、だ。
「なるべく遠回りして、各地の魔族による被害に対処していったらどうかしら」

 聖女は「お願い」ともう一度頭を下げた。
「人間同士で争う未来を見たくないのよ」
「……わかったよ」
 私は聖女の要求を受け入れた。
「でも、被害の状況によってはちゃんと討伐しに行くからね」
「ええ。それでいいわ」







 それから、私たちの旅は四年ほど続いた。予定より早い引退になったのには理由がある。
 剣士が呆れたような声で言った。
「まあ……勇者が女だって時点で、あり得ることではあったが」
「ああ、うん……なんか、ごめんね?」
「謝るなよ。けどお前、本当にアレで良かったのかよ」
 剣士の視線の先には魔法使いの姿があった。

 魔法使いは相変わらず、やる気のなさそうな顔をしている。私は苦笑して、剣士に言った。
「ああ見えて、可愛い人なんだよ。ちゃんと自分の仕事はしてるしさ」
「ま、お前がいいならいいけどよ。まさか、勇者が引退する理由が『妊娠』とはね」
「……仕方ないじゃない。できちゃったものはさあ」

 すでに私も、父親である魔法使いも、あちこちでいろんな人から叱られている。腹の子を諦めるとしても、私の体に負担がかかる方法しかなく、これ以上、勇者としての使命は果たせないと判断されたのだ。

「でもまあ、これで人間同士の戦争は回避できるのかねぇ」
「次の勇者が育つまで先延ばしになるだけ、だけどね」
「それでも、俺たちが現役のうちは人間が敵になることはねぇだろうな」
 剣士の目がほんの一瞬、剣呑に光った。
「まさか、あいつ。それを狙ってわざと……」
 剣士が見ているのは魔法使いだ。

 どうにか旅を終わらせたいとは思っていた。だけど、わざとかどうか、か。
「さぁ。どうだろうね」
 その件については私も魔法使いも墓まで黙秘を貫く所存だ。

 私たちのその後だけれど。
 実は子供好きだった魔法使いは、生まれた娘にそれはもうメロメロで、剣士の心配を他所に私との仲も良好だった。
 私からは剣の、父親からは魔法の英才教育を受けた娘は『神童』『天才』『流石は英雄の子だ』なんて言われている。
 私たちは今、この子が将来勇者に選ばれないことを願っている。


11/27/2024, 9:54:53 PM

長くなってしまいました。1,800字弱。
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【愛情】


 僕の養い親は世界的な英雄だ。魔王を倒した勇者とその勇者を支えた聖女だという。勇者とその仲間たちは、神の加護を受けて人間の理というものを超越してしまったらしい。
 両親は二十代前半の姿をしている。それが昔からずっと変わらないのだ。時々遊びに来る剣士と賢者も同じだ。年を取っていない。少なくとも見た目には。

 だからだろう。定住せずに引っ越してばかりいたのは。いつからか、僕と両親は親子には見えなくなった。一緒にいると兄や姉だと思われる。僕が養子で似ていないから尚更だ。

 僕が成人し冒険者としてひとり立ちした時、父さんがペンダントをくれた。
「いつか、どうにもならないくらい困ることがあったら、俺たちを呼べよ。ちゃんと『お父さんお母さん助けてー!』って叫ぶんだぞ?」
 そう言って、勇者は魔王を討伐した時から変わらない姿で笑った。

 それがまあ、三年くらい前のことだ。
 そして僕は今、まさに『どうにもならない困った状況』に直面している。ワイバーンの群れから逃げて駆け込んだ洞窟が、まさかフェンリルの巣だとは思わないじゃないか。

 僕の隣では一緒に逃げてきた仲間が顔面蒼白でぐったりしている。今は岩の陰に隠れているけど、彼らを守れる誰かがいるとしたら、僕だけで。

 父さんに渡されたペンダントは、鑑定してみたら召喚の魔導具だった。『呼べ』というのは本当に『呼べ』だったのだ。『いつでも駆けつけてやる』ということだ。養い親からの愛情を感じる。
 感じはするが……父さんの性格からして、必要な呪文は『アレ』だろう。

 僕は深々とため息をついた。大丈夫だ、死にはしない。ただ少し……いや、かなり、恥をかくだけで。
 僕は仲間たちに小声で言った。
「これからちょっと変なことをするけど、何も言わずにいてくれるか?」
「え? あ、あぁ……」

 呻くような声を承諾と判断して、僕は服の内側からペンダントを取り出して掲げた。どうせこれでだめなら僕らはフェンリルの腹の中だ。大きく息を吸って、叫んだ。
「お父さん、お母さん、助けてぇえ!!」
 成人男性がすることではない。顔は真っ赤である。しゃがみ込んでいた仲間が僕を見上げてドン引きしている。そりゃあそうだろうよ!

 案の定、僕の声に反応してフェンリルがうなり声を上げた。怖い怖い怖い……!
 ペンダントが光った。その光が真っ直ぐ伸びて、空中に魔法陣が浮かび上がる。やっぱりか。もう少しマシな言葉を設定してくれよ。

 魔法陣から人影が飛び出してきた。大剣を背負った父さんと、聖杖を抱えた母さんだ。
「呼ぶのが遅い!!」
 父さんに怒鳴られて思わず怒鳴り返した。
「無茶言うなよ! いい年した男が躊躇なく言える言葉じゃないだろ!!」
「躊躇っていられる状況か!?」
「状況なんて、なんで知ってんの!?」

「何やってるのよ、フェンリル来るわよ!」
 結界を張った母さんが怒鳴り、父さんが剣を抜き放った。
 そこからはもう、ただの一方的な蹂躙だった。魔王を倒した勇者がフェンリルに勝てないはずがない。仲間が先程とは別の意味でドン引きしている。

「誰……あの人」
「えっと……僕の養い親というか」
「は? お前、何者なの」
「僕はただの平凡な冒険者だよ……」
 少なくとも僕自身は、そうでありたいと思ってるよ……

「怪我を見せてくれるかしら」
 母さんが僕と仲間にヒールをかけてくれた。流石は聖女様だ、治癒魔法の効果がすごい。
「終わったぞ」
 父さんが戻ってきた。マジで瞬殺だったよ。
 けど……

「ええと、それは?」
「仔フェンリルだな」
 父さんは仔犬のような生き物の首の後ろを掴んでぶら下げていた。うわぁ、足が太い。いかにも大きくなりそうだ。
 そうか……さっきのフェンリルたちはこいつの親だったのか……

「どうすんの、それ」
「うまく育てれば良い従魔になる。お前が要らなくても売ればかなりの値がつくはずだ」
 父さんは「お前の好きにしろ」と僕に仔フェンリルを差し出した。
 それはもふもふしていて、仔犬にしては大きいけれど、フェンリルだと思えば随分と小かった。

 こいつはたった今、親を失った。それも突然巣に侵入してきた人間によって。
 僕は仔フェンリルに触れることを躊躇した。
「……僕には無理だよ」
 従魔になると言われても、罪悪感を抱え続けることになるだろう。
「そうか。じゃあ、適当な相手に譲るが、構わないな?」
「……うん」

「そんな顔するな。この洞窟、奥に布の切れ端や人の骨があった。俺やお前がやらなくても討伐対象だったよ」
「そっか」

 父さんが仔フェンリルを誰に渡すかは知らない。けど、その人がこいつを可愛がって大事にしてくれたらいいと思った。




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