長いです。ひとつ前のお題の続きとなります。
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【冬のはじまり】
気温が下がり、朝は手がかじかむ日も増えてきた。しばらく前から水仕事が辛くなってきている。なんだかんだ母に甘い父が洗い物の一切を引き受けるようになると、今年も冬のはじまりだなぁと思う。器用に魔法を使う父は適温のお湯を生成しながら皿を洗う。
私の母は元勇者、父は母と共に旅をした魔法使いだった。母は魔王討伐の旅の途中で私を身篭り、勇者を引退したらしい。その前の代の勇者と比べても母は強かったらしく、惜しむ声も叱る声も沢山あったのだとか。もし私が存在しなかったらと考えてしまう。母は魔王を倒せたのではないだろうか、と。
私も数年前までは『神童』なんて言われていたけど、その呼称はあっさり弟のケインにとられた。ケインの魔力量は父よりも多い。ただ、多すぎて加減が難しいらしく、細かいことは苦手だ。ケインは家で魔法を使うことが禁止されている。部屋をひとつ吹き飛ばしそうになったからだ。
魔力でも筋力でも、私はもう弟に勝てない。おまけに母のことがある。もう一度女の勇者を選ぶのはリスクが高いと思われているだろう。
結局の所、私は母の旅を邪魔し、自身が勇者になることもできず……いや、やめよう。考えても仕方がない。
それにしても。冬になると何が嫌って、未だに両親から課されている早朝の修練が他の季節より辛いのだ。井戸の水をそのまま被って汗を流すなんてこともできなくなる。
朝の修練の後は弟のためにお風呂のお湯を用意するのが私の仕事。本人にやらせたら、浴室ごと爆発させかねない。
我が家には浴室が二ヶ所あるから、私は私でちゃんとお湯を使う。
「リーン、ケイン、話を聞いてくれる?」
朝食後、母に呼び止められた。
「最近、何か悩んでるよな?」
父が私を見て微笑んだ。
「母さんと相談して、一度ちゃんと話しておこうということになった」
「本当は死ぬまで誰にも言わないつもりだったんだけど……」
私たちが聞かされたのは、母が旅をやめた本当の理由。魔王という共通の敵が消えた後のもしものこと。人間同士の戦争を回避したいという話だった。
「……じゃあ、私が生まれた時期もわざとだったの? 魔王を倒したくなかったから?」
「ごめんな。お前を利用したみたいになって」
「でも、それだけが理由じゃないからね」
そうなのか。私はちゃんと望まれて生まれたと思ってもいいのだろうか……
「今は勇者がいないでしょ? このままなら君たちのどちらかが勇者に選ばれる可能性が高いよね」
「『魔王を倒すな』ってこと?」
「それなんだけど……」
母は言い淀み、父がどこか投げやりに言った。
「要は戦争にならなきゃいいんだ」
「そんな方法ある?」
ケインが眉を寄せている。
「とりあえず、何かあっても止められる奴が居ればいいだろ?」
「各国の動きを見張って、戦争を止めるの。リーンもケインも転移魔法で王城に忍び込むくらいできるでしょう」
戦争を仕掛けようとする国があったら王や国の中枢を直接脅したらどうかという。実に乱暴な話である。
「それ、私たちが大陸全体を支配することにならない?」
父が「そうだよ」と断言した。
「それも武力による恐怖政治だ」
「そんなこと……していいの?」
「良いわけないじゃない。私は君たちにそんなことさせたくない」
「俺だって嫌だよ、面倒くさい」
「えぇ……じゃあ、どうして」
「他に良い案がないからねぇ」
「魔王討伐を達成した勇者なら、かなりの我儘が通る。城に侵入しても罪に問われないくらいには」
計画はすでに動き始めているらしい。魔王を倒せさえすれば、後は両親の存命中には『恐怖政治に頼らない平和』を維持する仕組みを作る手筈だという。具体的には国同士が互いを見張る国際的組織の構築だ。
「完全に戦争をなくすことはできなくても、減らすことはできると思う」
「とはいえ魔王を倒せなかったら意味がないからなぁ。まあ頑張れよ?」
完全には納得できないまま冬が終わり、春には私が勇者に選ばれた。ケインじゃなくていいのかと思えば、魔法使いとして同行するということになっていたらしい。
他にも数人の同行者が選ばれたけど、気心が知れた弟がいるのはありがたかった。
旅は呆気ないくらい順調で。一年経った頃には私たちは魔王城のすぐ手前まで来ていた。
「これが終わったら、あの計画が待ってるんだよな……」
ケインがうんざりと呟いた。
「僕、面倒なのは嫌なんだけど」
「仕方がないでしょう。このままだと魔族の被害が出続けるのよ」
「貴族の相手は姉さんがやってよね。勇者様なんだからさ」
私だって社交は好きじゃない。けど、ここに来て弟が『負ける可能性』を一切考えていないらしいのがとても心強かった。
「……仕方ないわね。姉さんに任せていいわ。その代わり、魔王はきっちりぶっ飛ばしてよ」
「もちろん。城ごと消し炭にしてみせるよ」
まったく。本当に頼りになる弟だ。
「よし、それじゃあさっさと終わらせようか」
弟の肩をバシンと叩いて、私は他の仲間たちに声をかけに行った。
11/29/2024, 1:06:59 PM