【泣かないで】
怒鳴られたのは私なのに、後輩の彼女の方が涙ぐんでいた。変なことを言い出した客をどうにか男性のスタッフに押し付け、彼女のフォローをする。
「泣かないでよー、大丈夫大丈夫」
すると彼女は、涙をいっぱいに溜めた目で私を睨んできた。
「そんなこと言われて泣きやめるくらいなら最初から泣いてないんですぅ」
泣く気がなくても、泣きたくなくても、条件反射のように泣いてしまうらしかった。
「難儀な性格だねぇ。感受性豊かってやつなのかな」
「……実は、大声出す男の人だめで。すみません、克服できたと思ってたんですけど」
うーん。そういう事情であれば、接客の仕事は厳しいかもしれない。
「あたし、クビになりますか」
そう言って、彼女はひどく不安そうな顔をした。それは私にとって、思わず守ってあげたいと思ってしまうような表情で。
「まあ、まだ何か大きなミスがあったわけでもないし、私もフォローするから」
「でも……ああいうお客さん、また来ますよね?」
「調理補助とかに仕事変えてもらう?」
「……できるんですか」
「一応、店長に聞いてみてあげよっか」
彼女はパアッと満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! お願いします!」
泣いたカラスがもう笑った、という言葉があるけど、この子はまさにそれだなぁと思う。
「絶対変えてもらえるってわけじゃないから、あんまり期待しないでよ」
「はい!」
コロコロと変わる表情が可愛くて、私は何かと彼女を構った。今では連絡先を交換して一緒にカラオケに行くくらいの仲だ。
「あたし、やっぱりお店辞めようかと思って」
「……そっかぁ」
そんな気はしていた。厨房のスタッフも結構声が大きいから、この子の負担になっていたのだろう。
「でも! こうやって一緒に遊べるわけですし、先輩はこれからもあたしの先輩です!」
「うーん、それはちょっと」
「え……」
私の言葉を早とちりした彼女が顔を曇らせる。
「ああ、違う違う。別に嫌なわけじゃなくて。店を辞めるなら、もう『先輩』じゃなくてもいいでしょ。名前で呼んでよ」
「あ。そうか。ええと」
「まさか私の名前知らないとか言わないよね?」
「それはないですよぅ」
彼女が私を名字に『さん付け』で呼んだので下の名前を呼ばせた。バイトでは先輩後輩だったけど、学年が同じなのはわかっていたから。
「私たち、対等な友達になるんだよね。敬語ももう無しにしよう?」
「はい。あ……うん、そうだね」
「それじゃあ、これからもよろしくね」
「うん、よろしく」
私たちはカラオケ店のコーラで乾杯をして、どちらからともなく声を上げて笑った。
11/30/2024, 11:09:07 AM