長くなってしまいました。1,800字弱。
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【愛情】
僕の養い親は世界的な英雄だ。魔王を倒した勇者とその勇者を支えた聖女だという。勇者とその仲間たちは、神の加護を受けて人間の理というものを超越してしまったらしい。
両親は二十代前半の姿をしている。それが昔からずっと変わらないのだ。時々遊びに来る剣士と賢者も同じだ。年を取っていない。少なくとも見た目には。
だからだろう。定住せずに引っ越してばかりいたのは。いつからか、僕と両親は親子には見えなくなった。一緒にいると兄や姉だと思われる。僕が養子で似ていないから尚更だ。
僕が成人し冒険者としてひとり立ちした時、父さんがペンダントをくれた。
「いつか、どうにもならないくらい困ることがあったら、俺たちを呼べよ。ちゃんと『お父さんお母さん助けてー!』って叫ぶんだぞ?」
そう言って、勇者は魔王を討伐した時から変わらない姿で笑った。
それがまあ、三年くらい前のことだ。
そして僕は今、まさに『どうにもならない困った状況』に直面している。ワイバーンの群れから逃げて駆け込んだ洞窟が、まさかフェンリルの巣だとは思わないじゃないか。
僕の隣では一緒に逃げてきた仲間が顔面蒼白でぐったりしている。今は岩の陰に隠れているけど、彼らを守れる誰かがいるとしたら、僕だけで。
父さんに渡されたペンダントは、鑑定してみたら召喚の魔導具だった。『呼べ』というのは本当に『呼べ』だったのだ。『いつでも駆けつけてやる』ということだ。養い親からの愛情を感じる。
感じはするが……父さんの性格からして、必要な呪文は『アレ』だろう。
僕は深々とため息をついた。大丈夫だ、死にはしない。ただ少し……いや、かなり、恥をかくだけで。
僕は仲間たちに小声で言った。
「これからちょっと変なことをするけど、何も言わずにいてくれるか?」
「え? あ、あぁ……」
呻くような声を承諾と判断して、僕は服の内側からペンダントを取り出して掲げた。どうせこれでだめなら僕らはフェンリルの腹の中だ。大きく息を吸って、叫んだ。
「お父さん、お母さん、助けてぇえ!!」
成人男性がすることではない。顔は真っ赤である。しゃがみ込んでいた仲間が僕を見上げてドン引きしている。そりゃあそうだろうよ!
案の定、僕の声に反応してフェンリルがうなり声を上げた。怖い怖い怖い……!
ペンダントが光った。その光が真っ直ぐ伸びて、空中に魔法陣が浮かび上がる。やっぱりか。もう少しマシな言葉を設定してくれよ。
魔法陣から人影が飛び出してきた。大剣を背負った父さんと、聖杖を抱えた母さんだ。
「呼ぶのが遅い!!」
父さんに怒鳴られて思わず怒鳴り返した。
「無茶言うなよ! いい年した男が躊躇なく言える言葉じゃないだろ!!」
「躊躇っていられる状況か!?」
「状況なんて、なんで知ってんの!?」
「何やってるのよ、フェンリル来るわよ!」
結界を張った母さんが怒鳴り、父さんが剣を抜き放った。
そこからはもう、ただの一方的な蹂躙だった。魔王を倒した勇者がフェンリルに勝てないはずがない。仲間が先程とは別の意味でドン引きしている。
「誰……あの人」
「えっと……僕の養い親というか」
「は? お前、何者なの」
「僕はただの平凡な冒険者だよ……」
少なくとも僕自身は、そうでありたいと思ってるよ……
「怪我を見せてくれるかしら」
母さんが僕と仲間にヒールをかけてくれた。流石は聖女様だ、治癒魔法の効果がすごい。
「終わったぞ」
父さんが戻ってきた。マジで瞬殺だったよ。
けど……
「ええと、それは?」
「仔フェンリルだな」
父さんは仔犬のような生き物の首の後ろを掴んでぶら下げていた。うわぁ、足が太い。いかにも大きくなりそうだ。
そうか……さっきのフェンリルたちはこいつの親だったのか……
「どうすんの、それ」
「うまく育てれば良い従魔になる。お前が要らなくても売ればかなりの値がつくはずだ」
父さんは「お前の好きにしろ」と僕に仔フェンリルを差し出した。
それはもふもふしていて、仔犬にしては大きいけれど、フェンリルだと思えば随分と小かった。
こいつはたった今、親を失った。それも突然巣に侵入してきた人間によって。
僕は仔フェンリルに触れることを躊躇した。
「……僕には無理だよ」
従魔になると言われても、罪悪感を抱え続けることになるだろう。
「そうか。じゃあ、適当な相手に譲るが、構わないな?」
「……うん」
「そんな顔するな。この洞窟、奥に布の切れ端や人の骨があった。俺やお前がやらなくても討伐対象だったよ」
「そっか」
父さんが仔フェンリルを誰に渡すかは知らない。けど、その人がこいつを可愛がって大事にしてくれたらいいと思った。
11/27/2024, 9:54:53 PM