長いです。修正しました。
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【終わらせないで】
勇者を拝命し、仲間を連れて旅に出て二ヶ月経った頃だった。一国の姫でもある聖女が、私の前で深く頭を下げた。
「勇者様にお願いがあるの……この戦いを終わらせないで。魔王を倒さないで欲しいの」
剣士が「なんのつもりだ」と聖女を睨んだ。大男に見下された姫は、怯むことなく姿勢を正した。
「もし、魔王がいなくなったらどうなるか、という話よ」
聖女は悔しげな顔をして、今から言うことは口外しないで欲しいと言った。
魔法使いが面倒くさそうな様子を隠さずに言う。
「遮音の結界ならもう展開してるよぉ。何を言っても外には漏れないから大丈夫」
「ありがとう、助かるわ……」
聖女が魔法使いに礼を言い、私に向き直った。
「私はね、城で育ったのよ。国を動かすための中枢に近い場所でね」
それはそうだろう、何せ王女様だ。
「それがどうした」
剣士が顔を顰めた。
「まさか魔王を倒さないことが国の決定か?」
「そうではないの……でもね、魔王がいなくなったら、どうなると思う?」
「平和になる、よね?」
私たちの旅はそのためのものだ。
「平和になったら、どうなるかしら」
聖女の表情は暗い。まるで誰かの不幸を語っているかのように。
「魔族の脅威がなくなれば、みんな安心して暮らせるよね?」
と、私は答え。
「食いもんに困らなくなるよな」
と、剣士が答えた。
「……大量の騎士と兵士と冒険者が仕事を失うのよ。その全員が畑を耕したり、別の仕事を始められると思う?」
私は剣士の顔を見た。もし、もう戦わなくていいということになったとして、こいつが農民になれるだろうか……いや。無理だろう、たぶん。戦うことしか能のないやつだ。
「どの国も兵を持て余す。武器も行き場を無くすわ。何が起きるかしら?」
「俺だったら……戦う相手を求める、か?」
聖女がはっきりと頷いた。
「魔王がいなくなったら、次は人間同士の戦争になるのよ……」
今は魔族という共通の敵がいる。けれど、魔王を倒し、魔族が襲って来なくなったら?
国は貧しいまま、沢山の兵士たちがあぶれていたら?
育てるより、作るより、奪おうと思うかもしれない。隣にある、別の人間の国から。だって、その方がずっと早い。
「けどさぁ」
魔法使いが窓辺でつまらなそうに声を上げた。
「そんなこと言ってたら、いつまで旅を続けることになるか、わかんないよね?」
「過去の勇者様が、三十歳の誕生日を期に引退したことがあるの。勇者が引退すれば、次の勇者が旅立つまでは状況が維持されるわ」
魔法使いは「さんじゅう……」と呟いてから私を見た。
「アンタ、今いくつだっけ?」
「二十歳になったばかりだね」
魔法使いがため息をついた。
「十年も旅を続けろって?」
それも、わざと魔王を倒さないようにしながら、だ。
「なるべく遠回りして、各地の魔族による被害に対処していったらどうかしら」
聖女は「お願い」ともう一度頭を下げた。
「人間同士で争う未来を見たくないのよ」
「……わかったよ」
私は聖女の要求を受け入れた。
「でも、被害の状況によってはちゃんと討伐しに行くからね」
「ええ。それでいいわ」
それから、私たちの旅は四年ほど続いた。予定より早い引退になったのには理由がある。
剣士が呆れたような声で言った。
「まあ……勇者が女だって時点で、あり得ることではあったが」
「ああ、うん……なんか、ごめんね?」
「謝るなよ。けどお前、本当にアレで良かったのかよ」
剣士の視線の先には魔法使いの姿があった。
魔法使いは相変わらず、やる気のなさそうな顔をしている。私は苦笑して、剣士に言った。
「ああ見えて、可愛い人なんだよ。ちゃんと自分の仕事はしてるしさ」
「ま、お前がいいならいいけどよ。まさか、勇者が引退する理由が『妊娠』とはね」
「……仕方ないじゃない。できちゃったものはさあ」
すでに私も、父親である魔法使いも、あちこちでいろんな人から叱られている。腹の子を諦めるとしても、私の体に負担がかかる方法しかなく、これ以上、勇者としての使命は果たせないと判断されたのだ。
「でもまあ、これで人間同士の戦争は回避できるのかねぇ」
「次の勇者が育つまで先延ばしになるだけ、だけどね」
「それでも、俺たちが現役のうちは人間が敵になることはねぇだろうな」
剣士の目がほんの一瞬、剣呑に光った。
「まさか、あいつ。それを狙ってわざと……」
剣士が見ているのは魔法使いだ。
どうにか旅を終わらせたいとは思っていた。だけど、わざとかどうか、か。
「さぁ。どうだろうね」
その件については私も魔法使いも墓まで黙秘を貫く所存だ。
私たちのその後だけれど。
実は子供好きだった魔法使いは、生まれた娘にそれはもうメロメロで、剣士の心配を他所に私との仲も良好だった。
私からは剣の、父親からは魔法の英才教育を受けた娘は『神童』『天才』『流石は英雄の子だ』なんて言われている。
私たちは今、この子が将来勇者に選ばれないことを願っている。
長くなってしまいました。1,800字弱。
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【愛情】
僕の養い親は世界的な英雄だ。魔王を倒した勇者とその勇者を支えた聖女だという。勇者とその仲間たちは、神の加護を受けて人間の理というものを超越してしまったらしい。
両親は二十代前半の姿をしている。それが昔からずっと変わらないのだ。時々遊びに来る剣士と賢者も同じだ。年を取っていない。少なくとも見た目には。
だからだろう。定住せずに引っ越してばかりいたのは。いつからか、僕と両親は親子には見えなくなった。一緒にいると兄や姉だと思われる。僕が養子で似ていないから尚更だ。
僕が成人し冒険者としてひとり立ちした時、父さんがペンダントをくれた。
「いつか、どうにもならないくらい困ることがあったら、俺たちを呼べよ。ちゃんと『お父さんお母さん助けてー!』って叫ぶんだぞ?」
そう言って、勇者は魔王を討伐した時から変わらない姿で笑った。
それがまあ、三年くらい前のことだ。
そして僕は今、まさに『どうにもならない困った状況』に直面している。ワイバーンの群れから逃げて駆け込んだ洞窟が、まさかフェンリルの巣だとは思わないじゃないか。
僕の隣では一緒に逃げてきた仲間が顔面蒼白でぐったりしている。今は岩の陰に隠れているけど、彼らを守れる誰かがいるとしたら、僕だけで。
父さんに渡されたペンダントは、鑑定してみたら召喚の魔導具だった。『呼べ』というのは本当に『呼べ』だったのだ。『いつでも駆けつけてやる』ということだ。養い親からの愛情を感じる。
感じはするが……父さんの性格からして、必要な呪文は『アレ』だろう。
僕は深々とため息をついた。大丈夫だ、死にはしない。ただ少し……いや、かなり、恥をかくだけで。
僕は仲間たちに小声で言った。
「これからちょっと変なことをするけど、何も言わずにいてくれるか?」
「え? あ、あぁ……」
呻くような声を承諾と判断して、僕は服の内側からペンダントを取り出して掲げた。どうせこれでだめなら僕らはフェンリルの腹の中だ。大きく息を吸って、叫んだ。
「お父さん、お母さん、助けてぇえ!!」
成人男性がすることではない。顔は真っ赤である。しゃがみ込んでいた仲間が僕を見上げてドン引きしている。そりゃあそうだろうよ!
案の定、僕の声に反応してフェンリルがうなり声を上げた。怖い怖い怖い……!
ペンダントが光った。その光が真っ直ぐ伸びて、空中に魔法陣が浮かび上がる。やっぱりか。もう少しマシな言葉を設定してくれよ。
魔法陣から人影が飛び出してきた。大剣を背負った父さんと、聖杖を抱えた母さんだ。
「呼ぶのが遅い!!」
父さんに怒鳴られて思わず怒鳴り返した。
「無茶言うなよ! いい年した男が躊躇なく言える言葉じゃないだろ!!」
「躊躇っていられる状況か!?」
「状況なんて、なんで知ってんの!?」
「何やってるのよ、フェンリル来るわよ!」
結界を張った母さんが怒鳴り、父さんが剣を抜き放った。
そこからはもう、ただの一方的な蹂躙だった。魔王を倒した勇者がフェンリルに勝てないはずがない。仲間が先程とは別の意味でドン引きしている。
「誰……あの人」
「えっと……僕の養い親というか」
「は? お前、何者なの」
「僕はただの平凡な冒険者だよ……」
少なくとも僕自身は、そうでありたいと思ってるよ……
「怪我を見せてくれるかしら」
母さんが僕と仲間にヒールをかけてくれた。流石は聖女様だ、治癒魔法の効果がすごい。
「終わったぞ」
父さんが戻ってきた。マジで瞬殺だったよ。
けど……
「ええと、それは?」
「仔フェンリルだな」
父さんは仔犬のような生き物の首の後ろを掴んでぶら下げていた。うわぁ、足が太い。いかにも大きくなりそうだ。
そうか……さっきのフェンリルたちはこいつの親だったのか……
「どうすんの、それ」
「うまく育てれば良い従魔になる。お前が要らなくても売ればかなりの値がつくはずだ」
父さんは「お前の好きにしろ」と僕に仔フェンリルを差し出した。
それはもふもふしていて、仔犬にしては大きいけれど、フェンリルだと思えば随分と小かった。
こいつはたった今、親を失った。それも突然巣に侵入してきた人間によって。
僕は仔フェンリルに触れることを躊躇した。
「……僕には無理だよ」
従魔になると言われても、罪悪感を抱え続けることになるだろう。
「そうか。じゃあ、適当な相手に譲るが、構わないな?」
「……うん」
「そんな顔するな。この洞窟、奥に布の切れ端や人の骨があった。俺やお前がやらなくても討伐対象だったよ」
「そっか」
父さんが仔フェンリルを誰に渡すかは知らない。けど、その人がこいつを可愛がって大事にしてくれたらいいと思った。
【微熱】
微熱というと、思い浮かぶのは学校のプール。
通っていた小学校では体温が37℃以上だと微熱があるとされてプールに入れなかった。
私は体温が高い子供だったから、どうしてもプールは休みがちになった。
今思えば、当時から自律神経が弱かったのだろう。中学に上がってすぐに自律神経失調症と言われて、けれど、当時はそれが病気だとは理解されていなかった。
私は学校のプールが嫌いだった。だから、中学時代はよくプールをサボっていた。方法は簡単だ。自律神経がおかしい私は、夏場はずっと微熱が続いていたから、体育の授業の前に保健室に行くだけで、ただ熱を測るだけで『休んでいいよ』という免罪符をもらえた。体温が37.5℃を超えることが珍しくなかった。
たぶん、サボり目的だということはバレていただろうなぁ。
1,000字程です。ちょっと長いかも。
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【太陽の下で】
芝生に寝転がって昼寝をしてみたいのだと君が言った。本格的な冬になる前、広い場所、晴れた日に太陽の下で。日向ぼっこをしながらうとうとするのは気持ちが良さそうだ、と。
だけど実際には、公園で眠りこけてしまったら荷物を盗られるかもしれないし、もしも知らない人にジロジロ見られたりしたら気分が良くない。寝顔なら尚更。
「だから一緒に居て欲しいんだけど」
「……それが今年の誕生日プレゼント?」
「そう。寝て起きるまで隣で見張ってて」
「まあ、いいけど……」
モノよりも体験が良いと本人が言うなら、僕に異論はない。でも、他にも何か用意しようと心に決める。ご馳走と、ケーキと、お酒が苦手な君のためにちょっと良いお茶と、何か。どんなものがいいかな……
よく晴れた日に公園の芝生広場に行った。レジャーシートもあったんだけど、君は芝生を直に感じたいという。昨日も晴れていた。濡れる心配はないだろう。
実際に横になった君は、なんだか不服そうな顔をした。
「どうしたの?」
「芝の下に石でもあるのかゴツゴツしてる」
それはいけない。
「……ちょっと移動しようか」
石があたらない、なるべく平坦な場所を見つけて、再度挑戦。
「…………眩しい」
仰向けで顔を顰めた君に、思わず僕はプッと吹き出した。
「そりゃそうだろうね。日向だし」
「……でも、暖かくていいねぇ……」
本当にうとうとし始めた君を見つめる。きっと今の僕は愛おしいものを見る目をしているんだろう。髪を撫でようとして、やめた。起こしてしまうかもしれない。
起きるまで、と言われたけど、寒くなる前には起こそうと決めていた。風邪を引かれるのは嫌だから。
ぽかぽかと暖かくてほとんど無風、遠くで子供の声がするけど、静かでのんびりしていて、心地よい。
いけない、僕まで眠ってしまったら見張りにならない。持参したコーヒーを口に含む。ホットのペットボトルは買った時よりいくらか冷めていた。自分で淹れた方が美味しい。
規則正しい寝息を聞きながら、無防備な姿を晒してもらっている幸せを噛みしめる。この寝顔を写真に残したい。できることなら待ち受けに……でも、そんなことをしてバレたら物凄く怒られるだろうな。
よく眠っている。まさか、睡眠不足でここに来たわけじゃないよな?
少しだけ心配しながら、この顔を毎日見られたらいいのにと思った。今よりももっと距離を詰めたら、君は逃げるだろうか。同棲がきっかけで別れるカップルもいると言うし……
横を向いた君は両方の手を顔の前できゅっと握っていた。可愛らしい仕草だけど、指が冷えているのかもしれない。
そろそろ起こすか?
ああ、でも。もう少しだけ……
素人ニッターのぼやきに似た何か。
長めです。1,100字超。
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【セーター】
まだ暑い季節、休み時間に教室で毛糸を編んでいた私を、クラスメイトがからかってきた。あいつらは知らないのだ。セーターというものは多少編み物ができたからってすぐに完成するものじゃない。私の手では一着編むのに最低でも二ヶ月、他にすることがあってうまく進まなければ、下手をするとその倍は時間がかかる。
残暑が厳しいと言っても今はもう九月。クリスマスにプレゼントしようと思うなら、編み始めるのに早すぎる時期じゃない。内心では、もしこれでも間に合わなかったらどうしようかと思っている。薄手のセーターだから、最悪バレンタインでも渡せるかな……
セーターを薄く仕上げるというのは、細い毛糸を使って編むということだ。当然編み針も細くなり、デザインにもよるけど編み目は密になる。ざっくり編むより作業量は増え、進みは遅くなり、必要な時間も増える。
けれど仕方がない。私がこれを渡したい相手は暑がりで厚手のセーターは苦手だと言っていた。真冬にも薄着を好むのなら、セーターを薄くするしかないじゃないか。
マフラーを編むことは最初から諦めていた。長めのマフラーが流行りだからだ。あんな単調な物を長々と編むのは、絶対に飽きる。完成させられる気がしない。手袋は手の大きさや指の長さがわからないと難しいかなと思ったし、帽子は耳に触れるから、よほど手触りの良い毛糸じゃないとチクチクするかもしれない。不快な思いはさせたくなかった。靴下にしなかったのは、私が作った物をよく見える所に身につけて欲しかったからだ。
暖かくて軽くてチクチクせず洗濯も楽……そんな毛糸はなかなか存在しない。あったとしても物凄く高い。手作りすれば安く済むなんて、編み物に関してはあり得ない。セーターもマフラーも買った方が絶対に安いし品質も安定している。それでもどうにか妥協して私に買える中ではベストな毛糸を選んだつもりだ。
ひと目ひと目想いを込めて?
そんなことしていられるわけがない。一体全部で何目あると思うんだ。数えられやしない。計算もしたくないし。
ぼんやりしながら手だけ動かすとか、全然関係ないことを考えるとか、なんならテレビを見ながらとか、そんなふうに編み進めて、どうにか完成するのが手編みの品である。
自分の時給なんて考えてしまったら、とてもじゃないけどセーターなんか編めない。一着いくらになる? 十万か、二十万か? 市販のセーターに手編みなんてほぼないだろうけど、仕事になんかできる気がしない。
採算度外視。原価も馬鹿にできない。これでもし完成度の低い作品になったりしたら目も当てられない。せめて間違えないように編むだけだ。それが難しいのだけれど。
そこまでしてどうして編むのかって?
楽しいからだよ。それに、私が作った物であの人を包み、暖めることができるなんて、物凄く気分が良いじゃないか。