るね

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8/21/2024, 10:17:44 PM

【鳥のように】

(魔女と弟子)

「どうせなら鳥の羽の方が良かったかしら」
猫の姿になった僕の背中にあるコウモリの翼を見て、魔女である師匠が言った。
『僕はどちらでも構いません。あなたがくれる姿なら、どんなものでも……』

死にかけた僕を助けるために、師匠は僕を使い魔にした。その時、師匠がくれた姿がコウモリの翼がある巨大な猫。しかし、僕はうまく飛ぶことができない。大きすぎるのかと身体を小さくしてみてもだめだった。

この翼は飾りに近く、滑空するのがせいぜいだ。鳥のように自由に飛びたいのなら、そのための術を習得する必要があるだろう。

師匠にブラッシングしてもらいながら、僕は言った。
『どんな姿にされてもいいですけど、人間の僕は残しておいてくださいね』
「あら。まだ未練でもある?」
『ありますよ。人の腕がなければ、あなたを抱きしめられないでしょう?』
師匠は顔を赤くして、僕を膝の上から押し退けた。


8/20/2024, 9:36:13 PM

【さよならを言う前に】

(魔女と弟子)

師匠は魔女で、僕は魔女の使い魔。
人間ではなくなった僕は、年を取らない。師匠との繋がりがある限り、僕は心臓を貫かれても生きているだろう。魔女は長命、僕もいつまで生きるかもうわからない。

「師匠。もし、いつか僕に別れを告げたくなったら、その前に僕を……」
かなりの決心と共にそう口にしたのに、師匠の表情はいつもと変わらず穏やかだった。
「大丈夫よ。私は一度気に入ったものはそう簡単に手放したりしないから」

そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、もしもの話だ。
「僕は、今更師匠から離れるなんて、耐えられないと思うんです」
「……仕方がないわね」
師匠がちょっと呆れたように言って、僕を見つめた。
「どうしても離れる必要がある時には、さよならを言う前に、あなたを完膚なきまでに消してあげるわ」

僕はホッとして笑った。
「良かった。約束ですよ?」
「ええ」
それから、師匠は小声でぼそりと言った。
「元から様子のおかしい子だけど、更に壊れてきてるわね……」

「聞こえてますよ」
使い魔になってから、聴覚が強化されているので。
「壊れているつもりはありません。僕はただ、師匠のことが好きなだけで」
「それがおかしいのよ。どうして魔女にそこまで尽くすの? あなたも元は人間なのに」

僕は自分の家族のことを覚えていない。
僕が知っている人間は、家族がいなかった僕を冷遇して魔女の生贄として差し出した村の人たちと、魔女の家を襲って僕を殺そうとした襲撃者。
その襲撃者のおかげで師匠の使い魔になれたわけだけど、だからといって感謝する気はない。

たまに師匠に頼まれて町まで買い物に行ったり薬を売ったりもするけど、あいつらは師匠の薬で助けてもらいながら、魔女の悪口はやめようとしない。僕のことも『気色悪い』と言っていた。
僕にとって魔女は優しくしてくれた恩人で、人間はろくでもないものなのだ。

「人間は僕の味方じゃなかったんです」
「それで魔女に捕まるなんて、不憫な子ね」
「僕は自分が不憫だとは思っていませんよ」
こんなにも気遣ってくれる愛しい人が隣にいる。
「好きです。僕のこと、捨てないでくださいね?」
師匠はもう一度「仕方がないわね」と言った。


8/19/2024, 2:06:26 PM

【空模様】


突然降り出した雨。雨宿りのために駆け込んだカフェで、コーヒーを待ちながら連れが言った。
「『女心と秋の空』って言葉、元は『男心と秋の空』だったらしいよ」
急に何を言い出したのか、と思わなくもないけど、こいつがいきなり話題を変えるのはいつものこと。こんな空模様だから、天気にまつわる雑学が思い浮かんだだけなのだろう。

「そうなんだ? どっちにしても人の心は変わりやすいってことかな」
「いや、それが。元々は恋愛的なやつで、恋人に対する『男の愛情』が移り変わりやすいって意味なんだってさ」 
「……なんか嫌。どうせ浮気するって言われてるみたい」

あはは、確かに。と連れが笑った。それから急に真顔になって、
「俺はしないよ、浮気」
と、言った。
「ああ……うん」
曖昧に頷きながら、自分の頬が少し熱を持っているのを感じた。

「俺の愛情は夏の昼の空みたいにずっと晴れだから。変わらないから」
「昼限定?」
「だって、単に夏の空って言ったらゲリラ豪雨が来そうだなって」
あはは、確かに。と笑ったところで、コーヒーが届いた。

外はもう明るくなってきていた。



8/18/2024, 11:26:38 PM

【鏡】


私は鏡が苦手だ。
自分の容姿を客観視したくない。
空想……いや、妄想の中でなら、どんな姿にだってなれるけど、鏡は私を現実に引き戻す。

鏡で見る白い肌は自分で思っているよりも不健康そうだし、髪はぺったりしてしまっているし、最近ますますぽっちゃりしてきたっていう事実も突きつけられる。

なのに君は、私のことを「可愛い」って言う。
あんまり何度も「可愛い可愛い」って言われて、自分が本当に可愛くなった気がしてくる。
だけど、鏡を見れば、相変わらず不健康そうで、髪は細くて、要ダイエット。

君の目に私はどう見えているんだろう。
きっと現実を歪めるフィルターがついている。
君が見ている私が鏡に映ればいいのに。


8/17/2024, 1:04:49 PM

【いつまでも捨てられないもの】

(魔女と弟子)

師匠は魔女で、僕は魔女の弟子……のはずが、一度死にかけた僕に師匠が新しい身体をくれた。今では僕は魔女の使い魔。人間だった頃の姿にもなれるけど、本性はコウモリの羽がある大きな猫だ。

「家事を手伝ってくれるのはありがたいけど、無理に人の姿でいようとしなくてもいいのよ」
皿洗いをしていた僕に師匠が言った。
「今のあなたの本性は猫なのだから、四つ足で過ごした方が楽でしょう?」

師匠が気遣ってくれるのは嬉しい。でも。
「確かに僕は猫かもしれませんが、自分が人間だったことも忘れたくないんです」
僕にとって、人としての姿はきっといつまでも捨てられないものだと思う。
「何より、僕は師匠の役に立ちたいんですよ」

「そう? それならそれで構わないけど……」
あれ?
師匠がちょっと残念そうな顔をしている。ほとんどの人間は魔女を敵視しているし、やっぱり師匠は人間が好きじゃないのかなぁ。

次の日。
掃除をしていた僕は、師匠の部屋である物を見つけてしまった。真新しいそれは何故か本棚に隠されていた。
なるほど。師匠はこれを使いたかったのか。思わず顔がにやけてしまった。

『師匠、少し休憩しませんか』
僕は猫の姿で、身体の大きさを本来の半分くらいに小さくして、薬を調合している師匠に声をかけた。
「あら。今日はその姿なのね」
『たまには良いかと思いまして』

僕が猫の姿をしていると、師匠は頭や背中をよく撫でてくれる。
師匠の手は優しくて、器用で、ほっそりとした指は可憐で愛らしい。その手で触れてもらえるのはとても嬉しい。

でも、そうじゃないですよね、師匠?
『ブラッシングはしてくれないんですか?』
「えっ」
『僕のために新しいブラシを買ってくれたんでしょう?』
僕が師匠の本棚で見つけたのは動物用のブラシだった。
「……なんだ、知ってたのね」
師匠はほんのちょっとだけ、顔を赤くした。

ブラシを持った師匠が僕の毛並みを整える。頭の天辺から背中は羽の間、腰まで丁寧にブラッシングされた。
……ああ、気持ちいい。
自然に喉がゴロゴロと鳴った。尻尾は遠慮しているみたいだけど、僕は師匠になら触られても良いですよ?

『師匠は、人間の僕がお嫌いですか?』
「まさか。そんなことないわよ」
『でも、猫の姿の時しか触ってくれないでしょう』
「人の姿のあなたにベタベタ触れるわけにはいかないじゃない」
師匠の顔がまた少し赤い。
ちょっとは意識してくれていると思ってもいいよね、これは。

『師匠。やっぱり僕と結婚しませんか』
問題だった寿命の差だって、解消したわけですし。
「…………まだそんなこと言ってるの」
『そりゃあもう。これからも言い続けますよ』
僕はこの想いも、いつまで経ったって捨てられそうにありませんからね。


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