【さよならを言う前に】
(魔女と弟子)
師匠は魔女で、僕は魔女の使い魔。
人間ではなくなった僕は、年を取らない。師匠との繋がりがある限り、僕は心臓を貫かれても生きているだろう。魔女は長命、僕もいつまで生きるかもうわからない。
「師匠。もし、いつか僕に別れを告げたくなったら、その前に僕を……」
かなりの決心と共にそう口にしたのに、師匠の表情はいつもと変わらず穏やかだった。
「大丈夫よ。私は一度気に入ったものはそう簡単に手放したりしないから」
そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、もしもの話だ。
「僕は、今更師匠から離れるなんて、耐えられないと思うんです」
「……仕方がないわね」
師匠がちょっと呆れたように言って、僕を見つめた。
「どうしても離れる必要がある時には、さよならを言う前に、あなたを完膚なきまでに消してあげるわ」
僕はホッとして笑った。
「良かった。約束ですよ?」
「ええ」
それから、師匠は小声でぼそりと言った。
「元から様子のおかしい子だけど、更に壊れてきてるわね……」
「聞こえてますよ」
使い魔になってから、聴覚が強化されているので。
「壊れているつもりはありません。僕はただ、師匠のことが好きなだけで」
「それがおかしいのよ。どうして魔女にそこまで尽くすの? あなたも元は人間なのに」
僕は自分の家族のことを覚えていない。
僕が知っている人間は、家族がいなかった僕を冷遇して魔女の生贄として差し出した村の人たちと、魔女の家を襲って僕を殺そうとした襲撃者。
その襲撃者のおかげで師匠の使い魔になれたわけだけど、だからといって感謝する気はない。
たまに師匠に頼まれて町まで買い物に行ったり薬を売ったりもするけど、あいつらは師匠の薬で助けてもらいながら、魔女の悪口はやめようとしない。僕のことも『気色悪い』と言っていた。
僕にとって魔女は優しくしてくれた恩人で、人間はろくでもないものなのだ。
「人間は僕の味方じゃなかったんです」
「それで魔女に捕まるなんて、不憫な子ね」
「僕は自分が不憫だとは思っていませんよ」
こんなにも気遣ってくれる愛しい人が隣にいる。
「好きです。僕のこと、捨てないでくださいね?」
師匠はもう一度「仕方がないわね」と言った。
8/20/2024, 9:36:13 PM