【誇らしさ】
短い髪に長い手足、細身で背も高くて。
女の子なのに王子様扱いされて、満更でもなさそうな君。
バレンタインには毎年沢山のチョコレートをもらってくる。
だけど知ってる。
本当は可愛いものが好きで。
甘いものなんてもっと好きで。
家の中ではちょっとだらしなくて。
『王子様』の仮面を頑張って作ってる。
本当は怖がりで。
ホラー映画なんて予告だけで涙目。
遊園地のお化け屋敷では私の服の袖をずっと摘んでいた。
でも「格好いい」って言われるのも大好きで。
外面が良くて。
女の子にちやほやされると嬉しそう。
そんな君が私の前でだけ。
油断しきった顔で普通の女の子になる。
素の姿を見せてくれる。
ぬいぐるみが好きだとか。
ワンピースが似合うようになりたいとか。
君が普段隠している、心の柔らかい所を打ち明けてくれる。
こんなに可愛い君を誰も知らない。
私だけが許されている。
君が私を選んでくれた。
そのことに、私はなんとも言えない誇らしさを感じているんだ。
【夜の海】
「僕の従兄弟がね、夜の海で」
と、彼は言った。
彼に従兄弟がいないことは知っている。
「裸足で海胆を踏んでしまったんだ」
彼は目を細めてこちらを見ていた。
ああ、人を揶揄う時の顔だ。
「暗いしさ、サンダルを流されたんだ」
彼はちょっとだけ口角を上げた。
どうやら機嫌が良いらしい。
「大変だったらしいよ」
「海胆を踏むとあの棘がさ……」
冗談にしては随分とリアルで。
ゾッとしてなんだ背筋が寒くなった。
「嘘だよ。君のその顔が見たかっただけ」
アハッと笑って、彼は言った。
ああもう、どこまでが嘘なのやら。
「少し涼しくなったでしょう?」
確かに、今日は暑いからね……
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昔、学校の先生がウニを踏んだ話を聞きまして
詳細な描写は自粛しておきます
【自転車に乗って】
たまには物語以外のものを書いてみようか。
私はファンタジーをよく読むし、書く。
けれど、お題に自転車が出てきては、勇者が騎士と旅する話には繋げづらい。
なら現代のお話をひとつ…と思うものの、抽斗を開けてみてもすんなり出てくるネタがなかった。
自転車…自転車ねぇ。
運転が嫌いだからじゃないけど、割と自転車は好きだ。風が気持ちいい。どこでも止まれて景色も楽しみやすい。
中学生くらいの頃は自転車に乗ってどこにでも行っていた気がする。
あの体力はどこに消えたのだろう?
などということを書いていたら、次の勇者の話を書くまでの間があいてしまうわけだ。忘れられてしまいそうである。
ここでは一話完結にした方が読み手には優しいんだろうなぁ。
【心の健康】
王国魔法士団の下っ端であるニールは、一枚の紙を前に首を傾げた。
「心の健康ねぇ……?」
紙には『眠れているか』『イライラすることはあるか』『憂鬱感はあるか』などの質問が書かれている。回答の結果によっては、カウンセラーを紹介されたり、魔法医の受診を勧められたりするらしい。
どうしてこんなものを書くことになったかと言えば、最近、精神を病んで退団した先輩がいたからだ。ただでさえ人手不足なので、今いる団員の引き止めに必死なのだろう。
適当に書き終えて封筒に入れた。あとは上官に提出すればいい。
「あー。俺、カウンセラー頼もうかなぁ」
朝食の席で同期のエリックがそんなことを呟いたので、ニールは驚いて尋ねた。
「どうしたの。眠れないとか?」
「……いや、自分と他人の実力の差が辛くて、みたいな?」
エリックがそんなことを気にしているとは、ニールは知らなかった。
「でも、エリックは魔力操作が細やかで強化魔法が上手いし。攻撃魔法の狙いも正確だし。別に悩まなくても」
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいよ」
ありがとな、とエリックは苦笑した。
ニールが席を立った後、エリックはため息をついた。
「本当にあいつ、自覚がねぇなあ」
退団した魔法士を追い詰めてしまったのはニールだ。とはいえ、どう見ても自滅だった。
ニールが「落ちろ」と唱えれば、飛べなくなったワイバーンが空から降ってくる。「凹め」と唱えれば地面には大穴が開くし、それを埋めるのも一瞬。頑強なジェムタートルの甲羅も難なく貫く。同時に使用できる魔法の上限は本人もよくわかっていないという。
ニールの魔力量は団長、副団長に次いで団内三位に位置している。要するに、化け物なのだ。
しかもこの化け物、奨学金で魔法学校を卒業した孤児である。どこぞの貴族の御落胤というわけでもないらしい。
退団した魔法士は、自身の家柄と魔法の腕を誇っていた。たぶん、他に何もなかったのだろう。見下していた庶民に何一つ勝てず、プライドが高い伯爵令息はポッキリと折れてしまったのだ。もちろん、原因は他にもあったのだろうが。
「まあ、結局は。自分と他人を比べるなってことかねぇ……」
エリックの独り言に、聞こえる範囲にいた魔法士が二人、うんうんと頷いていた。
【君の奏でる音楽】
(魔女と弟子)
突然、魔女である師匠に来客があった。
「やあ。久しいねドロシア」
僕がまだ呼べずにいる師匠の名前をさらりと口にしたその人は、水の魔法が得意な魔女だ。
今までにも遊びに来ていたから顔は覚えている。前回来た時はひとりだったけど、今日は弟子だというまだ幼い人間の少年を連れていた。
「何しに来たのよ、アデレイド」
「君がとうとうチェスに捕まったようだから様子を見に来た」
チェスというのは僕のことだ。チェスターの略である。
師匠はものすごく嫌そうな顔をした。
「何よ、その『捕まった』って」
「だって。使い魔にしたんだろう?」
魔女アデレイドは楽しげに笑った。なんで知ってるんだ。
「何度もプロポーズされてたじゃないか。これからは長い長い時を添い遂げるってわけだ」
「そんなんじゃないわよ……」
うん、赤くなった師匠はとても愛らしい。
「私の弟子も可愛いだろう?」
人見知りなのか、少年はアデレイドの足にしがみつくようにして隠れてしまっている。
「あなたに子供の世話なんてできるの?」
「問題ないさ。君と違って私には使い魔が複数いるからね」
「それ、自分ではやらないってことですよね」
思わずそう言ったら、冗談半分に睨まれた。
「お? 人間を辞めたからって生意気言うようになったね」
僕はすぐに「失言でした」と謝罪した。部屋を水浸しにされてはたまらない。
「でも残念だよ、チェス。君の奏でる音楽はとても素敵だったのに」
「……音楽、ですか?」
僕は楽器も歌も披露したことは一度だってないと思うけど。
「心臓の音だよ。それから呼吸の音」
アデレイドは僕の胸の真ん中をトン、と突いた。
「終わりある短命な者が必死に生きる姿はとても眩しい。今の君からはもうあの音が聞こえなくなってしまった」
「そういうものですか……」
僕にはまだ、自分が不老長寿を手に入れたという実感がない。僕の心臓は今までと変わらず動いていると思うんだけど、自分ではわからない何かがあるのかもしれない。
師匠が何故かムスッとして言った。
「あなたにはあなたの弟子がいるんだから、その子の心音でもなんでも聞いてたらいいわよ」
アデレイドがくすりと笑う。
「そう怒るなよ。ほんのちょっと触れただけじゃないか」
「怒ってはいないわよ」
いや、怒ってますよね?
師匠が僕を睨んだ。
「あなたももっと気を付けなさい。私以外の魔女に身体を触らせるなんて、何をされるかわかったものじゃないんだから」
これが嫉妬なら嬉しいと思ってしまった。にやけそうな顔をどうにか引き締める。
「はい。すみませんでした」
僕たちの様子を見に来たと言ったアデレイドだけど、本当は弟子の少年のためだったらしい。
声が出せないらしいのだ。どうりで、静かにしているわけだ。
「ドロシアの薬ならどうにかできるんじゃないかと思って」
確かに師匠は薬を作るのが得意な魔女だけど。
少年を診察した師匠は、いくつかの薬を調合したものの、それで声を取り戻せるかは賭けだという。
「本人の意志によるところが大きいわね。喋りたいって強く思えば、もしかしたら」
アデレイドは弟子のために何度も薬を取りに来た。そして二ヶ月ほど経った頃に、少年が喋ったと報告があった。
第一声は「ありがとう」だったそうである。
その声もまた、アデレイドにとっては音楽なのだろう。
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お題【最初から決まってた】で書いたものの続きとなります。
師匠と弟子に名前が付きました。