【心の健康】
王国魔法士団の下っ端であるニールは、一枚の紙を前に首を傾げた。
「心の健康ねぇ……?」
紙には『眠れているか』『イライラすることはあるか』『憂鬱感はあるか』などの質問が書かれている。回答の結果によっては、カウンセラーを紹介されたり、魔法医の受診を勧められたりするらしい。
どうしてこんなものを書くことになったかと言えば、最近、精神を病んで退団した先輩がいたからだ。ただでさえ人手不足なので、今いる団員の引き止めに必死なのだろう。
適当に書き終えて封筒に入れた。あとは上官に提出すればいい。
「あー。俺、カウンセラー頼もうかなぁ」
朝食の席で同期のエリックがそんなことを呟いたので、ニールは驚いて尋ねた。
「どうしたの。眠れないとか?」
「……いや、自分と他人の実力の差が辛くて、みたいな?」
エリックがそんなことを気にしているとは、ニールは知らなかった。
「でも、エリックは魔力操作が細やかで強化魔法が上手いし。攻撃魔法の狙いも正確だし。別に悩まなくても」
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいよ」
ありがとな、とエリックは苦笑した。
ニールが席を立った後、エリックはため息をついた。
「本当にあいつ、自覚がねぇなあ」
退団した魔法士を追い詰めてしまったのはニールだ。とはいえ、どう見ても自滅だった。
ニールが「落ちろ」と唱えれば、飛べなくなったワイバーンが空から降ってくる。「凹め」と唱えれば地面には大穴が開くし、それを埋めるのも一瞬。頑強なジェムタートルの甲羅も難なく貫く。同時に使用できる魔法の上限は本人もよくわかっていないという。
ニールの魔力量は団長、副団長に次いで団内三位に位置している。要するに、化け物なのだ。
しかもこの化け物、奨学金で魔法学校を卒業した孤児である。どこぞの貴族の御落胤というわけでもないらしい。
退団した魔法士は、自身の家柄と魔法の腕を誇っていた。たぶん、他に何もなかったのだろう。見下していた庶民に何一つ勝てず、プライドが高い伯爵令息はポッキリと折れてしまったのだ。もちろん、原因は他にもあったのだろうが。
「まあ、結局は。自分と他人を比べるなってことかねぇ……」
エリックの独り言に、聞こえる範囲にいた魔法士が二人、うんうんと頷いていた。
8/13/2024, 12:25:53 PM