るね

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【君の奏でる音楽】

(魔女と弟子)

突然、魔女である師匠に来客があった。
「やあ。久しいねドロシア」
僕がまだ呼べずにいる師匠の名前をさらりと口にしたその人は、水の魔法が得意な魔女だ。

今までにも遊びに来ていたから顔は覚えている。前回来た時はひとりだったけど、今日は弟子だというまだ幼い人間の少年を連れていた。

「何しに来たのよ、アデレイド」
「君がとうとうチェスに捕まったようだから様子を見に来た」
チェスというのは僕のことだ。チェスターの略である。

師匠はものすごく嫌そうな顔をした。
「何よ、その『捕まった』って」
「だって。使い魔にしたんだろう?」
魔女アデレイドは楽しげに笑った。なんで知ってるんだ。

「何度もプロポーズされてたじゃないか。これからは長い長い時を添い遂げるってわけだ」
「そんなんじゃないわよ……」
うん、赤くなった師匠はとても愛らしい。

「私の弟子も可愛いだろう?」
人見知りなのか、少年はアデレイドの足にしがみつくようにして隠れてしまっている。
「あなたに子供の世話なんてできるの?」

「問題ないさ。君と違って私には使い魔が複数いるからね」
「それ、自分ではやらないってことですよね」
思わずそう言ったら、冗談半分に睨まれた。

「お? 人間を辞めたからって生意気言うようになったね」
僕はすぐに「失言でした」と謝罪した。部屋を水浸しにされてはたまらない。

「でも残念だよ、チェス。君の奏でる音楽はとても素敵だったのに」
「……音楽、ですか?」
僕は楽器も歌も披露したことは一度だってないと思うけど。

「心臓の音だよ。それから呼吸の音」
アデレイドは僕の胸の真ん中をトン、と突いた。
「終わりある短命な者が必死に生きる姿はとても眩しい。今の君からはもうあの音が聞こえなくなってしまった」

「そういうものですか……」
僕にはまだ、自分が不老長寿を手に入れたという実感がない。僕の心臓は今までと変わらず動いていると思うんだけど、自分ではわからない何かがあるのかもしれない。

師匠が何故かムスッとして言った。
「あなたにはあなたの弟子がいるんだから、その子の心音でもなんでも聞いてたらいいわよ」
アデレイドがくすりと笑う。
「そう怒るなよ。ほんのちょっと触れただけじゃないか」
「怒ってはいないわよ」
いや、怒ってますよね?

師匠が僕を睨んだ。
「あなたももっと気を付けなさい。私以外の魔女に身体を触らせるなんて、何をされるかわかったものじゃないんだから」
これが嫉妬なら嬉しいと思ってしまった。にやけそうな顔をどうにか引き締める。
「はい。すみませんでした」

僕たちの様子を見に来たと言ったアデレイドだけど、本当は弟子の少年のためだったらしい。
声が出せないらしいのだ。どうりで、静かにしているわけだ。
「ドロシアの薬ならどうにかできるんじゃないかと思って」
確かに師匠は薬を作るのが得意な魔女だけど。

少年を診察した師匠は、いくつかの薬を調合したものの、それで声を取り戻せるかは賭けだという。
「本人の意志によるところが大きいわね。喋りたいって強く思えば、もしかしたら」

アデレイドは弟子のために何度も薬を取りに来た。そして二ヶ月ほど経った頃に、少年が喋ったと報告があった。
第一声は「ありがとう」だったそうである。
その声もまた、アデレイドにとっては音楽なのだろう。



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お題【最初から決まってた】で書いたものの続きとなります。
師匠と弟子に名前が付きました。



8/12/2024, 1:12:14 PM