―視線の先には―
「なんか、凜って目に光無いよね」
『んー…そーかな?』
「ちょっと怖いまであるw」
そこまで言ってから、しまった、と後悔した
話し相手は去年初めて会ってからというもの、
同じ吹奏楽部、同じパートという仲で
まあまあ仲良くやっている凜
いつも周りから一歩引いて、冷静な目で周りを
見渡して、落ち着いた感じの…鋭く言えば
若干低めのテンション、が通常の子
抑揚がはっきりしていない声で
ゆるく話すことが多く、母音が伸ばし棒になりやすい
いつもなら雰囲気に似合わず高めのコミュ力で話を
盛り上げてくれるのに、その凜がいつにも増して
微妙そうな反応をしている
目に見えて嫌がるような反応はなく、ん〜ん…
という少し考え込むような声だけが返ってきて
気だるげに薄く微笑んで呟いた
『目に光が無い、は初めてだな…
覇気が無い、とか目力がすごい、とかは
ずっと言われてるから慣れてるけど
怖いとまではっきり言われたことは
あんまないから、ちょっと悲しーねw
まぁ全部ほんとなんだろうし
しょうがないんだけどねーw』
最後は自嘲的な空笑いで自虐的なことを言った
明らかに傷つけたな…
「ごめん」
そう言おうとしたのに、“ん”を言う前に遮られた
『それよりもさー…後輩ちゃんがね〜』
と、すぐに話題を変えられた
本当に凜は勘が鋭くて頭の回転も速い
だから多分、自分自身の地雷だったっていうのと、
私も私で若干の気まずさを感じてるのを
察知したっていうので会話の主導権を
奪ったんだろう、私から
アドリブも得意なので即座に話題を変えることも
容易いんだ、彼女なら
『…でしょ?だからそれでなんだけどねー…』
凜には計り知れないところがまだまだ
数多くある
凜は地雷も多くて、“まーまー、また今度気が
向いたときに話すから”なんて言って、誤魔化すので
踏み込んじゃダメなんだろうなっていう線も
何本か見つけてきたし、意味深な言葉を発したり、
不意に悲しげな表情を浮かべたり、と
謎な部分も多い
自分の好みとか思想とかを話したがらないのもそう
たぶん、あの視線の先には私より多くのものがあって、
色々なことを考えたり、感じたり…羨ましいな
―私だけ―
私だけとか
あの子だけとか
あれは特別なのとか
普通じゃないんだよとか
あいつがおかしいんだとか
そんなの嫌だ…
みんな一緒がいい
ひとりきりなんて悲しいよ
仲間がいないなんて寂しいよ
独りぼっちなんて嫌だよ…
一人だって仲間外れにしたくない、されたくない
ほら、だってこんなにも、みんな一緒でしょ?
誰一人として残さずに
みんな平等に生きることができたなら
みんな平和になるんじゃなかったのかなあ…
こんなのおかしいよね…?
そう言いたいのも
そう思うのも
私だけなのかなあ…?
―遠い日の記憶―
なにか強いショックを受けたときとか
周りとの差を思い知らされたときとか
悲しいことに打ちのめされたときとか
嫌なことを全力で逃避してるときとか
そんな負の感情が渦巻くときにだけ
耳元で囁かれる声
それは脳裏で蘇る、遠い日の記憶
私が寝室に向かう途中の薄暗い廊下
その先に立ち、こちらを振り返る父の姿
正体は何なのか判別が出来ないその人影が
もしかしたら父でなかったかも
しれないそれが
もしかしたらただの幻だったかも
しれないそれが
私をひしゃげてしまう程の圧で
低く冷たい声で、ただ一言
「卑怯者」
と
私が壊れかけているときに限って
ひとりきりで蹲る、陰気に満ちた夜に限って
あの薄闇の中で唯一はっきりと見えた、
感情全てを失ったかのようなあの冷徹な瞳が
父の居ないはずの空間に幻として現れて
あの心の中心から凍てつくようなあの声が
耳元で木霊して
私を震わせる
あの鳥肌の感覚は肌から消えない
あの情景も頭にずっと残っている
あの凍える声も耳から離れない
この記憶が蘇るとき、
私はこの上なくドロドロと濃い、
絶望の色を見る
―跡―
〈Original Thema〉
悲しいことがあった
今改めて客観すると案外くだらないこと
だったのかもしれないが
でも悲しいことがあった
だから泣いた
泣きながら、帰路に着いた
泣き顔を誰にも見られたくなくて、
咄嗟に日傘を差した
顔を隠すのにちょうどよく
この季節、誰にも怪しまれることがない
雨が降っていなくても傘を差せるように
してくれた日傘の発明者に感謝
でも、跡は残った
私の通った道には不規則的な涙の跡ができた
私の泣いた跡
私が泣き虫だという印
私が泣きながらこの道を歩いたと記している
やがて跡は消えた
正確には消えたわけではない
跡をつくった涙が、気体になって、
空気に溶け込んだ
そこには何も無かったかと言いたげな
熱い熱いコンクリートだけが残った
私が泣いたことが
当たり前のように、空気になって
誰の目にも止まらなくなった
私が体験した悲しい出来事が
日常の中に溶けて、なかったことになって
誰の気にも止められなくなった
―優越感、劣等感―
暇を持て余してた
やることは言葉通り山ほどあった
いつかやろうとは思ってた
実際は、それらを目の前にすると
怖気付いたのか弱みが出たのか、
どうも目を逸らして避けてしまう
個性が薄れていくような感覚を日々感じた
そんな中でも、理性はしっかりと働いていた
流石にこれ以上は逃げ続けられないよと
だから、頑張って立ち向かった
いけなかったのは、たったそれだけのことに
優越感を抱いてしまったことだった
救われたような気分になった
もう、大丈夫だなんて変に安心しきった
全部全部、自分自身のせいなのに、
周りを見るとみんな充実していて
忙しそうにしていて、それでも
キラキラと輝いていて
自分が酷く霞んでいるような気がして
感じるのは劣等感ばかり
それなのに、何も出来ずに
加速しながら堕ちていっていた
何の気力も起きないから、
今更アクションを起こすことなんてできなくて
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