『あなたへの贈り物』
春の暖かい風が肌を撫でる昼の11時頃。空港は飛行機や人の話し声、足音などで騒がしくしており、私も喧騒の中に混ざる。
そしてエスカレーターを使い2階へ行き、辺りを見渡す。そして1人の少年を見つけ、私は彼に近づき、声をかけた。
「煌驥」
その少年は話しかけられた事にびっくりしたのか、肩を跳ねさせ、こちらへ振り向く。
「あ、小夜! 来てくれたんだな! ありがとう!」
いつもと変わらぬ優しく明るい笑顔に、私の口角も無意識に上がる。
「大丈夫だよ。だって幼馴染でしょ。これくらいの時間は取るよ」
「……そっか。やっぱり小夜は優しいな!」
一瞬だけ煌驥の顔が曇った気がしたけど……気のせいかな?
その後、煌驥と他愛の無い雑談をする。煌驥が好きなゲームの話や私の好きな花についての話。そして美味しかったスイーツ店の話など。
何分、何十分経ったのだろうか。煌驥が腕に付けている時計を見た。そして、名残惜しそうに私に笑顔を向ける。
「もうそろそろ行かなきゃ」
「……そっか。うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「おう!」
煌驥は笑みを浮かべながら私に手を振り、歩き出す。
私は心に渦巻いている感情を押し殺し、笑顔を貼り付けて煌驥を見送る。
悲しい。行かないで。そんな言葉を言ってはいけない。だって、それを言ったら煌驥を困らせてしまう。それは嫌だ。煌驥には、私が好きな人には、ずっと笑っていて欲しいから——
「あ、そうだ。忘れてた」
「え?」
煌驥が私に近づき、「ごめん。少し髪を触るけど許してくれ」と断りを入れる。私が頷くと、彼は私の髪の隙間に何かを優しく差し込んだ。
「それだけ。じゃあ、また」
私はその何かを触り、抜き取る。
「かん……ざし?」
私の右手が握っていたのは赤いアネモネが美しい簪だった。
簪を見たまま放心していると、スマホが振動した。連絡アプリの通知だと思い電源をつける。
『必ず帰ってくるから』
「!」
顔が急速に熱くなっていくのがわかる。恥ずかしさで蹲りたくなる。
『うん、待ってる』
赤いのは、アネモネだけでは無いみたい。
『1件のLINE』
先日、クラスメイトにして俺の好きな人である小夜さんのLINEを交換できた。
だが、この後にどうすればわからない。こっちからよろしくって言うか? いや、キモがられるんじゃ無いか? なら相手から? ……どうすれば……。
部屋で一人うんうんと唸っていると不意にスマホが震えた。俺は反射的にスマホを手に取る。
小夜「煌驥君とLINE出来るなんて嬉しい! これからよろしくね!」
天にも昇る気分だった。まさかあの小夜さんからそんな事を言ってもらえるなんて……!
「こちらこそよろしくお願いします!」
ああ、最高の一日だ! よし、今日はこの良い気分のまま寝よう!
そして俺は充電器をスマホに挿し、夢の世界へ旅立つのだった。
※※
「うふふ」
思わず笑いが溢れてしまった。
まさか煌驥君が私とLINEを交換したいなんて言ってくれるなんて……今日も記念日にしておこうかな。
私は既に彼との記念日で埋まったカレンダーに更に書き足す。
「絶対に、逃さないからね……貴方は私の物、なんだから」
『この道の先に』
ある日突然、小夜が交通事故で目を覚まさなくなった。
病院のベッドで目を瞑り、起きる気配が微塵もしない小夜を見下ろす。
小夜を轢いた犯人はその後死亡が確認されている。
小夜が目を覚ますには手術が必要らしい。だがその手術には莫大なお金がかかる。普通の人間《おれ》なら絶対に払えないくらいのお金が。
「小夜……」
まるで植物のように動かず、眠っている小夜へ声をかける。
その時、スマホが鳴った。通知だ。開いてみると組織からだった。
「……行ってくる」
踵を返し、扉の方へ歩き出す。返事は無い。あるのは悲しいほどの静寂と、呼吸音だけ。
さあ、任務を遂行しよう。どんなに偉いやつでも、聖人でも、俺はやり遂げる。あの時、小夜を轢いた犯人と偶然会った日から、俺はもう戻れない。
この後小夜の隣を歩けなくなったとしても、俺は止まらない。この道の先に、小夜の笑顔があるなら。
『入道雲』
夏になり、気温は高く、反対にテンションは低くなる。
あと3週間もすれば大体の学校は夏休みに入るだろう。期待に胸を躍らせ今日も学校への道を歩く。
天気は晴れ。前方を見てみると積乱雲が出来ていた。こうしてみると、夏に近づいているのがわかる。
さあ、夏休みまで後少し。頑張ろう!
『夏』
最近暑くなって来た。春と言うには少し遅いと言えるだろう。
これくらいの時期に私は昔隣の家だった仲の良い同い年の男の子に会う事が通例となっている。
日差しは燦々と照り付け、コンクリートに熱を伝える。少し触ると思わず手を離してしまうほどに熱い。
私は家でインターホンが鳴るのを待つ。カーテンから外を覗けば近所の人達が半袖や帽子などの暑さ対策をしているのが見える。
「もうこんな時期なんだなぁ」
しみじみと呟く。時の流れとは思ったよりも早い物だと思う。そう思ってしまうのは年を取ったからなのか、それとも別の原因があるのか。
その時、ピンポーンとこの家のインターホンが鳴った。私はやっと来たかと胸を弾ませて玄関へ。
「やっと来た。久しぶりだね、——」
夏が来たな、と。そう思う今日この頃。みなさんも熱中症にはお気をつけて。