『失われた時間』
昨日、俺の恋人の小夜の手術があった。小夜の治らないと言われていた病気が治るかもしれないと言う、大手術。
治る確率は1割どころか0,5割にも満たないらしい。でも、この手術でしか治る確率が無いらしい。
心のどこかでは諦めていた。治らないと。無理なんだと。
でも、今は確信している。絶対に成功すると。
理由は1つ。俺はある事をしたから。
公園のベンチに座り絶望していた時、見知らぬ女性が話しかけてきた。そして、こう言ったんだ。
「このままじゃ彼女さんの手術、失敗しますよ」
なんで見知らぬ人間が手術を知っているのか、何故失敗すると断言出来るのか。疑問はいっぱいあった。
でも、1つだけ、方法があるらしい。
「貴方の寿命を貰います。その代わり、貴方の彼女さんの手術は絶対成功します」
その提案を受け入れたら、俺は3日しか生きれないらしい。
でも、受け入れた。そんな事で小夜が助かるなら。
そして、手術は成功。小夜の病気は治った。あの謎の女性の言う通りだ。
でも、俺の命はもうすぐ終わる。あの提案を呑んだから。
もしも、あの提案を呑まず、手術が成功していたら。
俺と小夜は、まだ一緒にいられたのだろうか?
……いや、そんなたらればを言っても意味ないか。
『一年後』
「もうそろそろ電車の時間か」
電車の時刻表を確認して、私は呟く。
今日、私はこの地元を去る。用事が出来たからフランスへ行くのだ。
「さて、行くか」
荷物を持ち、適切な手順を踏み、電車に乗ろうとする。その時——
「小夜さん、行くんですか?」
今までずっと近くにいた、ずっと聞いてきた声が私の足を止める。
振り返るとそこには、私の幼馴染の煌驥が居た。
「ああ、少し用が出来てな。フランスへ行く」
「いつ……帰ってくるんですか……?」
悲しさを隠しているような、涙を堪えているような顔で煌驥が聞いてくる。
「わからない。だが、すぐ戻ってくるさ」
思わずそう嘘をついてしまい、罪悪感に苛まれる。
私はそのまま踵を返して電車に乗る。
「俺、小夜さんの事ずっと待ってます。だから、帰ってきてくださいね」
私は、何も言えなかった。もう、嘘をつきたくないから。
だって、私は一年後に死ぬのだから。
『明日世界が終わるなら』
ずっと想ってきた。
あの優しい所に。ドジで、鈍感だけど、人をよく見ていて、体調が悪かったりしたらすぐ声をかけてくれる所とか。
でも、この気持ちは言えない。
あの人にはもう、心に決めた人がいるから。そして、あの人の隣を歩けるのは私じゃ無いから。
私にもっと勇気があれば。あの時声をかけていれば。
そんな後悔が出てくるが、もう遅い。全て終わった事なんだ。
貴方を愛した1人として、貴方の幸せを願わせて。
その隣は、私じゃ無くても良いから。
……もし、明日世界が終わるなら。
私は、貴方にこの気持ちを伝えたのかな?
『耳を澄ますと』
「たまには高い所も良い物だな」
今、俺は昔通って居た中学校の屋上に居た。不法侵入とは言わないでくれ。許して。
まあ俺は耳が良いから誰か来たとしても気づくけどな。
ところで。君達、俺に質問したい事があるだろう? ああ、皆まで言うな。何故屋上にいるのか、だろう?
その答えは簡単。最近ハマっている趣味を楽しむ為だ。
その趣味と言うのは——
「今日も聞こえるな」
この町に居る人達の会話などを聞く事だ。
おっと、きもいとかやばいやつとか言わないでくれよ? 悲しくなるから。いや、マジで。
何が楽しいかと言うと、やはり1人1人で違うと言う事だな。
楽しい話、悲しい話、怒った話。そして話すときの癖、抑揚などなど。人によって様々だ。
君達も是非やってみてくれ。中々面白いぞ。
『2人だけの秘密』
俺の住んでいる町の少し標高がある山の頂上の大きな桜の木の下。そこで、俺達は秘密を作る。
「あと10年くらい経ったらみよう! これは、2人だけの秘密ね!」
「うん、わかった!」
幼き日の俺、煌驥と小夜の、2人だけの秘密。
その少し後に小夜は転校し、離れ離れになった。
それから会っていない。会えるのかもわからない。今、どこにいるのだろう。何をしているのだろう。
あの秘密の約束から10年。俺は桜の木の下に1人立っていた。
隣に、小夜はいない。本当は一緒に見たい。でも——
「私が遠くにいっても、あの秘密を果たして。一緒には見れないかもしれないけど、貴方に見てほしいの」
遠くに行く前に、小夜が寂しそうな笑顔で言ったから。
だから俺は、その約束を果たす。小夜の為に。
埋めた場所を思い返しながら、地面を掘る。どこに埋めたのか忘れたので時間がかかるかも……。
結局、見つけたのは50分ほど経った時だった。結構時間がかかってしまったな……。
出て来たのは小さな箱。小夜が子供の頃に両親に買って貰ったと言う、お気に入りの箱だった。
箱の蓋に手をかける。そして、そのまま力を込めた時——
「ちゃんと約束、守ろうとしてくれたんだね」
「は?」
聞こえるはずのない声。今は遠くに居るはずの、幼き日によく聞いた懐かしくも優しい声。
「なんで……」
振り向くとそこには、あの頃よりも成長し、大人になった小夜が居た。
「久しぶりだね、煌驥」
脳の処理が追いつかない。何故ここに居るんだ?
「小夜……いつ帰って来たんだ……?」
「う〜ん、実は親に言ってないんだよね。だから親も知らないよ」
「は? なんで言わなかったんだよ。親御さんが心配するだろ?」
「だって——」
小夜はあの頃の面影が残った優しい笑みで、こう言った。
「2人だけの秘密、だからね」