『これからも、ずっと』
「で、なんで深夜に女性が1人で外を彷徨いて、しかも俺のアパートの近くで体育座りを?」
「いや〜……あはは」
「流石に話して貰いますよ。飯も風呂も用意してあげたのにまだ何も聞いてないんです」
「ひ、人の事情にグイグイ来るのはどうなのかな?! もっと私の事を考えてさ!」
「小夜さん以外にはしません」
ある日、帰る家が無くて困っていると言っている女性、小夜さんが俺の住んでいるアパートの近くにいたので拾った。
俺、煌驥は24歳。小夜さんは25歳なので1個上だ。
それにしても、なんでこんな所にいたんだろう。不思議だ。
「え〜と、様子を見ようかと……」
「なんの様子見かは置いといて、小夜さん」
「あ、写真だ〜」
「おいこら逃げるな」
堂々と逃走させる訳無いでしょうよ。立って写真を見に行った小夜さんをまた椅子に座らせる。
「え〜少しくらい良いじゃん。思い出でしょ?」
「まあ見られてやばいものでも無いですが……」
「……やっぱり、捨てられない?」
「……はい」
穏やかな目で問いかけて来た言葉に、肯定を返す。
「申し訳無いですけど、何回も捨てようと思いました。事故があった日以降、ずっとあの事故の夢を見ます。だから、忘れようとしたんです。逃げようとしたんです。でも、捨てられなかった」
小夜さんが、身を屈めて抱きしめてくる。懐かしい感覚がした。これからもずっと隣にあると思っていた人の感覚が。目から涙が溢れる。もう出ないと思っていた。あの時に泣き枯らしたと思っていた、涙が。
「大切な思い出だったから。俺の世界で一番愛している人との、小夜さんとの思い出だったから」
「……ごめんね、1人にして。煌驥くんの静止を聞かないで飛び出して、男の子は守れたけど、私は車を避けきれなかった。煌驥くんは1人が苦手でしょ? だから、様子を見たくて来ちゃった」
「小夜さん……」
あの時、俺の伸ばした手が、小夜さんの腕を掴めていたら。小夜さんの代わりに俺が行っていれば、小夜さんは今も……
「あまり自分を責めちゃだめだよ。私は知ってる。煌驥くんは強くて、優しくて、1人でも立ち上がれる人だって。1人にした奴が何を言っているんだって思うかもだけど、私は煌驥くんに生きて欲しい。幸せになって欲しい」
「うん……うん」
小夜さんの言葉で、今まで押し潰されそうだった心が軽くなる。やっぱり、小夜さんは最高の女性だ。ずっと、守りたかった。
「だから、生きて。幸せになって。貴方を1人にしてしまった馬鹿の、最期のお願い」
小夜さんは俺を抱きしめる腕に少し力を込めて、腕を離し、立ち上がる。暖かい感触が消えて、少し寒くなる。
小夜さんの体が、光る。白く、もういなくなるのを暗示するかの様に。
「ごめん、実はあまり時間なくてさ。もう行かなきゃ。煌驥くんは、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
立って、ちゃんと小夜さんの顔を見る。気づかなかったが、小夜さんも涙を流していた。
「俺は、これからもちゃんと生きていく。小夜さんが心配しなくなるくらい幸せになって、また小夜さんに会えた時に笑える様に」
「うん、頑張って。ずっと、応援してるから。見守ってるから」
その瞬間、小夜さんが消えた。その光に手を伸ばすが、届かない。
「ありがとう、小夜さん。俺は、もう逃げない。全て背負っていくから。小夜さんとの思い出も、あの時の後悔も」
これからも、ずっと。
『沈む夕日』
恋愛と言うのは甘く、苦い物だ。
矛盾しているのはわかっている。だけど私はそうだと思う。
好きな人と付き合ったりしてイチャイチャすると言うのも恋愛だし、好きな人から振られて泣いたりするのも恋愛だ。
私は、放課後に近くの河川敷に来ていた。幼少期の頃から来ている思い出の場所だ。お母さんに怒られたり、学校で嫌な事があったりした時は、この河川敷の夕日を見ると気持ちが軽くなったりする。
すでに太陽は落ち始め、周りが橙色に染まっている。
この河川敷は岸から川に行く道の途中に傾斜があり、階段があってそれを最後まで降りる事で平地にいけて、少し歩くと川の近くまで行ける、と言う様なありふれた河川敷だ。
下まで降りれる階段を途中まで降り、手すりの下にある支柱の間をくぐり、傾斜がある芝生に座る。
私は今日、クラスメートの煌驥に振られた。彼にも好きな人がいるらしい。勿論、その人は私じゃ無い。
だから、振られた。とても苦しい。泣きたい。だから、この気持ちを軽くしてくれるかなって。忘れさせてくれるかなって思って、ここに来た。
でも、人生はそう上手くは行かない。簡単にこの想いは消えないし、長い時間が経ったり、この後もずっと、何か私が大きく変わったりする出来事でも無い限り煌驥を想い続けるんだろう。
実らないって、わかってる。もっと話しておけば、仲良くなっておけば、みたいな後悔も沢山出てくる。
今そんな事を考えても、遅い。後悔は『後』から『悔やむ』こと。後を前には出来ないし、私は過去戻り出来るなんて能力も無い。
太陽が、更に沈んで行く。
こんな気持ちも、夕日に溶けてしまえば良いのに。
『星空の下で』
「調子はどう?」
いつもの草原で、小夜はそう話しかけてきた。
「遅いぞ、3分の遅刻だ」
「ごめんて。許して?」
「まあ、許してやる」
「ありがと」
そんな他愛の無い会話をする。なんだこの会話は。
「隣、良い?」
「ああ、勿論だ」
小夜が、座っている僕の隣に座ってくる。
「大学、別れちゃったね」
「ああ、そうだな」
互いに空に浮かんで明るく輝く星を見上げながら言う。
僕は東京に、小夜はこの地元に残るそうだ。
本当は小夜と同じ所が良かった。だが僕には夢がある。
「寂しい、私と別れて?」
「ああ、寂しいな」
「おっと、いつも素直じゃ無いから言ってみたのにまさかの返答。その反撃(カウンター)に私はダメージを受ける」
小夜の顔が赤くなっている。何故だ?
「何を言っているんだ、お前は。ゲームみたいな言葉になっているぞ」
「あはは、まあ気にしないで」
「そうか、なら気にしない事にしよう」
「いやしないんかい」
「ふっ」
「あっははは!」
夜の草原に、僕達の笑い声が響く。ずっと、続くと思っていたのにな……
「……」
「……」
そして、僕達は互いに話さず、沈黙。
さっきの会話で多少空気が軽くなったかと思ったが、そうは行かないようだ。
「ねえ、約束しようよ」
小夜が僕にそう言ってくる。
「約束?どんな約束だ?」
小夜が僕の方を見て、言う。
「内容は簡単だよ。単純に……また会おうねって」
「成程な。その再会の日はいつにするんだ?」
「う〜ん、5年?10年?迷うなぁ」
「そうだな、じゃあ提案だ。7年後、つまり25歳だな。の今日、そしてこの草原にしないか?数字のキリが良いしここは大切な場所だからな」
そう提案をしたのだが、小夜は呆然と僕を見ているようで見ていないような、そんな風になっていた。
「もしかして煌驥……あの約束、、、」
何か言っている?だが聞き取れないな。
「どうした、小夜。何かあったか?」
「う、ううん!なんでも無いよ!良い提案だね!流石煌驥!」
「お褒めに預かり光栄だよ。じゃあ7年後の今日、この草原で良いな?」
「うん、おーけーだよ。ちゃんと来てよ、煌驥?」
「いつも待ち合わせに遅れたりドタキャンしたりするのはお前だろう?ちゃんと来いよ?この約束を破ったら流石の俺でも怒るぞ?」
「大丈夫大丈夫!ちゃんと来るって!任せといて!」
「その言葉、信じよう」
そして、俺たちはその場に立ち、互いの顔を見る。
「じゃあ、またね、煌驥。約束の日を楽しみにしてるよ」
「ああ、またな」
そんな別れの挨拶をした後、小夜が振り返り、歩き始める。
俺はそんな小夜の背中を見ながら考えていた。
「今、言うべきだろうか、この気持ちを」
そう、小声で呟く。家でも、小夜と会話している時も、そして今も、ずっと考えていた。
僕達が小さい頃にした、約束。30歳は長いと思って25歳に親がしたと言う、僕達が結婚すると言う約束。小夜は覚えていないかもしれないけど、俺はそれをずっと守って来た。
「いや、やめておこう。今まで我慢して来たじゃ無いか。25歳になる時、言おう。僕の気持ちと、この約束を。僕は約束は守る人間なんだ」
「何してんのー?早く行こー。どうせ家隣なんだしさー」
「ああ、わかった」
僕は走り、前にいた小夜に追いつく。
あの約束は言わないが、少しだけ釘を刺しておこう。
僕は立ち止まり、少し前に行った小夜に声をかける。
「小夜」
「ん? どーしたの?」
小夜が立ち止まり、少し後ろに居る僕の方を向く。
「約束の日、ちゃんと来いよ。僕はその日に、お前に伝えたい事がある」
「うん、分かった。楽しみにしてる」
そう言って、小夜は笑みを浮かべる。その笑顔に、俺の胸が高鳴る。
また、僕達は歩き出す。
約束の日に言おう、全てを。その時、小夜がどう言う反応をするのか、何を言うのかはわからない。
だが、僕は言う。お前が好きだと。この星空の下で
『ないものねだり』
私には昔から、何も出来ない。
勉強も、運動、他のことも、何もかも。
今まで努力して来た。学校の休み時間は勉強をし、放課後は勉強や運動、友達に遊びに誘われても断って勉強をし、スマホなどを与えられても触らずに自分磨きに費やして来た。客観的に見てもかなり努力したと思う。
でも、実らなかった。予習復習、問題集などをやっても点数はあまり上がらなかった。毎日ランニングを続けたのに、何も変わらなかった。
そのせいで親からも冷たい目で見られている。
どうしてなんだろう。何が駄目なんだろう? 努力が足りない? こんなにしてきたのに? こんなに頑張って来たのにまだ足りないと?
今日は前に受けた期末テストの結果が張り出される。私は441人中50位。
あんなに努力して来たのに50位? 私の上の49人は私以上に努力をしてきたと? この私に勝ると?
「やっぱり1位の煌驥君凄いよね〜」
「本当にね〜。今までずっと一位から落ちた事ないもんね。私達とは格が違うよね〜。いっつも他の男子達と遊んでたり夜も家に居ないで外で遊んでて勉強してないって噂だし。やっぱり才能かな〜?」
そんな会話をする女子達が視界に入る。
ふざけるな。才能? そんな物に私は負けたのか?
何も努力していないくせに。生まれつきに得た力で私の今までの積み重ねてきた努力が負けたのか?
「ねえ、なんかこっち見てない?」
「こわっ! なんであの子睨んで来てるの?」
「し、知らないよ。き、聞いてみる?」
ありえないありえないありえない。そんな事はあってはならない!
「あ、あの〜? なんか顔が怖いよ?」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 失せろ!」
「は、はい! ごめんなさい!」
「な、なにあいつ! きもいんだけど!」
そう言って女子達は去っていく。
欲しい。その才能という物が。私の努力を一瞬で上回るほどの力を持つそれが。
『好きじゃないのに』
季節は秋。夏に比べてかなり寒くなって来た。
私、春夏冬小夜はテキトー学園の生徒副会長をしている。
今は生徒会室でプリントの整理をしている所だ。
そして今、生徒会室には我が校の生徒会長にして幼馴染の白夢煌驥が居る。
短髪の黒髪。185ほどある身長、そしてなんと言っても目つきが悪い。睨まれるとかなり怖い。勉強、運動ともにこの学校トップクラスであり、家柄もかなり良いとか。後半は羨ましい。
だが私は煌驥の事が苦手だ。
「こっちをずっと見つめてどうした。不快だからやめてくれ」
そう、これだ。確かに少し見つめていたかもしれないが流石に冷た過ぎると思う。
「見てたのは謝るけど流石にそこまで言う事は無くない?」
「ふん。」
なんだこいつ。本当になんだこいつ。
だけど、私は煌驥の事が嫌いと言う訳ではない。
さっき苦手と言ったのは嘘では無い。でも私は彼の良い所を沢山知っている。
だけど! だ、け、ど! 私は好きと言うわけでも無い。いつも言葉冷たいし。態度ムカつくし。
たまに家にお邪魔して遊んだり、こうやって2人で生徒会の仕事をしたりする。
他の生徒会役員の子達に「一緒に仕事しないの?」と聞いてみたら「いや、あの甘々な空間に入るのは無理です絶対に」と言われてしまった。
甘々? 何が? あの言葉−273度の男との空間が? 片腹どころか両腹痛い。
「おい」
声がした方向を向く。
「何?なんか用?」
「お前の仕事は終わったのか?」
「まだ。あと1時間くらいかな」
「そうか、なら30分で終わるだろう」
はい? この積み重なった紙を見て言ってます?
そう思っていたのだが、煌驥は私の近くに来ると、積み重なった紙の3分の2ほどを持っていく。
「ちょ、ちょっと待って。別に手伝わなくて良いよ。先に帰ってて。」
「何を言っている? 暗くなった外をお前1人で歩かせろと? 無理な話だ。最近は物騒だしな」
そう、こう言う所だ。普段は冷たいのに急に優しくなる。助けて欲しいと思っていると必ず助けてくれる。思わず顔が熱くなってしまう。
「あ、ありがとう」
「礼はいい。手を動かせ。すぐ終わらせて帰るぞ」
「う、うん」
そう会話をし、黙々と作業をしていく。
30分ほど経ったくらいで2人とも仕事が終わった。
「終わったー! ごめんね、手伝わせて。ありがとう。」
「気にするな。早く帰るぞ。」
「う、うん」
鞄を持ち、昇降口で靴を履き替え、帰路につく。
帰路の途中にあるコンビニの近くまで行くと、煌驥の足が止まった。
「どうしたの? 忘れ物?」
「いや、違う。小夜、コンビニに寄らないか? 肉まんでも食べよう。奢るぞ」
「なになに、急に。怖いよ」
「俺がお前と一緒に食べたいだけだ。嫌か?」
「いや、うん。わかった、寄ろう」
なんて心臓に悪い。今顔が赤くなっている自信がある。
そしてコンビニで肉まんを買い、食べながらまた家への道を歩く。
他愛もない話をしていたら家に着いていた。
「じゃあね、煌驥。おやすみ」
「ああ。体調を崩さないようにな。また明日」
そう会話をし、家に入り、自分の部屋に行く。
ほら、良い所もあるでしょ? 冷たいし、たまに怖いけど、優しいし、他人をよく見て、気遣ってくれる。
言っておくけど本当に好きじゃ無いから。本当に。
「彼女とかいるのかなぁ」
いたらどうしよう。なんか泣きたくなってくる。
「いやいや! 何を考えてるの! 別にどうでも良いじゃん!」
好きじゃない、好きじゃない。
そう思っていても、脳に刷り込もうとしていても、煌驥を目で追ってしまう。考えてしまう。
好きじゃないのに、好きじゃないはずなのに。