海へ
燦々と太陽が煌めく中、小さな電車は駅に辿り着いた。
緑と黄色のレトロなそれは短い3両編成でやって来た。常のことなのか、駅の長さもそのくらいしかない。
ドアが開き乗り込む。中もなかなか趣のある作りである。今時のレトロさが好きな方達に受けそうだ。進行方向に向かって左側に座る。窓が見える向きの椅子である。
今も昔も変わらずそこにあっただろう電車はゆっくりと走り出した。
街中を走るそれは線路を走っているのだが、思ったよりも家々に近い。路面電車の方が道路の幅の分遠く感じる。それくらい、触れられそうなほど家の近くを電車が走る。
しばらくそのように走っていたが、急に視界が開けた。ぱぁっと明るくなり、キラキラとした光が飛び込んできた。
海だ。
住宅街を抜け、一面の海、その横を走っていく。
そうして止まった駅で降りることにした。
木の柱と屋根で出来た駅舎が迎えてくれた。潮風に負けないための作りなのかもしれない。
んー、と伸びをした。早く出て来たから時間はたっぷりある。駅を出て海へ行こうか。浮かれながら改札を通り抜けた。
裏返し
「またなのー?」
とてとてと、自力で着替えられて、自信満々な顔で歩いてきた我が子。その服は見事に裏返しだった。
「ほら着替えるよ」
そう言ってバンザイさせようとしたが、何故駄目なのかわからない子どもは不服で泣き出してしまった。
あー、まただ。
可愛さの裏返しで、こうなると怪獣である。
今日も我が家は怪獣大暴れとなった。
鳥のように
「どっか遠く行きたいな、鳥のように」
そんなふうに呟いた友人を見て、言葉を返す。
「渡り鳥は季節で移動するから、どっか行ってもまた戻ってくるぞ」
ツバメとかそうだよな。と付け足すと友人は机に突っ伏した。
「別荘か何かなの?どっか行って帰りたくないのー」
「現実逃避してないで宿題やれ」
夏休みももう終わる。それなのに友人の宿題は山のように残っている。自分が遊びに誘わなければこの惨状を友人1人でこなしたのか。……いや、不可能だったろう。
「写さしてー」
「だーめ、自力でやれ」
見ててやるから。そう言うと、唸りつつも宿題に向かい始めた。
この自由気ままな友人が、なんだかんだと最後には自分を頼ってくるのに、鳥のようなやつだな、と心の中で呟いた。
さよならを言う前に
「さーて、1発殴ろうか」
指をぼきぼきと鳴らしながら言う少女。その様子に少年は後退りながら説得を試みる。
「いや待って、俺のせいじゃないって、な、頼むから」
随分と勢いのない逃げ腰の説得である。この流れは2人にとっていつものことだった。今までは。
「とりゃあー!」
「うわー」
とうとう少女の拳が少年の腹に炸裂――しなかった。
するりと、まるで何もないようにすり抜ける。
「……ばかやろう」
「……ごめんね、死んじゃって」
幽霊になった少年は少女の肩にそっと手を置いた。もしかしたら触れられないかと思ったが、やはり彼の手は少女の肩をすり抜けた。
歩道を歩いていて車が突っ込んできた。どうにも避けられなかった現実が重くのしかかる。
「……いっぱい、約束してたじゃないか」
「……うん」
「いっぱい、一緒にやりたいこと、あったのに」
「うんっ」
「ばかやろう……ぅゔっ」
彼女の涙すら拭えずに、伸ばした腕を引っ込めた。額が合わさりそうなほど近くに顔を近づけた。
「ごめんね、大好きだよ」
さよならを言う前にせめて、この言葉を
空模様
「あー、めっちゃ光ってるー」
土砂降りの雨模様。それに加えて雷も鳴り出した。
「こりゃ午後の授業休講だな」
「それはいいけど帰れるか?」
「……まー無理だな」
ごそごそとスマホを取り出し調べ始める。
そんな友人を横目に休講の決定を確認し、窓の外を眺める。
「あ、また光った」
「駄目っぽいぞー、電車」
「まじか、止まってる?」
差し出すスマホを覗くと、なるほど最寄駅を走る電車は上下線とも止まっていた。
「うわー、どうするよ?」
「んー、真田んところ行く?」
共通の友人、しかも学校から歩いて行ける一人暮らしの名前が出た。しかし――
「あいつんち、2人も入れるかな?」
一人暮らしであることを差し引いても狭いのである。趣味の、プラモデルの棚が大きな存在感を放っているのである。
「まぁ、とりあえず行こう、駆け込もう」
一階まで降りて外へ、一瞬怯みつつも叫びながら駆け出した。
生憎の空模様、しかし若者はそれにも負けず元気だった。