さよならを言う前に
「さーて、1発殴ろうか」
指をぼきぼきと鳴らしながら言う少女。その様子に少年は後退りながら説得を試みる。
「いや待って、俺のせいじゃないって、な、頼むから」
随分と勢いのない逃げ腰の説得である。この流れは2人にとっていつものことだった。今までは。
「とりゃあー!」
「うわー」
とうとう少女の拳が少年の腹に炸裂――しなかった。
するりと、まるで何もないようにすり抜ける。
「……ばかやろう」
「……ごめんね、死んじゃって」
幽霊になった少年は少女の肩にそっと手を置いた。もしかしたら触れられないかと思ったが、やはり彼の手は少女の肩をすり抜けた。
歩道を歩いていて車が突っ込んできた。どうにも避けられなかった現実が重くのしかかる。
「……いっぱい、約束してたじゃないか」
「……うん」
「いっぱい、一緒にやりたいこと、あったのに」
「うんっ」
「ばかやろう……ぅゔっ」
彼女の涙すら拭えずに、伸ばした腕を引っ込めた。額が合わさりそうなほど近くに顔を近づけた。
「ごめんね、大好きだよ」
さよならを言う前にせめて、この言葉を
8/21/2024, 4:45:09 AM