美佐野

Open App
12/17/2025, 12:05:56 PM

(雪の静寂)(二次創作)

 ポドールイは一年を通して雪が降り続く地である。
 街の北に古い城があり、そこにはレオニード伯が住んでいる。宵闇のローブを身に纏い、決して老いることのないその人は吸血鬼と呼ばれており、彼が住まうからこそこの地の雪雲が晴れることはないのだとまことしやかに囁かれていた。
 ツヴァイク公に頼まれ聖杯を取り戻すため、この街を訪れた一行は、今日のところは宿に泊まることにした。
「…………」
 ミカエルは、与えられた部屋から窓の外を見る。
 積もった雪がすべての音を吸収したかのように、静まり返っていた。行きかう人の姿はなく、活気も見られない。まるで時が止まり、大きな停滞に呑み込まれたような街だった。
 戸がノックされる。入れ、と短く答えると、扉が開きカタリナが入ってきた。
「ミカエル様」
 当たり前のように跪くのをやめさせて、手近な椅子を示す。
「失礼します。……休息の許可を、ありがとうございます」
「構わん。今の旅の指揮者はお前だ。私をそこまで気にする必要はない」
 カタリナは、はいともいいえとも言わない。ただ静かに控えているだけだ。雪道を進むのは、不慣れなせいか体力を余計に消耗するため、休息をと先に言ったのはカタリナだというのに。
「カタリナ」
 窓の外を眺めながら、ミカエルは尋ねる。
「この街の若い女性たちは、レオニード伯に選ばれ永遠の美を得るのを心待ちにしていると聞く。……お前も、いつまでも若くありたいと、思うか」
 カタリナの答えは簡潔だった。
「私はミカエル様のおそばで、ロアーヌを守るために戦う使命です」
「そうか」
 カタリナは至って真面目だ。その使命はミカエルの傍でなくても叶うのに、と思うと少しだけ可笑しくなってくる。同時に、彼女の言葉を嬉しく感じる自分もいた。
「これからも励め。ロアーヌのために」
「はっ」
 貴族の礼を返し、カタリナは部屋を出る。
「いずれは……私のために」
 届かなかった言葉は、ただ雪の静寂に吸い込まれていった。

12/16/2025, 5:25:06 AM

(明日への光)(二次創作)

 ユウトは牧場主だ。夜明け前に起き、畑と動物小屋を回り、雑草を刈り、日が沈むころにはくたくたになっている。一方リックは養鶏場を任されていて、卵の管理や出荷の段取りに追われ、朝は早く、帰りは遅い。
 一緒に暮らしているのに、顔を合わせる時間は驚くほど少ない。
 朝はどちらかが先に出て、昼は別々、夕方は入れ違い。テーブルに残されたメモや温め直したスープが、今日も会えなかった証拠になる。
 不満は言わない。一緒になる前から判っていたことだった。むしろ大親友になったことで、お互いの敷地を分けていた柵にゲートを取り付け、近道ができるようになった。
 唯一の例外が、夜だった。
 どれだけ遅くなっても、どれだけ疲れていても、先に帰った方は起きて待つ。戸が静かに開く音がすると、リビングから小さく声をかける。
「おかえり」
「ただいま」
 それだけで胸の奥がほどける。
 灯りを落とした部屋で、二人は自然と引き寄せられる。言葉は少ない。今日何があったかを細かく話す余裕はない。ただ、腕を回して、相手の体温を確かめる。
 リックの胸に顔を埋めると、飼料と土と、少しだけ卵の匂いが混じったいつもの匂いがした。
 ユウトは目を閉じて、ゆっくり息をする。
(ああ、ちゃんと生きてる)
 この時間があるから明日も動けるのだ。少しだけ強く抱きしめればリックの腕に力がこもった。
「……今日も忙しかった?」
「リックこそ」
 ぽんぽん、と背中を叩かれて、思わず笑う。子どもみたいだと思うのに、嫌じゃない。会えない時間が長いほど、この短いぬくもりが大事になる。
 ユウトは胸の中で、そっと噛みしめた。
(この体温が明日への光になるんだな)
 やがて呼吸が揃い、眠りが近づく。
 腕の中の温かさを最後まで離さないまま、ユウトは静かに目を閉じた。

12/14/2025, 12:05:32 PM

(星になる)(二次創作)

 元より彼女を欲したのは自分の方で、何があっても手放すつもりはない。それは変わらないのだが。
「このままお前、いつかはミアレの星になるんやないか」
「ほひ?」
 口いっぱいにサブレを放り込んだままおうむ返しするセイカに、カラスバは堪らず吹き出した。
 セイカはMZ団の切り札にして、街の英雄である。暴走したプリズムタワーを治めた立役者であり、ミアレの高ランカーたちと軒並み深い絆を結んでいる。カラスバもそのうちの一人である。
 単なる観光客であった彼女は、何を気に入ったのか、ミアレの街にすっかり居着いている。人助けをしたり、ロワイヤルに参加したりと気ままに暮らす彼女は、当然街の有名人であり、多くの人々に慕われていた。そう、まるでクリスマスツリーのてっぺんに輝く星のように。
「でも呼んだら来るし、呼ばんでも来るし、まあ脈アリか?」
「美味しいお菓子があるなら、どこにでも行きますよ」
 にっこり笑うセイカは可愛らしく、ただ口元にサブレの滓が付いていた。
 どこにでも、と言うが、彼女は呼ばれたらお菓子が無くても行く。かと思えば新しいポケモンを捕まえては鍛え、ロワイヤルでは敵なしと聞く。したいこともして、頼まれたこともして、毎日あちこち走り回っている彼女は、探そうと思えばすぐに見つけられた。
「なあ、ウチみたいな日陰モンと付き合ってたら、後ろ指指されるんやないの」
「試し行動ですか?カラスバさんにしては珍しい」
「試しやー判ってんなら、欲しい答えくれるんやろな?」
「私はカラスバさんが好きです」
「合格やな」
 可愛らしい子にはご褒美を。傍で控えていたジプソに目配せすれば、香り華やかなローズティーが運ばれてくる。前にユカリから押し付けられたものだが、セイカを喜ばせる役には立ったようだ。
 セイカの「好き」が、友愛なのか恋情なのかは測りかねるが、呼ばずとも来るという今の関係性を、カラスバはしばらく楽しむつもりだった。

12/13/2025, 11:56:42 AM

(遠い鐘の音)(二次創作)

 昨日までの曇天が嘘のように晴れていた。グレイは一人、木こりの森に来ていた。思い出したかのように感じる風は、遠い鐘の音を運んでは来ない。皆、この晴天にほっとしているだろうなと思う。
「…………」
 手近な切り株に腰を下ろして青空を見上げた。
 今日は牧場主ピートと養鶏場の娘ポプリの結婚式だ。誰にでもニコニコするピートは当然皆に好かれており、街の住民の殆どは今頃教会だ。グレイだけがこうして、人気のない場所に座り込んでいる。
「よっ、こんなところで油売ってていいのか?」
「……驚いた」
 一人のつもりだったが、夏男カイが顔を出す。
「俺を呼びに来たのか?」
「あ?オレがあいつらの結婚式行くと思ってんのか?」
「は?ポプリに失恋したのか?」
 ポプリがカイを好きだと公言していたのは昔の話だ。当のカイ側の気持ちは知らないが、両思いには見えなかった。やがてこの街に来たピートに見初められ、今日に至る。
「んー、まあ、ピートは嫌いじゃねぇけどさ」
 カイはどっかりとグレイの横の草むらに座った。
「リックの野郎に見つかるとメンドーだし、そもそもオレ招待されてねーし」
 この小さい街で結婚式の招待状なんてあってないようなもので、勝手に参加しても咎められない。だがまあ、何となく馴染めていないのだろうカイの居心地の悪さは、判る気がした。
 しばし、無言で時が流れる。今頃誓いのキスでも交わしているのだろうか。人々の祝福は温かくも賑やかで、特に牧場主はもみくちゃにされていそうだ。翻ってこちらは男二人、木の枝に囲まれた空を見ている。
「…………」
「…………」
 カイの腹の内は窺えない。そもそも知ってどうするのか。至近距離で横顔を見るのも不躾だと考え立ち上がる。
「行くのか?」
「いや、その……」
「まあいいよ。ここにいたのがお前でよかったよ」
 グレイは首を傾げたが、カイはひらひらと手を振るだけだ。なんだか変な奴だった。

12/11/2025, 8:27:11 PM

(夜空を越えて)(二次創作)

 ロイドは行商人である。
 縁あって、かつては世界規模のバザールが行われていたそよ風タウンに滞在している。初めはここを拠点にあちこちの街に仕入れに出掛けていたが、ここ最近はとある人物の影響で、旅の終わりを迎えこの街への定住を決めた。
 その人物――牧場主ハルカが、ロイドの目の前を横切ろうとしていた。
「ひゃっ!」
 反射的に、つい、腕を伸ばして捕まえてしまった。ハルカはというと、びっくりしたものの、下手人の顔を見て、ぱっ、と瞳を輝かせた。
「ロイド!ちょうどいいところに!」
「オレを探していたのか?」
 時刻はそろそろ宵闇迫る夕刻である。朝や昼間と変わらず走り回る彼女の体力は、さすが牧場主と言ったところか。ハルカは、ロイドの手を取ると、ぐいっと引っ張る。
「ん、オレをどこに連れていくつもりだ」
「イイトコ!」
 彼女の行く先は彼女の牧場の、牧草地になっている丘の上だった。あっという間に暗くなった空、こんな時間に異性と二人きりだが彼女は一向に気にする気配もない。ただ、とても嬉しそうに向こう側を指すのだ。
 遠く離れた街があり、ふわふわと光るものが無数に浮かび上がってくる。
「なるほど、これは……」
「キレイでしょ?毎年今ぐらいの時期に見られるんだけど、一回ロイドに見せたかったの」
「オレを探してたのは本当だったわけだ」
 何かのお祭りなのだろう。見ている間も、その光るものは途切れることなく空に浮かび上がっていく。幻想的で、絵画を見ているかのようだった。亡くなった人を忍び天に灯篭を挙げる祭りが行なわれる街を思い出した。また、同じく亡くなった人を忍び川に灯篭を流す風習のある街もあった。
 そういった話をしてもよかったが、ハルカは静かに風景を見つめている。
 野暮な気がして、ロイドも説明はやめにした。ちょうどその場に設置してあるベンチに腰を下ろす。彼女が良いと思ったものを分かち合う相手として選ばれたくすぐったさに、ロイドは小さく笑った。

Next