(凍える指先)(二次創作)
濡らした手を乾いた布で拭かず、その場で振ることで水気を切って乾かす。それだけで、凍える指先の出来上がりだ。あとはそれを、ターゲットの首筋目掛けてそっと差し込むだけでいい。セイカは、バトルロワイヤルで培った忍び足を駆使し、そおっとそおっと標的に近寄る。
「いや、何してん」
「ちぇ」
指を入れる寸前で、振り向きもせず企みを看過され、セイカは遺憾の意を表した。
他愛ないこのいたずらを最初に思いついたのはデウロだった。ある冬の朝、雨に濡れてしまった手を拭く暇もなく目的地に急いでいたら、手がとてもとても冷たくなった。自分自身でも驚く程だったが、確かに寒冷地では濡れたタオルを叩けば一瞬で凍るという話もある。それをふと思いついて、セイカに仕掛けたのが数日前だ。
「ま、ちょっとした遊びですよ」
「ほおん?」
本来の予定が無くなって、急に生まれた空白の自由時間で、真っ先に思いついたのが例のいたずらだった。ターゲットは、と考えてカラスバの顔が浮かんだので、善は急げとばかりサビ組事務所に来た。
「思ったよりお子様なんやな」
「そりゃ、カラスバさんに比べたら大体年下でしょ」
「え、オレいくつに見えとるん」
「さあ?」
のらりくらりと問答を繰り返しているうちに、ジプソがお茶とお茶菓子を出してくれた。今日は何と、遠くシンオウ地方から取り寄せた銘菓「森のヨウカン」らしい。話に聞いたことはあるが、食べるのは初めてだ。セイカは目を輝かせる。
「そうだ!みんなも出ておいで」
ポン、と腰に付けたホールから手持ちポケモンを出す。相棒のメガニウムを除けば、最近育てているイーブイの進化系ばかりだ。サンダース、ブースター、シャワーズ、リーフィア、ブラッキー。
「まぁたカラフルなんの揃えたなあ」
「タイプ相性も悪くないんですよ。大体の相手には効果バツグンを取れます」
ミアレの英雄は誇らしげに胸を反らせた。
(雪原の先へ)(二次創作)
両足にしっかりと力を入れて立っていなければ、すぐにでも吹き飛ばされそうなほど強い風が吹いている。ただの暴風ではなく、雪のつぶてが混ざった雪風で、今歩いてきた足跡すらあっという間に埋もれて消えてしまいそうなほどだ。メアリィは雪村で生まれ育った。よって雪も風も見知っているはずだが、プロクスのそれはあまりにも故郷とはかけ離れている。
――エレメンタルのバランスが崩れ、水と風が強くなりすぎている。
(ハモさま……)
こんな状況を見れば、灯台には火をともすべきだという思いがいよいよ強くなる。それが自身の一族の使命に反する行為であっても、なお。
と、辺りが少し暖かくなった。
「想像以上にヤベーな、これ」
「本当ですね……あの二人があんなにも躍起になってたのも、判る気がします」
ジェラルドとイワンだった。イワンが風で空気の層を作り上げ、ジェラルドがその中を炎で少し温めたおかげで、寒さと冷たさが和らいだ。メアリィは、二人ににっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「ったく、一人でマーズ灯台見に行くなんて正気の沙汰じゃねぇって」
ジェラルドはわざとらしく怒っているように言う。
今でこそガルシアやピカードといった連れも増えたけれど、メアリィにとって気の置けない仲間はやはりジェラルドたちだった。今までの世界を巡る旅を思い出す。アンガラ大陸を出て、こんな遠いところまで来るなんて、どうしてあの日想像できただろうか。
「そろそろ戻らないと、ロビンが心配しますよ」
「ガルシアではなくて?」
「そりゃあ今のリーダーはガルシアですけど、ボクたちにとってはロビンがそうなのは変わりません」
マーズ灯台に挑むのは明日の予定だ。皆、今日はプロクス村で旅の疲れを癒している。消息を絶ったカーストたちは心配だが、サテュロスたちの強さを思い出せば、彼女たちだって簡単に負けやしない。それよりも、万端を期すことを優先した。
雪原の先に、旅の終わりが待っている。それは凍てつく吹雪の姿をしていた。
(吹き抜ける風)(二次創作)
吹き抜ける風は心地よく、若葉の香りを含んで清々しい。空を見上げれば抜けるような青空で、頭を悩ませる千々の物事が静かに霧散していくようだ。ジプソは、しかし、大きく大きく息を吐いた。ボスたるカラスバを探しに街を回っていた矢先、見つけたのはデウロだ。エムゼット団の一員にして、ダンサーを目指す少女である。
「なんやジプソ、こんなところにおったんか」
それはこちらのセリフだ、と言いたくなる言葉と一緒に現れたのは、探していたはずのカラスバである。肩にじたばたと暴れる女性を背負っている。
「オレは今からこいつにありがた~いお説教をせなあかん。ということで、そのお嬢ちゃんは頼んだで!」
「そのうち起きると思うんで、私からも、よろしくお願いしまーす」
カラスバの荷物改めセイカにまでそう言われ、ジプソはデウロの警護をすることになったのだ。そう、デウロは、この過ごしやすいミアレの外で、ぐっすりと熟睡していた。
真昼間で、公園。そうそう危ないことは起きない、と思いたいが、残念ながらここは人出の少ないスポットでもある。本来ならば起こすべきだろうが、デウロはあまりにも幸せそうな寝顔を見せている。そういえば、彼女が外で無防備にも寝こけているのは珍しい。というより、初めてではないだろうか。
「…………」
結局、ジプソは彼女の隣にどっかと腰を下ろした。
(カラスバ様の気持ちがちょっと判る気がする……)
放っておけない、庇護欲のようなもの。このような気持ちを他者に抱いたのは初めてに近い。ジプソは、何となく、デウロの顔の前でひらひらと手を振ってみる。はたから見れば滑稽な図だろうなと思う。
と、何も知らないデウロが、眠ったまま、へにゃり、と笑った。
「!!」
不意打ちだ。ジプソは思わず飛びのいてしまい、そんな自分が可笑しくて吹き出した。水もしくはきゅうりに驚く猫のようだった。
(木漏れ日の跡)(二次創作)
カラスバがセイカを見かけたのは完全に偶然だった。
断っておくと、彼女の動向は常に判るようにしている。スマホロトムにはセイカの位置情報が絶えず送られてくるし、その気になれば盗聴も可能だ。だがカラスバはそれを、必要な時以外は閲覧・取得しないようにしているだけだ。そういう理由で、今日彼女と会えたのは純粋に幸運だった。
「こらよう寝てはるわ」
連れていたロズレイドが、起こすか?と言いたげな目でこちらを見る。セイカはベンチに深く身体を預けたまま、くうくうと熟睡していた。木漏れ日の跡が優しく揺れている。足元には彼女の相棒のオーダイルが眠っている。片目は空いているため、緊急事態にもすぐ対応できるだろう。どのみち、この街で彼女のポケモンを下してなお、彼女に危害を与えられる人間など存在しないのだ。
「……まあ、ええか」
次の予定まではまだ時間がある。カラスバはセイカの隣にすっと腰を下ろした。ビルとビルの間にあるこのスペースは、セイカ曰く、イーブイがよく出没するポイントだ。イーブイの進化系を全種類鍛えたいと話していた。もしかしたら数匹既に育成中かもしれない。
人気は殆どなく、静かな時間が流れている。
昼はポケモンの育成・捕獲や人々からの頼まれごと、夜はロワイヤルと忙しくしているセイカを思う。せめてホテルで寝てくれと思うが、外泊が長く続くようなら直接セイカを捕まえホテルに送り返せば済む話だ。
「こんなところにおいででしたか」
ジプソがやってくる。セイカの姿を認め、声量を落とした。
「次の予定がございますが」
「固いこと言うなや。まだええやろ?」
「少しぐらいなら……」
住む世界の異なるこの娘と、かりそめとはいえ隣に並ぶ時間は貴重なものだ。更に10分ほど過ごしてから、カラスバはゆっくりと立ち上がった。
「オマエから飛び込んでくるんは歓迎や。……待っとるからな」
相変わらず寝こけている主と対照的に、両目開いたオーダイルは静かにカラスバを睨み付けた。
(ささやかな約束)(二次創作)
お母さん、とノーブルが言った。
「見てみて!キラキラしてるの、すごくキレイ!」
メアリィは娘の表情こそキラキラしていると笑った。今日はイミルに行商人が来る日だ。ビリビノの支配下に入ったことで、ビリビノを訪れる商人たちの何人かがイミルまで足を伸ばすようになった。中にはマーキュリー灯台から湧き出るヘルメスの水が目的の輩もいるが、灯台にはビリビノ兵が配置されメアリィの許可無く立ち入ることは出来ない。今日の行商人はガラス細工を扱っているようだった。
「ねえ、これ、買ってもいい?」
ノーブルは期待に満ちた目でこちらを見上げている。
「そうだね、いいんじゃないかな」
答えたのはメアリィではなく夫で、とかく娘には甘いこの人は、喜ぶノーブルの様子に目を細めていた。一方、メアリィは昔のことを思い出していた。まだ父が生きていた頃、村に来た行商人が同じようにガラス細工を並べていたことがあった。
(わたくしも欲しくて、お父さんにねだったのでしたわ)
どうせ壊れるからと買ってもらえず、ではと一緒に暮らしていた父の弟子アレクスにねだったのだ。
(あなたが大きくなったら買ってあげましょう――なんて)
ささやかな約束は果たされないままだ。今の今まで忘れていたけれど、思い出したら思い出したで少し腹立たしくなる。約束はおろか、生死すら定かではない人。いま彼はマーキュリー一族の裏切り者ということになっている。灯台を守るという使命に反したのだから、間違いではない。心配だけさせて帰ってこない人を、待つのも案じるのも随分前に辞めた。思えばアレクスを思い出すのも久しぶりのこと。
「お母さん?お母さんってば」
「はい?ごめんなさい、聞いてませんでしたわ」
「もーう!」
何か話しかけていたらしいノーブルはぷりぷりと怒っていて、夫が宥めている。その光景を幸せと呼ぶのだろうと、メアリィは一人微笑んだ。