(祈りの果て)(二次創作)
黄金の太陽現象が起こり、旅は終わった。イミル村に帰ってきたメアリィの暮らしは、旅に出る前と変わらない穏やかなものに戻った。マーキュリー灯台に火が入ったことで、ヘルメスの水が汲めるようになり、村の人々は皆健康になった。プライの力を求められる機会もぐんと減ったけれど、ハイディア戦士の一人として、マーキュリー一族の当主として、人々から寄せられる信頼は減るどころか募る一方だった。
「…………」
朝起きて、身支度と朝食を終えたら祈りの時間だ。神官として、マーキュリーの灯に祈りを捧げる。村のこと。世界のこと。そして――マーキュリー灯台で再会したまま、行方知れずのアレクスのこと。
(世界は、少しずつ、変わっていこうとしている)
イミル村だけで見れば変わらない暮らしも、もっと大きな目で見れば新しい流れの中に組み込まれようとしている。村は穏やかで、かつての仲間が訪れるほかは大して変化もないけれど、ある時ビリビノの領主マッコイが訪ねてきて隷属を要求した。
マッコイ曰く、マーキュリー灯台を擁するこの地を、自らの管理下に置いておきたいとのこと。イミル村の暮らし自体に過度な干渉はしないことを約束に、メアリィはそれを受け入れ、村人たちもメアリィの決定に従った。
(そうして、わたくしの結婚……)
村に昔から住む青年に、求婚された。メアリィが旅に出る前からずっと、慕っていたのだという。エナジストや戦士としての力は無いが、優しく誠実な彼の求婚を、メアリィは受けるつもりである。一族の力を次代に受け継ぎたい想いがあるからだ。
今朝も、メアリィは祈りを捧げる。村のこと、世界のこと、ビリビノの街のこと、そして――アレクスのことを祈るのは、今日で最後にしようと思う。
(きっとアレクスは……)
ワイズマンは、アレクスは助からないと話していた。祈りの果てに、その言葉を受け入れよう。メアリィは目を開くと、ゆっくりと立ち上がった。今日は青年に、求婚の返事をする日だった。
(心の迷路)(二次創作)
今、牧場主は最大の岐路に立たされていた。
(ヘイリーとエリオット、選べない)
ペリカン村の端にある広い荒れ地を耕して、いっぱしの牧場を作り上げた。公民館に棲みつく不思議な生き物ジュニモたちの頼みを訊き、様々な農作物や畜産の副産物を集めた。時には鉱山に潜り鉱石を集めては道具をアップグレードし、またある時は谷のあちこちの釣り場を走り回っては釣竿を振った。
そんな忙しい日々の中で、牧場主がないがしろにしたのは谷の住民たちとの触れ合いだった。
そう、誰とだって深い関係にならずに、ただ会えば挨拶をする程度で積極的に自分からは動かなかったのだ。ただ、収穫したものの出荷箱に入れそびれていたヒマワリ(リュックからはみ出していた)を見かけたヘイリーがそれを欲しがったり、海岸で日がな釣り糸を垂らしている自分にエリオットが興味を持ったりしただけなのだ。
花束を持って二人がちょうど同じタイミングに牧場にやってきたのが今朝の出来事。
ヘイリーもエリオットも、まさか自分以外に牧場主と懇ろな人物がいるとは思わなかったようだ。だが、お互いに一通り驚いた後、牧場主がどっちを選んでも恨みっこなしだと固い約束を交わした。
かくして窮地に立たされた牧場主が絞り出した言葉は、
――1日待ってくれ。
というもの。
結果、明日の朝までにどちらか選んで返事をする。もしくは、どちらも選ばない、もアリだろう。だがどちらも選ぶ、はナシだと例の二人が瞳で語っていた。こんな難しい問いは生まれて初めてだ。自分の心の奥底まで潜ってみても、どっちも同じぐらい魅力的で、どっちも欠点らしいものはない。
(どっちも選ばない?)
せっかく唯一に近い親しい存在と疎遠になるのも困る。時刻はいつの間にか夜20時。靴を飛ばして表か裏かで決めるかと試みれば3回とも側面。
「終わりだー」
絶望の夜はまだ明けない。
(寂しくて)(二次創作)
しんとしたエントランスロビーはただ窓から外の光が差し込むだけである。AZがフラエッテと過ごすために設えたこのホテルは、今やMZ団の大事な拠点だった。あの騒動からしばらく経ち、街を救ったミアレの英雄たるセイカは今、一人だった。
「……」
今日はデウロもピュールもガイもいない。ホテル自体は臨時休業の札を出しているため客足も当然ゼロだ。セイカは一人、留守を預かっていた。明日の夜にはデウロが帰ってくるのでそれまでの間、留守番なのだ。
スマホロトムからは賑やかな音楽と声が聞こえる。降って湧いた一人時間だが、特にやりたいこともない。何となく、ピュールが推しているカナリィの配信を流していた。本人に会ったこともあるが、配信をまともに観るのは初めてかもしれない。だが、セイカの知らないゲームをする回で、結局よく判らないままに消してしまった。
「…………」
今までに買った服を取り出して、鏡の前で取っ替え引っ替えしてみる。良いと思って買ったものばかりで、嫌いではないが気分は乗らない。しばらくして、セイカはベッドに仰向けに転がった。まだまだ夜までも時間はある。
「………………」
皆、何をしているのだろう。ガイはマスカットに呼ばれている。デウロはダンススクールの仲間と一泊二日の修学旅行で、ピュールはカナリィのファンイベントだ。電話しようかと腰を浮かして、やめた。代わりにロビーに来てみる。明るい光、手入れの行き届いた調度品、静まり返った空間。
「ホテルZって……」
こんなに静かだったっけ、との言葉は心に吸い込まれた。一日目の夜すらまだなのに、こんな時間が続くなんて、とセイカは身を震わせた。
と。
「邪魔すんでー」
よく知る声に、セイカは反射的に立ち上がる。表の札なんて見えていないのか、勝手に入ってきたのはカラスバだ。ほっ、と心が緩み、そのままカラスバに走り寄って抱き着く。
「なんや、邪魔すんなら帰ってって言わへんの?」
可笑しそうに目を細めるカラスバは、セイカを振り解かなかった。
(透明な羽根)(二次創作)
サビ組に遊びに来たセイカの帽子に、綺麗な羽根がくっついていた。
綺麗な羽根は、ミアレシティのあちこちで見つかる文字通り綺麗な羽根だ。陽光を反射しキラキラと煌めいているそれは、ミアレ外の住民たちに人気で、それなりの価値で売れる。小手先の資金稼ぎに羽根を拾い集める者も珍しくなく、セイカもその手の人かと思ったが、彼女は一晩で十数万円稼ぎだす程のポケモントレーナーである。
別の日は、袖に。また別の日は、髪に、綺麗な羽根がくっついていた。
ある日、カラスバはとうとう本人に直撃した。
「なあ、なんでそんな、ハネばっかくっついてるん?」
「羽根?」
どうやら本人は気付いていなかったようだ。その日は左肩についていたので、スマートに払ってやる。ひらひらと落ちるそれは、室内でも綺麗だった。
「これかあ。私、綺麗な羽根を見つけたらなるべく拾うようにしているんです」
「金に困ってんやったら、低利子で貸すで?」
「違う違う、ちょっと前に不思議な羽根を見つけたんですよ」
言うなりセイカは、懐から何かを取り出した。乾燥した葉脈のようなそれは、確かに骨組みだけ見れば羽根である。しかし綺麗な羽根を形作るあの煌めく羽毛が無い。
「何やそれ」
「さあ?」
セイカもそれを見つけたのは偶然だったようだ。よく透かすと、羽毛も見える。どうやらとても薄く、パッと見ただけでは視認できないだけらしい。セイカはそれを、透明な羽根と勝手に呼んでいた。
「これをもう一枚欲しくって」
「ほおん?」
「見つけたらカラスバさんにあげますね。世界に2つだけのものって、何だか良くないです?」
何なら今それを貰ってもいいのだが、手を伸ばした瞬間にセイカは羽根を仕舞ってしまった。お揃いの、しかも何かの羽根とは、子供じみた話だが、セイカは楽しそうだ。ならば、とカラスバのいたずら心が芽生える。
「それ、オレが先に見つけたら、どうするん?」
「そしたら交換しましょ♪」
全く可愛らしい娘である。
(冬支度)(二次創作)
見かけたセイカがもこもこになっていた。
MZ団のロゴが入ったジャケットを羽織るか、もしくはホテルシューリッシュに行った時のスーツ一式のいずれかしか着ない娘が、もこもこになっていた。ついでに、手持ちポケモンも変わっており、新しく炎タイプが2匹ほど加わっていた。
「冬支度かいな」
「女性は寒いのが苦手と申しますからね」
ならば事務所にも温かいものを用意するかと考えて、カラスバは思わず吹き出した。サビ組のトップたる自分がたった一人の娘に随分入れ込んで、おかしな話だが、存外気に入ってる。気に入った女一人囲うだけの力を得たのだと考えれば気分もよい。
数日後、再びセイカを見かけた。
やはりもこもこしている。さらに、MZ団の坊主から貰ったらしい帽子から、毛糸の帽子に変わっていた。そんなに寒いか?と首を傾げるカラスバだが、
「女性に冷えは大敵と言いますから」
とジプソは冷静だ。
また別の日、今度はロワイヤルに参加中のセイカを見かけた。相変わらず難なく勝利を収めているが、何となく寒そうにしている。あれから更に、マフラーも増えているというのに。
そのうちガラルダルマッカになるのでは、と想像して吹き出す。すると気配を感じたのか、セイカがこちらに気付いた。
「カラスバさん!お仕事お疲れ様です!」
「オマエまで組のモンみたいな言い方すんなや」
ぱたぱたと駆け寄ってきたセイカは、そのままバトルゾーンからこちらに出てきた。そう言えば会って話すのは久しぶりな気もする。セイカは嬉しそうに、最近レベル上げしているカエンジシとブースターについて語ってくれた。やはりどこか寒そうではあるのだが。
「そや」
カラスバはポケットを探る。ちょうど今、いいものを持っていた。
「これ、やるわ」
「手袋?」
「随分前に買うたやつや。オレが嵌めるには耐久性がな……」
最初に冬支度したセイカを見た日から、次会ったら渡そうと考えていた。見立て通りサイズも合っている。何よりセイカが嬉しそうなのが良かった。