(寂しくて)(二次創作)
しんとしたエントランスロビーはただ窓から外の光が差し込むだけである。AZがフラエッテと過ごすために設えたこのホテルは、今やMZ団の大事な拠点だった。あの騒動からしばらく経ち、街を救ったミアレの英雄たるセイカは今、一人だった。
「……」
今日はデウロもピュールもガイもいない。ホテル自体は臨時休業の札を出しているため客足も当然ゼロだ。セイカは一人、留守を預かっていた。明日の夜にはデウロが帰ってくるのでそれまでの間、留守番なのだ。
スマホロトムからは賑やかな音楽と声が聞こえる。降って湧いた一人時間だが、特にやりたいこともない。何となく、ピュールが推しているカナリィの配信を流していた。本人に会ったこともあるが、配信をまともに観るのは初めてかもしれない。だが、セイカの知らないゲームをする回で、結局よく判らないままに消してしまった。
「…………」
今までに買った服を取り出して、鏡の前で取っ替え引っ替えしてみる。良いと思って買ったものばかりで、嫌いではないが気分は乗らない。しばらくして、セイカはベッドに仰向けに転がった。まだまだ夜までも時間はある。
「………………」
皆、何をしているのだろう。ガイはマスカットに呼ばれている。デウロはダンススクールの仲間と一泊二日の修学旅行で、ピュールはカナリィのファンイベントだ。電話しようかと腰を浮かして、やめた。代わりにロビーに来てみる。明るい光、手入れの行き届いた調度品、静まり返った空間。
「ホテルZって……」
こんなに静かだったっけ、との言葉は心に吸い込まれた。一日目の夜すらまだなのに、こんな時間が続くなんて、とセイカは身を震わせた。
と。
「邪魔すんでー」
よく知る声に、セイカは反射的に立ち上がる。表の札なんて見えていないのか、勝手に入ってきたのはカラスバだ。ほっ、と心が緩み、そのままカラスバに走り寄って抱き着く。
「なんや、邪魔すんなら帰ってって言わへんの?」
可笑しそうに目を細めるカラスバは、セイカを振り解かなかった。
(透明な羽根)(二次創作)
サビ組に遊びに来たセイカの帽子に、綺麗な羽根がくっついていた。
綺麗な羽根は、ミアレシティのあちこちで見つかる文字通り綺麗な羽根だ。陽光を反射しキラキラと煌めいているそれは、ミアレ外の住民たちに人気で、それなりの価値で売れる。小手先の資金稼ぎに羽根を拾い集める者も珍しくなく、セイカもその手の人かと思ったが、彼女は一晩で十数万円稼ぎだす程のポケモントレーナーである。
別の日は、袖に。また別の日は、髪に、綺麗な羽根がくっついていた。
ある日、カラスバはとうとう本人に直撃した。
「なあ、なんでそんな、ハネばっかくっついてるん?」
「羽根?」
どうやら本人は気付いていなかったようだ。その日は左肩についていたので、スマートに払ってやる。ひらひらと落ちるそれは、室内でも綺麗だった。
「これかあ。私、綺麗な羽根を見つけたらなるべく拾うようにしているんです」
「金に困ってんやったら、低利子で貸すで?」
「違う違う、ちょっと前に不思議な羽根を見つけたんですよ」
言うなりセイカは、懐から何かを取り出した。乾燥した葉脈のようなそれは、確かに骨組みだけ見れば羽根である。しかし綺麗な羽根を形作るあの煌めく羽毛が無い。
「何やそれ」
「さあ?」
セイカもそれを見つけたのは偶然だったようだ。よく透かすと、羽毛も見える。どうやらとても薄く、パッと見ただけでは視認できないだけらしい。セイカはそれを、透明な羽根と勝手に呼んでいた。
「これをもう一枚欲しくって」
「ほおん?」
「見つけたらカラスバさんにあげますね。世界に2つだけのものって、何だか良くないです?」
何なら今それを貰ってもいいのだが、手を伸ばした瞬間にセイカは羽根を仕舞ってしまった。お揃いの、しかも何かの羽根とは、子供じみた話だが、セイカは楽しそうだ。ならば、とカラスバのいたずら心が芽生える。
「それ、オレが先に見つけたら、どうするん?」
「そしたら交換しましょ♪」
全く可愛らしい娘である。
(冬支度)(二次創作)
見かけたセイカがもこもこになっていた。
MZ団のロゴが入ったジャケットを羽織るか、もしくはホテルシューリッシュに行った時のスーツ一式のいずれかしか着ない娘が、もこもこになっていた。ついでに、手持ちポケモンも変わっており、新しく炎タイプが2匹ほど加わっていた。
「冬支度かいな」
「女性は寒いのが苦手と申しますからね」
ならば事務所にも温かいものを用意するかと考えて、カラスバは思わず吹き出した。サビ組のトップたる自分がたった一人の娘に随分入れ込んで、おかしな話だが、存外気に入ってる。気に入った女一人囲うだけの力を得たのだと考えれば気分もよい。
数日後、再びセイカを見かけた。
やはりもこもこしている。さらに、MZ団の坊主から貰ったらしい帽子から、毛糸の帽子に変わっていた。そんなに寒いか?と首を傾げるカラスバだが、
「女性に冷えは大敵と言いますから」
とジプソは冷静だ。
また別の日、今度はロワイヤルに参加中のセイカを見かけた。相変わらず難なく勝利を収めているが、何となく寒そうにしている。あれから更に、マフラーも増えているというのに。
そのうちガラルダルマッカになるのでは、と想像して吹き出す。すると気配を感じたのか、セイカがこちらに気付いた。
「カラスバさん!お仕事お疲れ様です!」
「オマエまで組のモンみたいな言い方すんなや」
ぱたぱたと駆け寄ってきたセイカは、そのままバトルゾーンからこちらに出てきた。そう言えば会って話すのは久しぶりな気もする。セイカは嬉しそうに、最近レベル上げしているカエンジシとブースターについて語ってくれた。やはりどこか寒そうではあるのだが。
「そや」
カラスバはポケットを探る。ちょうど今、いいものを持っていた。
「これ、やるわ」
「手袋?」
「随分前に買うたやつや。オレが嵌めるには耐久性がな……」
最初に冬支度したセイカを見た日から、次会ったら渡そうと考えていた。見立て通りサイズも合っている。何よりセイカが嬉しそうなのが良かった。
(無人島に行くならば)(二次創作)
あとでかく
(friends)(二次創作)
セイカが今夢中になっているのは、「ポケモンフレンズ」というゲームだった。スマホロトムで遊べるアプリで、様々なパズルを解くことで糸玉を集め、縫いぐるみを作り部屋に飾るというものだ。
サビ組事務所、ボスの部屋にて。
史上の座り心地(「はい」と言うまで立てないぐらい!)を誇るソファに腰かけ、指先で画面を忙しなく滑らせながら、時折「あっ」「もうちょっとなのに!」と声を上げる。少し離れたところに座っているカラスバは、資料に目を落としていたが、ページをめくる手は次第に遅くなっていた。
「……なあ、セイカ?」
「ちょっと待って、あと20秒しかない」
返事はそれだけ。カラスバはギロリと彼女を睨んだが、効果は無いようだ。代わりに、部屋の入り口に控えるジプソだけが背筋を強張らせていた。
最近はずっとこの調子なのだ。こうしてサビ組に顔を出してくれるが、せっかく一緒にいても上の空である。ポケモンのぬいぐるみが欲しいならいくらでも現物を買ってやるのに「そうではない」らしい。お陰様でカラスバはすっかり背景扱いである。
(まさか、ゲームのピカチュウに負けるとはな)
思わず苦笑いしたその時、セイカが小さく呻く。
「またタイムアップ……」
見れば、トロッコに乗ったヤミラミが、やたらとっ散らかった線路を前に止まっている。なるほど、線路を回転させゴール地点まで繋げるルールらしい。再挑戦するセイカの指は止まり、顔が少し曇っている。
「貸せ」
有無を言わせず端末を取り上げて、画面をタップする。ゴールからスタートに繋ぐよう意識すれば、思ったより簡単に道は繋がった。
「え?クリアできたの?」
「まあな」
淡々としたカラスバとは対照的に、セイカの顔がぱっと輝く。
「やったー!どうしてもここクリアできなくて、悔しかったんだよね」
勢いのまま、セイカはカラスバに抱きついた。それは幼い子供がよくやる行動だが、あたたかい笑顔と柔らかな体温は悪くない。今までの放置のお詫びとしても余りある行動だ。
(まあ、ええやろ)
満更でもない、とカラスバは一人笑みを浮かべた。