(消えた星図)(二次創作)
新しい朝が来た。イワンは当てがわれた船室のベッドの上で、軽く背中を伸ばした。北の大地に程近いこの海域は空気もひんやりとしており、思わず身体が震える。早く着替えなければ風邪を引くかもと、身支度に取り掛かった。クロゼットを開く。はらりと何かが落ちた。
(星図?)
随分古そうな代物で、記載された文字は見知らぬものだ。ただ、ここはピカードの所有するレムリアの船で、ならばこの文字もレムリアに関するものと推察された。
食堂に行けば、既に何人かが起き出していた。食卓の隅っこの席で突っ伏して二度寝を貪るガルシアの前に、ジャスミンが出来立てのスープを置いた。次のを取りに行きがてら、兄の後頭部を軽く叩くが起きる気配はない。
「またですか」
と呆れた声を出すのはピカードだ。
「おはようございます、ピカード。見せたいものがあるんです」
イワンは早速、先ほど見つけた星図を取り出した。
「僕の部屋のクロゼットから落ちてきたんですが、ご存知ないですか?」
「わ、これは、この船を貰った頃にすぐ失くしてルンバに怒られた……」
「…………」
取り敢えず持ち主が判ったのでよしとしよう。そうこうしているうちに、ロビンやメアリィも起き出してきて、イワンはちょっとほっとした。ガルシア達と合流して数日、彼らの間にいるとどうしても疎外感がある。彼らのリーダーが悠長に眠りこけていても。
「今日はロッソ村に行くんだっけ」
ピカードがジャスミンに尋ねる。
「分厚い氷を破壊できる爆薬なり何かがあるかもって、スクレータが言ってたから」
答えながら、ジャスミンが運んできたのは炙ったばかりのパンだ。やや焦げているが、ふっくらとしていて香ばしい匂いがする。ガルシアはまだ寝ている。
「今日の食事当番はジャスミンとピカードなんだな」
ロビンがイワンの隣に腰をおろす。メアリィはジャスミンの手伝いをしている。ピカードはどこからともなく取り出したハリセンを構えており、ガルシアに待ち受ける未来が容易に推測された。
(愛-恋=?)(二次創作)
「“愛”から“恋”を引いたら?」
「なんやえらいジョシコーセーみたいな会話してんな、と思う」
「そう」
即答したチリに、グルーシャはそれとだけ答えると再び視線を手元に戻した。ここはフリッジタウンにある某アパートの一室で、グルーシャが借りている部屋でもある。ただ、最近はナッペ山ジムの居住スペースで過ごすことが多く、恋人関係にあるチリが遊びに来るのもそちらの方だ。入り浸りと言えば外聞が悪いが、実情を知るオモダカから一言「ジム2階に引っ越してきなさい」と提案の形を借りた指令が飛んだ。
そうして今日は、引っ越し前の片付けの日だったのだが。
「しっかしホンマ何もない部屋やな」
「先にそう言ってたはずだけど」
引っ越し屋の見積もりが来るまであと1時間ぐらいだが、戻るのも面倒でこうしてモノのない部屋に二人並んで座っている。暇に任せてスマホロトムでSNSをチェックしていたのだが、いい加減飽きてきた。さもなくば、愛だの恋だの自分が話題に挙げるわけがない。
「ひと眠りすんにもビミョーに足りひんしなあ」
とはチリの嘆きである。
改めて部屋を見渡すが、本当に何もない。せいぜいが、今二人で腰を下ろしているソファと、それに付随するテーブル、暖房器具と冷蔵庫ぐらいだ。レンジも置いていないことに、チリは目を丸くしていた。彼女曰く、一人暮らしには欠かせない神アイテムらしい。帰って寝るだけ、それすらも最近はぐっと減っていたのだ、こんなものだと思うグルーシャである。
「グルーシャが正式にナッペんジムに住むわけやし?チリちゃんもテーブルシティのアパート引き払おうかなあ」
「ジムを新居にするつもり?」
「流石にそれは無いけど、忙しい時はリーグ本部の仮眠室で寝泊まりしてるわけやし?そうやない時はナッペ山に行けばええし、部屋いらんわって」
「家賃が勿体ないのは確かだね」
時刻を確認する。約束の時間までまだ30分程。一向に減らない残り時間に、一人小さく息を吐いた。
(誰か)(二次創作)
あとでかく
(旅は続く)(二次創作)
果たして全ての灯台に火が灯り、世界を救う旅は終わった。後にハイディア戦士と呼ばれるエナジストたちのリーダーを務めたガルシアは、しばらくハイディア跡地に留まることを決めた。ソルブレードを携え、優れた剣と地のエナジーの使い手に成長した彼だが、ひとところに腰を落ち着けたかったのだ。
そんなある日のこと。
「久しぶりですね、ガルシア!」
レムリアの船を駆ってウェイアードのあちこちを回っていたピカードが、ハイディア跡地に顔を出した。いっぱしの戦士として、船長として、一人で海を欲しいままにしているピカードだが、困った事態に遭遇したのだという。
「宝島を見つけたのですが、どうも何人か旅人が迷い込んでしまったらしく……」
暇していたガルシアに彼を助けない選択肢はなく、ジェラルドとイワンも伴い宝島に出掛けた。幸い、すぐに攻略できたし旅人たちも救出したが、今度はとある漁村が強くなった海の魔物に困っていると聞いた。
「アンガラ大陸の南端ですか……テレポートのラピスでチャンパまで飛んで、そこから向かいましょうか」
「ナイスですよ、ピカード」
「便利だな、それ」
イワンもジェラルドも乗り気で、一人帰るとは言えないガルシアもついていった。
終始そんな感じだ。黄金の太陽現象を経て、本来の姿を取り戻した世界は、しかして急速にエレメンタルで満たされた反動で様々な問題が起きていた。新しくエナジストになった者が力を持て余したり、獣の顔と人の肢体を持つ種族が生まれた。街や村は併合や侵略を経て国の形を取りつつあり、その過程で社会は荒れ弱者は虐げられた。
「…………」
ガルシアは今、とある街に一人で逗留している。故郷に残した妹や仲間には、行き先は伝えていない。便利屋をしながら、時に別の街に行き、時に盗賊を潰し、目の前の人々に手を差し伸べる日々に身を窶していた。旅はまだまだ続くのだ。
(時計の針が重なって)(二次創作)
時計の針が重なって、駅前広場の大きな塔が夜の十二時を告げた。
人気の薄いベンチに並んで座るチリは、スニーカーのつま先をぶらぶら揺らしながら言う。
「終電逃すとか、人生でいっちゃんやらかした気分や」
「そっちのせいだろ。屋台にもう一軒寄りたいって言ったの」
「唐揚げが美味しそうやったんやもん」
グルーシャは呆れ顔を隠さず、空を見上げる。街の光にかき消されながらも、かろうじて星が滲んでいた。
「それにしても、駅前のベンチで夜明かしとか、めっちゃ青春っぽくない?」
「僕は寒いだけ」
「素直ちゃうなあ。ほんまは一緒におるの嫌やないくせに」
「……どうしてそう思う」
「さっきから帰れんこと気にしてへんやろ。アンタならタクシー呼んでもええのに」
グルーシャは押し黙り、ポケットから缶コーヒーを取り出した。自販機で買ったばかりのそれをチリに差し出す。
「ほら、温かいの」
「おー、気が利くやん。ありがと」
缶を両手で包み込んだチリは、にやっと笑う。
「こういうとこ、優しいんやから。やっぱ特別扱いやな」
「ちがう」
「ほんまにぃ?」
「……黙って飲んで」
グルーシャはマフラーを深く巻き直し、そっぽを向く。
広場の時計がまた小さく音を立てた。
「なあ、もし針がずっと重なったまま止まったら、帰らんでも済むんやろか」
「そんなこと考えてどうする」
「だって、ずっと二人でいられるやん」
「……僕は眠い」
それでもベンチから立ち上がる様子はなく、隣に座ったまま。
チリは缶を飲み干し、星の消えかけた空を見上げた。
「ま、しゃあないな。夜明けまで付き合ってもらうで」
「……やれやれ」
苦笑まじりの声が夜風に紛れた。