(二次創作)(言葉にできない)
死した者の行く先は何があるのだろうと、ガルシアは考えていた。
ウェイアードでは、死して間もなくであれば、蘇生させることが出来る。肉体が残っていれば、その具合にもよるが、地のヴィーナスの力を使って元の姿に戻せる。勿論、病や老衰で死した者は、蘇らせたとてもう一度死ぬだけなので、あまり意味はないけれど、災害や事故、魔物に殺された者たちには光明である。
では、蘇生が間に合わなかったものたちは?
そこまで話して、ガルシアは息を吐いた。相対するはスクレータ、錬金術の研究者である。死生観については門外漢だが、重ねた年は伊達ではない。
「ふむ、また難しいことを考えだしたな」
スクレータはそう答えた。
「何かきっかけがあったのかの」
「ヴィーナス灯台に行ってきた」
スクレータは口を噤む。それはプロクス族最強の戦士であったサテュロスとメナーディが最期を迎えた場所であった。それから一年以上が過ぎている。蘇生もままならぬだけの時間が流れている。
「彼らには、会えたのか?」
スクレータの問いに、ガルシアは首を横に振る。
「そうじゃろうなぁ……。そも死者を蘇らせること自体、世界の理に反しておる」
結局、死した者がどこにいくのかなんて誰にも判らない。蘇生させた者だって、しばらくの死は意識の欠落でしかない。そして蘇生のエナジーを使えるだけ地のエナジーに長けた者も、絶対数は少ない。ガルシアとて、ジンたちの力が無ければやすやすとなし得ないエナジーだ。
(大体、今更サテュロスたちと会えたとして、俺は何を話したいんだ)
全ての灯台を灯した報告か。黄金の太陽現象後のウェイアードについてか。単に成長した自分を見せたいのか、認められたいのか。ガルシアの思考はぐるぐると回る。それに、だ。万に一つ、生き延びていたとして、あの場所にはもういまい。
(こだわっても仕方がないのは、判っている)
スクレータは、黙り込んだガルシアを静かに見つめていた。
(二次創作)(春爛漫)
新しい階層に足を踏み入れる時は、いつだってわくわくする。迷宮に潜る理由は人それぞれで、たとえば財宝を見つけて一山当てたい者であったり、冒険者としての名声を得たい者であったりする。個別の理由で挑む者、散歩感覚で浅い階層のみ出入りする者ももちろんいて、パラディンのオニキスにとっては新しい階層を見たい、が大きな理由だった。
5階までは、瑞々しい緑が眩しい春のダンジョンだった。続く6階からは一転して色付いた木々が目を惹く物悲しげな秋のダンジョンだった。11階は氷と樹氷の煌めく冬のダンジョン。ならば今日足を踏み入れる16階は、きっと春のダンジョンに違いない。
「――!!」
果たして、オニキスを迎え入れたのは、視界を埋め尽くさんばかりの薄桃色の花だった。
「これは、凄いですね」
ずっとオニキスに付き従っているガンナーのパールが、ひょこっと顔を出す。
「確か、サクラと呼ぶのです。この木の下に座ってお弁当を食べるのが春の慣わしだと、ルビーさんが……」
「…………」
オニキスは、静かに歩みを進める。迷宮の中、まして第四階層のここで、呑気にランチなんて死に直結する行為だ。だが、樹海基軸のそばであれば、魔物の気配は皆無だ。それに、ちょうど、今朝宿屋で貰ったパンがあったはず。
樹海基軸の少し前、ちょうど幹の太いサクラの木があったから、オニキスはそこに腰を下ろした。すぐに、パールもそれに倣う。そのまま上を見上げれば、隙間なく張り出した枝とサクラの花の隙間から、僅かに空が見える。
かつて、オニキスのギルドには何人かのメンバーがいた。どのギルドよりも深い今の階層に到達する間に、皆命を落とし、今や残るのは二人だけ。新しいメンバーを募る気にもなれず、ただただここに来た。
「パール」
この階層で最後だと思うか?と答えの無い問いを、しかしオニキスは飲み込んだ。代わりに、
「綺麗だな……」
と呟く声が、サクラに吸い込まれていく。
(二次創作)(誰よりも、ずっと)
爽やかな海風が吹く。今日も浜茶屋の営業が始まる。客の殆どはルルココ村の住民だが、最近はつゆくさの里やウェスタウンの人もたまに顔を出すようになってきた。そして、そのきっかけとなった牧場主ナナミも。
「って、何でそんなにだらけてるのヨ」
イゥカの目の前で、テーブルに突っ伏したままナナミは動かない。顔色が悪いとか、寝ているようではなく、単にだらけているだけのようだ。しばらくして、ルデゥスがよく冷えたジュースを持ってきたが、ナナミは動かなかった。
「ちょっと、営業妨害なんだけど?」
それでも起きないので、トレードマークの三つ編みを引っ張ったり、麦わら帽子を外したり、脇腹に軽くチョップをお見舞いすると、ようやくのそりと動き出した。
「だってぇ……」
「だって、何ヨ」
「せんせー、ほんとにわたしのこと好きなのかなぁ……」
せんせーとはウェスタウンの医者フォードである。堅物と有名な彼と、目の前の牧場主は、なんと恋人関係にあった。イゥカ自身はあまり会ったことがないが、郵便屋のウェインに言わせれば、誰もが驚く組み合わせなのだとか。
イゥカは、仕方なく彼女の悩みに付き合うことにする。
「まったく会ってくれないとか?」
「ううん、毎日お昼ご飯食べに行ってるー」
「デートができないとか?」
「3日に1回は牧場に来るー」
「好きと言ってくれない?」
「わたしといるとほっとするんだってー」
「…………」
イゥカはフォードとやらをよく知らない。だが話を聞く限り、これは愚痴ではなく惚気の気がしてきた。イゥカは、ややぬるくなったジュースをごくごく飲んだ。その間も、ナナミはつまらなさそうに、寂しそうに海を眺めている。
「アンタ、十分に……」
愛されてるわヨ、と言いかけて、やめにした。彼がナナミを誰よりもずっと好いていることは、ナナミ本人が自力で気付くしかないのだ。
(二次創作)(これからも、ずっと)
朝先に目が覚めるのはイオリの方だ。
同じベッドで眠る妻を起こさないように、静かにされど速やかにベッドを出ると、手早く身支度を整える。続いて冷蔵庫を開けると、昨日のうちに釣り上げた魚を取り出し、塩焼きにした。弱火でじっくり火を通す間に、味噌汁を拵え白米と、パンを準備する。やがて食卓が賑やかになった段階で、妻が起きてくるのだ。
「おはよう、イオリさん」
「おはよう、ユカ」
ユカは牧場主だ。この広い土地をたった一人で切り拓き、色とりどりの野菜や花を育てながら、数々の家畜たちを飼っている。焼き魚と味噌汁をおかずに、イオリは白米を、ユカはパンを食べる。これが、結婚してから確立した二人の朝のルーティーンだった。
「今日はちょっと、仕掛け網を作ろうと思って」
ユカはそう切り出した。
「かたい木材はいっぱいあるんだけど、紐が無いから、編まないといけないのよね」
ユカは大抵のものは自分で作ってしまうタイプだ。その腕前は、見ていて惚れ惚れする。一度、紐作りの手伝いを申し出たこともあったが、イオリが1本編み上げる間にユカは3本作ってしまう。本当に、尊敬できる手際の良さだ。
仕掛け網を20個は作るのだと、妻は息巻いている。なんでも、イオリが日々異なる魚を釣り上げているのに触発され、自分も!と思ったのだとか。
「でも釣るのはちょっとね。退屈すぎて寝ちゃいそう」
「さもあろうな、そなたなら」
話題は次に、大きな赤貝が浜辺に流れ着いていた話に変わる。イオリの作った朝食とパンを食べながら、ユカはよく喋る。イオリは妻の話を聞くのが好きだった。
「あれ、イオリさん、どうしたの?」
いつの間にやら笑みを浮かべていたらしい。きょとんとする妻がとても愛おしいとイオリは感じた。
「わしは果報者だ……このまま、ずっと、そなたと共に生きていけることが、ただただ嬉しいのだ」
私も!とユカはぱっと顔を輝かせた。
(二次創作)(君の目を見つめると)
「君の目を見つめると、……一歩も動けなくなるんだけど?」
牧場主ピートのやや投げやりな言い方に、魔女さまは嬉しそうにくるりと回った。当然だ、魔女さまから目を離せないようになる、呪いじみた魔法を使ってある。魔女さまにとって、ピートは恰好のおもちゃなのだ。
ピートが魔女さまの家を辞したのは、夜中を過ぎて早朝だ。とても眠いし疲れているので、自宅に帰ったらそのまま寝るつもりである。そうして昼過ぎに目が覚めて、畑の世話と家畜の餌やりをしたら、また魔女さまの家に行くのだ。決まりきったロボットのように。
それでも、牧場は少しずつ豊かになり、ピートの暮らし向きもよくなっていた。相変わらず人々との交流は最低限だが、もともと度を超えた怠け者だったピートが顔を出さなくても、誰も何も言わない。
「ピート、また魔女さまのところに行くの?」
唯一、ピートを気にかけてくれるのは、色とりどりのコロボックルたちだった。ピートは頷く。そう、今日も魔女さまに会いに行く。だって自分は彼女の絶好の玩具なのだ。
「ピートはそれでいいの?好きな人間はいないの?他にやりたいことはないの?」
「うーん……」
女神さまは助け出した。牧場仕事は苦にはならないが好きではない。ぐうたらしていた人間で、趣味らしいものも特にない。
「まあ、魔女さまが僕を必要としてくれるなら」
もしかしたら魔法で魅了されているだけかもしれない。先ほどの言葉も、自分の本心ではないかもしれない。それでも、構わなかった。魔女さまがピートに飽きるその日まで。あるいはピートの命が尽きるその日まで。
(なんて、死んでも生き返されそう)
「あら、よくわかってるじゃない♪」
当たり前のように心を読み、神出鬼没、急に姿を現すのは魔女さまだ。ピートは、ふっ、と表情を綻ばせる。
「お手柔らかにね、魔女さま」