美佐野

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(二次創作)(春爛漫)

 新しい階層に足を踏み入れる時は、いつだってわくわくする。迷宮に潜る理由は人それぞれで、たとえば財宝を見つけて一山当てたい者であったり、冒険者としての名声を得たい者であったりする。個別の理由で挑む者、散歩感覚で浅い階層のみ出入りする者ももちろんいて、パラディンのオニキスにとっては新しい階層を見たい、が大きな理由だった。
 5階までは、瑞々しい緑が眩しい春のダンジョンだった。続く6階からは一転して色付いた木々が目を惹く物悲しげな秋のダンジョンだった。11階は氷と樹氷の煌めく冬のダンジョン。ならば今日足を踏み入れる16階は、きっと春のダンジョンに違いない。
「――!!」
 果たして、オニキスを迎え入れたのは、視界を埋め尽くさんばかりの薄桃色の花だった。
「これは、凄いですね」
 ずっとオニキスに付き従っているガンナーのパールが、ひょこっと顔を出す。
「確か、サクラと呼ぶのです。この木の下に座ってお弁当を食べるのが春の慣わしだと、ルビーさんが……」
「…………」
 オニキスは、静かに歩みを進める。迷宮の中、まして第四階層のここで、呑気にランチなんて死に直結する行為だ。だが、樹海基軸のそばであれば、魔物の気配は皆無だ。それに、ちょうど、今朝宿屋で貰ったパンがあったはず。
 樹海基軸の少し前、ちょうど幹の太いサクラの木があったから、オニキスはそこに腰を下ろした。すぐに、パールもそれに倣う。そのまま上を見上げれば、隙間なく張り出した枝とサクラの花の隙間から、僅かに空が見える。
 かつて、オニキスのギルドには何人かのメンバーがいた。どのギルドよりも深い今の階層に到達する間に、皆命を落とし、今や残るのは二人だけ。新しいメンバーを募る気にもなれず、ただただここに来た。
「パール」
 この階層で最後だと思うか?と答えの無い問いを、しかしオニキスは飲み込んだ。代わりに、
「綺麗だな……」
と呟く声が、サクラに吸い込まれていく。

4/11/2024, 10:10:19 PM