美佐野

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4/10/2024, 9:24:57 AM

(二次創作)(誰よりも、ずっと)

 爽やかな海風が吹く。今日も浜茶屋の営業が始まる。客の殆どはルルココ村の住民だが、最近はつゆくさの里やウェスタウンの人もたまに顔を出すようになってきた。そして、そのきっかけとなった牧場主ナナミも。
「って、何でそんなにだらけてるのヨ」
 イゥカの目の前で、テーブルに突っ伏したままナナミは動かない。顔色が悪いとか、寝ているようではなく、単にだらけているだけのようだ。しばらくして、ルデゥスがよく冷えたジュースを持ってきたが、ナナミは動かなかった。
「ちょっと、営業妨害なんだけど?」
 それでも起きないので、トレードマークの三つ編みを引っ張ったり、麦わら帽子を外したり、脇腹に軽くチョップをお見舞いすると、ようやくのそりと動き出した。
「だってぇ……」
「だって、何ヨ」
「せんせー、ほんとにわたしのこと好きなのかなぁ……」
 せんせーとはウェスタウンの医者フォードである。堅物と有名な彼と、目の前の牧場主は、なんと恋人関係にあった。イゥカ自身はあまり会ったことがないが、郵便屋のウェインに言わせれば、誰もが驚く組み合わせなのだとか。
 イゥカは、仕方なく彼女の悩みに付き合うことにする。
「まったく会ってくれないとか?」
「ううん、毎日お昼ご飯食べに行ってるー」
「デートができないとか?」
「3日に1回は牧場に来るー」
「好きと言ってくれない?」
「わたしといるとほっとするんだってー」
「…………」
 イゥカはフォードとやらをよく知らない。だが話を聞く限り、これは愚痴ではなく惚気の気がしてきた。イゥカは、ややぬるくなったジュースをごくごく飲んだ。その間も、ナナミはつまらなさそうに、寂しそうに海を眺めている。
「アンタ、十分に……」
 愛されてるわヨ、と言いかけて、やめにした。彼がナナミを誰よりもずっと好いていることは、ナナミ本人が自力で気付くしかないのだ。

4/8/2024, 12:39:17 PM

(二次創作)(これからも、ずっと)

 朝先に目が覚めるのはイオリの方だ。
 同じベッドで眠る妻を起こさないように、静かにされど速やかにベッドを出ると、手早く身支度を整える。続いて冷蔵庫を開けると、昨日のうちに釣り上げた魚を取り出し、塩焼きにした。弱火でじっくり火を通す間に、味噌汁を拵え白米と、パンを準備する。やがて食卓が賑やかになった段階で、妻が起きてくるのだ。
「おはよう、イオリさん」
「おはよう、ユカ」
 ユカは牧場主だ。この広い土地をたった一人で切り拓き、色とりどりの野菜や花を育てながら、数々の家畜たちを飼っている。焼き魚と味噌汁をおかずに、イオリは白米を、ユカはパンを食べる。これが、結婚してから確立した二人の朝のルーティーンだった。
「今日はちょっと、仕掛け網を作ろうと思って」
 ユカはそう切り出した。
「かたい木材はいっぱいあるんだけど、紐が無いから、編まないといけないのよね」
 ユカは大抵のものは自分で作ってしまうタイプだ。その腕前は、見ていて惚れ惚れする。一度、紐作りの手伝いを申し出たこともあったが、イオリが1本編み上げる間にユカは3本作ってしまう。本当に、尊敬できる手際の良さだ。
 仕掛け網を20個は作るのだと、妻は息巻いている。なんでも、イオリが日々異なる魚を釣り上げているのに触発され、自分も!と思ったのだとか。
「でも釣るのはちょっとね。退屈すぎて寝ちゃいそう」
「さもあろうな、そなたなら」
 話題は次に、大きな赤貝が浜辺に流れ着いていた話に変わる。イオリの作った朝食とパンを食べながら、ユカはよく喋る。イオリは妻の話を聞くのが好きだった。
「あれ、イオリさん、どうしたの?」
 いつの間にやら笑みを浮かべていたらしい。きょとんとする妻がとても愛おしいとイオリは感じた。
「わしは果報者だ……このまま、ずっと、そなたと共に生きていけることが、ただただ嬉しいのだ」
 私も!とユカはぱっと顔を輝かせた。

4/8/2024, 10:01:16 AM

(二次創作)(君の目を見つめると)


「君の目を見つめると、……一歩も動けなくなるんだけど?」
 牧場主ピートのやや投げやりな言い方に、魔女さまは嬉しそうにくるりと回った。当然だ、魔女さまから目を離せないようになる、呪いじみた魔法を使ってある。魔女さまにとって、ピートは恰好のおもちゃなのだ。
 ピートが魔女さまの家を辞したのは、夜中を過ぎて早朝だ。とても眠いし疲れているので、自宅に帰ったらそのまま寝るつもりである。そうして昼過ぎに目が覚めて、畑の世話と家畜の餌やりをしたら、また魔女さまの家に行くのだ。決まりきったロボットのように。
 それでも、牧場は少しずつ豊かになり、ピートの暮らし向きもよくなっていた。相変わらず人々との交流は最低限だが、もともと度を超えた怠け者だったピートが顔を出さなくても、誰も何も言わない。
「ピート、また魔女さまのところに行くの?」
 唯一、ピートを気にかけてくれるのは、色とりどりのコロボックルたちだった。ピートは頷く。そう、今日も魔女さまに会いに行く。だって自分は彼女の絶好の玩具なのだ。
「ピートはそれでいいの?好きな人間はいないの?他にやりたいことはないの?」
「うーん……」
 女神さまは助け出した。牧場仕事は苦にはならないが好きではない。ぐうたらしていた人間で、趣味らしいものも特にない。
「まあ、魔女さまが僕を必要としてくれるなら」
 もしかしたら魔法で魅了されているだけかもしれない。先ほどの言葉も、自分の本心ではないかもしれない。それでも、構わなかった。魔女さまがピートに飽きるその日まで。あるいはピートの命が尽きるその日まで。
(なんて、死んでも生き返されそう)
「あら、よくわかってるじゃない♪」
 当たり前のように心を読み、神出鬼没、急に姿を現すのは魔女さまだ。ピートは、ふっ、と表情を綻ばせる。
「お手柔らかにね、魔女さま」

4/6/2024, 8:42:48 PM

(二次創作)(星空の下で)

 星の綺麗な夜だった。
 ひとつひとつの存在感がはっきりしていて、まるで瓶にいっぱいの宝石を溢したようだ。月も出ているのに、すっかりそちらが添え物になっている。一年の多くを雪雲に覆われているこの地で、今日のような夜空は久しぶりだった。
「…………」
 カーテンを開け放った窓からは、冷気が静かに漂ってくる。メアリィは、それでも夜空から視線を外さなかった。
 ふと想起されたのは、幼い頃の思い出だ。イミルでは、年に数回、流星群が見られる日がある。それまで振り続けていた雪が朝からぱったり止まった日の夜、それは見られる。流星群に願いを掛けると叶うと信じられており、幼き日のメアリィもまた、願いをかけた。
――大きくなったら、アレクスのお嫁さんにして。
「アレクス……」
 父の弟子であり、従兄であり、かつて父が拾ってきた居候でもあった男だ。灯台を守る使命を持ちながら、ある日いきなり消息を断ち、再開した時は一族を裏切っていた。小さい頃の自分は、アレクスを慕っていた。きっと今だって、無邪気に慕う気持ちは残っている。黄金の太陽現象を起こしてからまた、行方知れずとなったが、今頃どこを歩いているのだろうか。
(裏切り者――なんて、世界にとってはそれが正しかったのだけれど)
 あの神は"アレクスは助からない"と告げたが、真偽の程は確かめようがない。
 物思いに耽っていたメアリィを現実に戻したのは、アレクスではない男だった。
「身体に障るよ、メアリィさん。君一人の身体じゃないんだし」
「あなた」
 カーテンが閉められ、星空の景観は失われた。ふわりとブランケットが肩に掛けられ、ひとときの温かさを得る。
「何を考えていたんだい?星空に吸い込まれそうだった」
 夫に尋ねられ、メアリィは微笑んだ。
「初恋の相手のことを」
「えぇっ?」
 目に見えて焦るこの人は、あの旅に出る前からメアリィのことを好いていたらしい。その真っすぐさは面映くも、嬉しくもあった。

4/5/2024, 4:56:15 PM

(二次創作)(それでいい)
 天空を統べるツァパランの皇帝は、音もなく現れた男に相合を崩した。昨日、馳せ参じるように命じた時、ただ一人拒否したその男は、目下、皇帝の一番のお気に入りでもあった。
「帰ったか」
「遅くなりました」
「構わん。余の命をきかぬのはそなたぐらいのものだが、余はそれを許すぞ」
 男は静かに皇帝陛下のそばに跪く。右目を覆う仮面から、そのまま仮面と呼ばれていた。どこまでも上機嫌な皇帝は、御自ら仮面の男を立たせると、臣下に椅子を持って来させた。
「それで、どうだ」
「はい?」
「皆、やたらそなたにぺこぺこしてなかったか?」
 皇帝の執務室に来るまで、出会った者たちは確かに、仮面の男に対して慇懃無礼なほどに礼を尽くしていた。昨日、ここを発つまではこちらに明らかに敵意を発していたのに、随分な変わりようだと感じた。
「はっはっは。そなたが余のイロだと、言ってやったのさ」
「!?」
 なるほど、皇帝が仮面の男を重用する理由がそれなら、誰も文句は言えないばかりか、こちらに下手に難癖もつけられまい。断っておくと、仮面の男に同性愛の嗜好はないのだが、皇帝はその辺を気にも留めないようだ。なんなら「余が男だと誰が決めた?」と可笑しそうに笑っている。
「私には決まった相手がいると話したでしょう」
「なんだ、その女に別れを告げてきたんだろう」
「ええ、どこかの何を言い出すか見えない高貴な方にこき使われないといけませんからねぇ」
「はっはっは!そなたはそれでいい。それでいいのだ」
 本当に何がそんなに楽しいのやら。仮面の男は曖昧に笑みを浮かべたまま静かに言葉を切った。会話が途切れたのを契機に、臣下が飲み物を運んでくる。皇帝が、視線だけで飲めと言ってきたので、ありがたく毒見役を引き受ければ、知らない香りの紅茶であった。
(まあ、面白い御方ではある)
 最後まで皇帝はその茶に口を付けなかった。


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