(二次創作)(それでいい)
天空を統べるツァパランの皇帝は、音もなく現れた男に相合を崩した。昨日、馳せ参じるように命じた時、ただ一人拒否したその男は、目下、皇帝の一番のお気に入りでもあった。
「帰ったか」
「遅くなりました」
「構わん。余の命をきかぬのはそなたぐらいのものだが、余はそれを許すぞ」
男は静かに皇帝陛下のそばに跪く。右目を覆う仮面から、そのまま仮面と呼ばれていた。どこまでも上機嫌な皇帝は、御自ら仮面の男を立たせると、臣下に椅子を持って来させた。
「それで、どうだ」
「はい?」
「皆、やたらそなたにぺこぺこしてなかったか?」
皇帝の執務室に来るまで、出会った者たちは確かに、仮面の男に対して慇懃無礼なほどに礼を尽くしていた。昨日、ここを発つまではこちらに明らかに敵意を発していたのに、随分な変わりようだと感じた。
「はっはっは。そなたが余のイロだと、言ってやったのさ」
「!?」
なるほど、皇帝が仮面の男を重用する理由がそれなら、誰も文句は言えないばかりか、こちらに下手に難癖もつけられまい。断っておくと、仮面の男に同性愛の嗜好はないのだが、皇帝はその辺を気にも留めないようだ。なんなら「余が男だと誰が決めた?」と可笑しそうに笑っている。
「私には決まった相手がいると話したでしょう」
「なんだ、その女に別れを告げてきたんだろう」
「ええ、どこかの何を言い出すか見えない高貴な方にこき使われないといけませんからねぇ」
「はっはっは!そなたはそれでいい。それでいいのだ」
本当に何がそんなに楽しいのやら。仮面の男は曖昧に笑みを浮かべたまま静かに言葉を切った。会話が途切れたのを契機に、臣下が飲み物を運んでくる。皇帝が、視線だけで飲めと言ってきたので、ありがたく毒見役を引き受ければ、知らない香りの紅茶であった。
(まあ、面白い御方ではある)
最後まで皇帝はその茶に口を付けなかった。
4/5/2024, 4:56:15 PM