美佐野

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3/2/2024, 7:17:00 AM

(※二次創作)(列車に乗って)

 ガタンゴトンと定期的な音と振動が繰り返され、僕の身体を心地よく揺らす。窓の外は田畑や山、木々の間に変わり随分と時間が経っている。列車に乗って、はるか遠くの小さな村に、僕は向かっていた。
 思えばこんな遠くまで列車に揺られていたのは初めてかもしれない。
(リュックの中、もう一度確認しておこう)
 僕は隣の座席にリュックを下ろすと、早速中身を見る。まず荷物の大部分を占めているのが寝袋。少ない貯金をはたいて買った、質のいい寝袋で、床でも草むらでもどこでも快適な寝心地を提供してくれるらしい。あとは、ちょっとした身の回り品と、衣料品がいくつか。ん?この底でぐちゃぐちゃに丸まってるのは……替えのシャツじゃん。アイロンとかあるかな、あの村。
 僕が今から向かうのは、山あいの小さな村だ。若い人が外に出て、すこし寂しくなってきた、そんな地に、誰も住んでいない古民家があった。土地込みでかなり格安で売られていたそれを買ったから、僕は貯金がゼロになった。僕はその村で、その家で、念願だった田舎暮らしを始めるのだ。
 ガタン、ゴトン、変わらないリズムは心地よく僕の身体を揺らす。
 古民家を売ってくれた地主さんとは、電話で話したきりで、今日が初対面となる。他の村人さんたちとは、当然何の接点もない。でもなんでだろう、きっと大丈夫な気がするんだ。それに僕、力仕事には自信があるし、細々したことを自分の手でやることも苦にならないタイプだ。
(というよりは、自給自足に憧れて、この移住を決めたんだし)
 そろそろ到着する時刻だろうか。僕は、替えのシャツやら小物やらをリュックに詰めると、最後に寝袋を畳んで詰め込んだ。ん、ファスナーがなんだか閉まらな……わわ!電車が失速してる!!
 僕は立ち上がった。少しぐらい閉まらなくても、こぼれたりはしないさ。慌ただしく、僕の新生活が幕を開けようとしていた。

2/29/2024, 12:07:28 PM

(※二次創作)(遠くの街へ)

 かくしてカイは都会に帰っていった。
 一人で見上げる空の、なんと高いことだろう。
 クレアは牧場主だ。今年の春に乗っていた船が嵐に襲われ、一人だけこの街の浜辺に流れ着いた。災害に遭ったショックで名前以外の記憶を失くしたクレアは、当座の間ということで、牧場の跡地に住むことになったのだ。
 右も左もわからないままに、がむしゃらに日々を過ごし、夏。クレアは、カイに出会った。
「女の子ひとりで牧場!?誰も止めなかったのか?」
 クレアの来歴を知ったカイは、とんでもないことだと一人で怒っていた。確かに、大変だった。ようやく鶏を一羽買えたぐらいの頃だった。でも、どこの誰かも判らない胡乱な人間を受け入れてくれたのだ、クレアはこの街に感謝していた。
 カイは世話焼きな男だ。海の家の営業もあるだろうに、毎日のように牧場に足を運んではクレアの様子を見てくれた。そんな彼のことを、クレアは好きになってしまった。
(今日から秋……)
 昨日までとは違う作物が育つ季節だ。雑貨屋に種を買いに行かなくてはならないのに、足が重い。カイは夏が終わると同時に自身の住む都会に帰っていった。次に会えるのは、来年の夏。秋は始まったばかりで、なんと遠いのだろう。
(一緒に行けたら、よかったのに)
 カイが暮らす遠い街を想う。牧場なんて捨てて、一言、連れて行ってと言ったらよかったのだ。街の人はクレアに本気で牧場主になってほしがっているわけではない。行く宛がないから置いてくれただけだ。
(でも、カイが私のことをどう思っているかは、判らない)
 クレアは出荷箱の蓋に腰掛ける。昨日までは、大体今ぐらいの時間帯にカイが顔を出していた。嫌われてはいないだろう。でも、好かれているかは、別。一緒に行きたいと言ったところで、拒否される可能性の方が高い。
(畑仕事、しなきゃ)
 クレアはのろのろと立ち上がる。遠い街のことは、意識的に脳内から追い出した。

2/28/2024, 9:54:47 AM

(※二次創作)(現実逃避)

 パルデア四天王チリはとろけていた。
 ナッペ山ジム2階の居住スペースには大きな窓があり、雪山の景色を一望できる。リビングのテーブルにつっぷしながら、チリは力のない声を出していた。
「あー……」
「あんた、支度しなくていいの」
 家主ならぬジムリーダー兼恋人のグルーシャがやってくる。ちょうど試合が終わったところらしい。久々の挑戦者だが、初めてのジムをここに選んだため、低レベル帯のポケモンを久々に戦わせる羽目になった。やや慌てた様子のグルーシャを思い出し、チリは一言。
「準備が足らへんのやないのー」
「勝ったからいいだろ」
 グルーシャは憮然としている。
 チリは再び、突っ伏して長い脚をぶらぶら揺らした。ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのにと思う。グルーシャとの甘い時間を楽しみたいのもあるが、理由は他にもう一つ――。
「ねえ、チリさん。あんたブルーベリー学園に呼ばれてるんでしょ。特別教師だっけ?」
「せやかて、ウチが先公なんてタマやないし」
 先ほどからうだうだしているのはそのせいだった。新進気鋭の新チャンピオン・アオイが交換留学で行った先の、学内リーグでもチャンピオンになった。チャンピオンの権限として、パルディ地方の名だたるトレーナーを招聘できるようになったのだが、真っ先に白羽の矢が立ったのがチリだった。
「なしてウチなーん……」
「ねえ、もしかして、荷造りしないといけないのに、現実逃避しにここにきてる?」
 グルーシャは冷ややかだ。チリは、小言に近いそれを、右から左に聞き流す。図星だった。だが、まだ大丈夫なのだ。出立は明後日の朝。明日はオフだし、丸一日はこのままここに泊まってだらだらしても――。
「しょうがないな」
 グルーシャは、どこか萎れた様子のチリの髪をちょいちょい、と引っ張った。
「その特別講師?ぼくも呼ばれてるって言ったら、やる気出る?」
「出る出る超出るぎょうさん出ちゃう!」
 チリは跳ね起きた。

2/26/2024, 12:20:16 PM

(※二次創作)(君は今)

 大海原を滑るように進むレムリアの船の上、ロビンは静かに辺りを睥睨する。ヴィーナス灯台に火が入り、大規模な地殻変動が起きてから数日。バビより託された船で、荒れた海の中、探し求める人物はたった一人だけ。
(――ジャスミン)
 灯台から落ちたシバ、彼女を追って身を投げたガルシアと異なり、あの時ジャスミンは灯台から離れた場所にいた。絶対に、絶対に生きているはずなのだ。ロビンは再び海原に目をやる。船の底に沿うようにイルカたちが泳いでいる。あるいは海藻が気持ちよさそうにゆらゆらと揺れている。
「!!」
 人影を見つけ、ロビンは思わず身を乗り出した。
 そんなロビンの腕を、イワンがそっと掴んだ。
「風が出てきました。中に入らないと、風邪を引いてしまうかも」
「でも、ジャスミンが……」
 もう一度、人影を探す。果たしてそれは、水面に映ったロビン自身だった。そう、わかっているのだ。ジャスミンはこんなところにはいないはず。無事なら無事で、広い世界のどこかにいる。
「ごめん、イワン」
 短く礼を言って、ロビンは船室に引き上げた。
 今、ジャスミンはどこにいるのだろう。
 操舵室と貨物室の他に、小さな部屋が幾つかある。ロビンたちはそれぞれ1部屋ずつ割り当てて使っているのだが、今日は部屋に戻りたくない。ロビンは操舵室の壁に寄りかかった。
「まずはマドラの街へ行きます」
 イワンが、テーブルに地図を広げた。インドラ大陸の南側にある街で、それなりに規模があるため、ジャスミンが立ち寄った可能性もある。そもそも、皆、この大陸に近付くことすら初めてだった。船に乗せる食料品も補充したいし、レムリアの地ヘの行き方も調べねば。
(ジャスミンのことばかり探せるわけじゃない)
 ロビンは自らの頬をぴしゃりと叩く。一行の船旅はまだ始まったばかりなのだ。

2/26/2024, 9:46:38 AM

(※二次創作)(物憂げな空)


 どんよりとした灰色の雲が空を覆う。今にも雨が降りそうで、ここから快晴にはならないだろう。風はどこか生ぬるく、見上げても気分を晴らすことはない――牧場主ユカを除いては。
「あしたは雨かな♪きっと雨だな♪」
 足取りも軽やかに、ウキウキと。
「何しよっかな♪どこ行こっかな♪」
 ついつい妙ちきりんな替え歌も出てくるというもの。
 何せ雨の日は水遣りがいらない。たとえば少し前にブレアに教わった、刺繍糸で作る組み紐を作るのはどうだろう。色の組み合わせは千差万別、仕上がりの印象も変幻自在だ。
 ドウセツに教わった味噌汁をいくつか作るのも楽しそうだ。家の前の砂浜でよく拾える赤貝で貝汁を作ってプレゼントしていたら、他にも具になる食材を教えてもらったのだ。
「ジャックんとこ行って、映画借りてみようかな」
「やあ、楽しそうだね」
「そうなの、だって明日はあ……ジャック!?」
 ユカは文字通りその場に飛び上がった。今まさにジャックのことを考えていたら、まさか本人が来るなんて。数日前、雑貨屋が休みの日に彼の部屋で、映画を見た時は、疲れが溜まって寝落ちしてしまった。そのリベンジといこうではないか。
 一方、ジャックはどこか元気がなさそうだ。
「どうしたの?何があったの?」
「明日雨みたいだからさ。雨が降ると、お客さんは減るし、シンディは髪が爆発して不機嫌になるし、ちょっとね」
「ふうん」
 ユカにとっては雨の日は不意に貰った休暇なのだが、なるほど、人によって事情はいくらでも変わるものだ。と、ユカはいいことを閃いた。
「じゃあさ、私、明日お店に行くね。新しいプリンがつくれるようになったから、みんなにお土産も持って行けるし」
 それに、とユカは笑う。
「ジャックだって、少しは退屈が紛れるでしょ?ちょうど、作物の種を買い足したかったし」
 いよいよ空は暗くなり、ユカは対照的に軽やかに飛び跳ねる。

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