美佐野

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(※二次創作)(遠くの街へ)

 かくしてカイは都会に帰っていった。
 一人で見上げる空の、なんと高いことだろう。
 クレアは牧場主だ。今年の春に乗っていた船が嵐に襲われ、一人だけこの街の浜辺に流れ着いた。災害に遭ったショックで名前以外の記憶を失くしたクレアは、当座の間ということで、牧場の跡地に住むことになったのだ。
 右も左もわからないままに、がむしゃらに日々を過ごし、夏。クレアは、カイに出会った。
「女の子ひとりで牧場!?誰も止めなかったのか?」
 クレアの来歴を知ったカイは、とんでもないことだと一人で怒っていた。確かに、大変だった。ようやく鶏を一羽買えたぐらいの頃だった。でも、どこの誰かも判らない胡乱な人間を受け入れてくれたのだ、クレアはこの街に感謝していた。
 カイは世話焼きな男だ。海の家の営業もあるだろうに、毎日のように牧場に足を運んではクレアの様子を見てくれた。そんな彼のことを、クレアは好きになってしまった。
(今日から秋……)
 昨日までとは違う作物が育つ季節だ。雑貨屋に種を買いに行かなくてはならないのに、足が重い。カイは夏が終わると同時に自身の住む都会に帰っていった。次に会えるのは、来年の夏。秋は始まったばかりで、なんと遠いのだろう。
(一緒に行けたら、よかったのに)
 カイが暮らす遠い街を想う。牧場なんて捨てて、一言、連れて行ってと言ったらよかったのだ。街の人はクレアに本気で牧場主になってほしがっているわけではない。行く宛がないから置いてくれただけだ。
(でも、カイが私のことをどう思っているかは、判らない)
 クレアは出荷箱の蓋に腰掛ける。昨日までは、大体今ぐらいの時間帯にカイが顔を出していた。嫌われてはいないだろう。でも、好かれているかは、別。一緒に行きたいと言ったところで、拒否される可能性の方が高い。
(畑仕事、しなきゃ)
 クレアはのろのろと立ち上がる。遠い街のことは、意識的に脳内から追い出した。

2/29/2024, 12:07:28 PM