不知火

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1/24/2024, 3:56:52 AM

 暗い海から次々に花火が打ち上がる。
 私は海上へ凧のように浮遊して、爆発を眺めていた。
 わかっていた。あれらは欲望の猛りだ。
 底の見えない暗流に、私の本性が隠れている。厭な笑みを浮かべ、大統領の妻みたいに高価な装いをした私。そいつに火が入り、宙を駆け上がって空にて弾けるのだ。耳をつんざく絶叫が飛び散る。尊敬されたい! 愛されたい! 悦びたい! この世の全ての人間よりも幸せになる権利が、命の価値があるのだと断定してほしい!

 目が覚めてみれば、涎でべたべたの枕に突っ伏していた。帰宅してから着替えていない服と洗っていない埃まみれの身体が痒くてたまらない。
 垢の詰まった爪で頭を掻きながら携帯を揺り起こすと、寝る前にぼんやり見ていた動画が現れた。ああ、ポップコーンを作る動画だったっけか……

7/14/2023, 9:38:40 AM

 可哀想なきみ。何も知らないきみ。
 鍋を火にかけたことを忘れ、あわや火事になりかけた。私が止めなければ大惨事になっていただろう。それも忘れて眠りこけるきみ。社会不適合な劣等生物だ。
 隣人が大事にしていることを忘れ、花壇のパンジーを片端から摘んだ。私が間に入らなければ涙浮かべた相手に殴られていただろう。それも忘れて今朝も朗らかに挨拶してみせたきみ。ひとを傷つけて反省しない、共感を失った罪人だ。

 私がいなければ何もできないきみ。
 きみがいなければ居場所のない私。
 朝から晩まで笑って過ごすきみ。
 笑顔の作り方すらわからない私。
 どうしてきみの方が、あまねく人間が理想とするような明朗闊達な日々を送れているんだろう。世界の全てから嫌われているのに。どうして私は劣ったきみより劣っているんだろう。世界の誰より尽くしているのに。
 知らなくていい。忘れていいよ。
 可哀想なきみ。何も知らないきみ。

7/11/2023, 9:21:37 AM

 目が覚めると朝の五時だった。
 確か眠ったのは夕方六時だったはずだが。
 彼女はスマホを置き、枕に頭を投げ出した。眠気はまったく感じない。こんなに素晴らしい目覚めも久しぶりだ。
 部屋に射し込む朗らかな陽の光を不本意な気持ちで浴びる。すっかり時間を無駄にした。夕飯も食べそびれた。冷蔵庫の豆腐ハンバーグ、楽しみにしていたのに。お気に入りの猫動画を見ながら怠惰に過ごすはずの夜時間が台無しだ。
 不満を籠め、右に左にごろごろ転がる。
 過ぎたことは仕方がない。早めに起きられたのだから、朝の準備をゆったりこなすとしよう。紙風船のように軽い体でベッドから飛び出す。伸びをひとつ。スマホを拾い、待ち受けの黒猫を指で撫でた。
 おはようございます。

7/6/2023, 2:50:01 PM

 おんなのこ いたもん。
 いなかったって みんないうけど。
 わすれなさいって おこられるけど。
 かわいいおともだち いたもん。

 ゆきあそび したもん。
 すこっぷ そりがわりに すべったよ。
 かまくら とんねる つくったよ。
 ゆきだるま のきさきで わらってたもん。

 おんなのこ いたもん。
 がっこうのめいぼに のってないけど。
 あどれすちょうに はいってないけど。
 やさしいおともだち いたもん。

 みずあそび したもん。
 とびこみ せんすい とくいだったよ。
 ぷかぷかういて ぶくぶくもぐったよ。
 あしのうら こんくりで こんがりだったもん。

 おんなのこ いたもん。
 さいごのおわかれ さよならしたけど。
 しらないことばで さよならしたけど。
 だいすきなおともだち いたもん。

 おんなのこ ふるさとで いってくれるかな。
 すてきなおともだち いたもん って。

7/5/2023, 2:51:21 PM

時が止まったような寒空。星空は凍った池のよう。叩き割ったら天の川からミルクが滝のように流れ落ちるのだろうか。
凍てついた星空。もし、もしもミルクがたくさん手に入るなら、かわいい猫たちをお腹いっぱいにできたのに。
氷の向こうの夜闇。けれど空を割る力はない。太陽に溶かしてもらいたくても、昼になれば天の川は消えてしまう。結局は溢れるほどの甘いミルクが隠されていると知りながら指をくわえて仰ぎ見るしかない。
ごめんね、お腹いっぱいにしてあげられなくて。
今夜は、ほら、朝が来るまで星を数えてあげる。
だから、どうか。安心して休んでね。

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