不知火

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 可哀想なきみ。何も知らないきみ。
 鍋を火にかけたことを忘れ、あわや火事になりかけた。私が止めなければ大惨事になっていただろう。それも忘れて眠りこけるきみ。社会不適合な劣等生物だ。
 隣人が大事にしていることを忘れ、花壇のパンジーを片端から摘んだ。私が間に入らなければ涙浮かべた相手に殴られていただろう。それも忘れて今朝も朗らかに挨拶してみせたきみ。ひとを傷つけて反省しない、共感を失った罪人だ。

 私がいなければ何もできないきみ。
 きみがいなければ居場所のない私。
 朝から晩まで笑って過ごすきみ。
 笑顔の作り方すらわからない私。
 どうしてきみの方が、あまねく人間が理想とするような明朗闊達な日々を送れているんだろう。世界の全てから嫌われているのに。どうして私は劣ったきみより劣っているんだろう。世界の誰より尽くしているのに。
 知らなくていい。忘れていいよ。
 可哀想なきみ。何も知らないきみ。

7/14/2023, 9:38:40 AM