「あ、」
空を切った。
そこには何もなかった。何もなくなった。
あった筈の何か、それは一体何だった?
いまさら知覚をした。指先が震えて声も出ない。
未だあるのは残響と気配、それすら幻覚だった。
ぬるい風が頬を撫でた。次に雫が頬を撫でた。
鼻の奥が痛くなった。肺が広がらなくなった。
足元が濡れる音がした。子どもたちがじゃれ合う音がした。
それらすべては思い出のように。
膝をついて、手をついて、頭をつけて、私は泣きじゃくった。
ない。
それは喪失を超える孤独だった。
君が窓を背にして立っている。
煌々とさす月光と打ち付ける雨。
またか。
僕はただそれを見ている。動かない。動けない。
視線を下げて、上げると、景色が変質した。
熱帯雨林と愛犬の声。
うずまき銀河とスズメの群れ。
雲上の国と黒い出目金。
最後にあの日の景色になった。隣に君がいる。
そんなはずはないのに。
目の前に君の安らかな寝顔があった。透明な樹脂をすり抜けて頬を撫でた。温度はわからない。
踵を返して席につく。
花まみれの背景と横たえられた棺。
君はいつの間にかいなかった。
ざあ、という音で意識が浮上した。
眩しくて目が開けられない。ライトがつけっぱなしだ。
それどころか、布団の上ですらない。首が痛い。
どうしてこうなったか徐々に思い出した。眠り落ちる前の感情が蘇ってくる。あぁ――
振り払うように首を振って立ち上がる。時計が指しているのはまだ深夜だ。
若干覚束無い足取りで動き出す。こんな所で寝てはいけない。
スイッチを押すと無機質な音がした。
暗くなった部屋で布団に蹲った。
目で追った。
君を考えた。
喧嘩した。
それは辛かった。
違う道へ行った。
まだ君を考えた。
いつか君に会った。
まだ好きだと言った。
心做しか、まだ甘ったるい香りのするキッチンで座り込んでいた。
時計の針と、もうひとつ、ぽたぽたと音がする。
泣いている。
分かりきった勝負でも、やらなければいけない時がある。やりたくなってしまう時がある。
ほんのわずかに期待してしまう時がある。
泣いている。視界が滲む。嗚咽が漏れる。
「バカみたい」