こんな夢を見た。桜を眺めながら、昼食を取る。昼食を終え、一息つく。午後の授業まで、一眠りしようか。そんな事を考えていると、誰かが花壇の前に屈み込んでいるのが見えた。私と同じクラスの女子だ。あまり人といるのを見たことがなく、休み時間はいつも教室にいない。どこに行っているのか分からなかったが、ここだったのか。彼女は、黙々と割り箸で何かを摘んでは花壇の外に放り出している。何をしているんだろう。少し逡巡したが、結局話しかけることにした。
「えっと、何してるの?」
話しかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
「…あ、どうも。たしか、同じクラスの人ですよね?今は芋虫を捕まえて捨ててます」
ほら、と彼女は割り箸で挟んだ芋虫を見せた。箸から逃げようと蠢くそれに思わず後退りした。
「やっぱり、気持ち悪いですよね。これが綺麗な蝶に成長すると分かってても」
「そ、そうだね」
「でも、この芋虫が蝶に成長することはないのでただ気持ち悪いだけですけど」
彼女は花壇の外に芋虫を放り出した。
「何で外に出してるの?」
「お花の葉っぱを齧るからです。齧られると、お花が光合成出来なくて枯れてしまうので」
「でも、外に出しても戻ってくると思うんだけど」
「大丈夫です。戻ってくる前に、鳥や他の虫たちに捕食されるので心配ありません」
彼女はまた芋虫を探しているのか、箸と目が葉っぱの上を動き回っている。話題作りのために花壇を眺めると、かなり手入れされてることに気づいた。花は全て綺麗に開花し赤や黄色、桃色などで彩られている。葉っぱも青々とした緑色だ。
「それにしても、ここの花壇は綺麗だね。春爛漫って感じ。君がいつも手入れしてるの?」
そう言うと彼女はこちらを見、それから目を逸らした。
「ええ、美化委員なので。それに他の人はあまり、お花の世話に積極的ではないし」
「そうなんだ、真面目なんだね」
彼女は花壇の花を愛おしそうに見つめる。
「というより、ここが心の拠り所なんです。お花の世話をしているときだけが、わたしの癒しでして」
「それくらい、お花が好きなんだね」
彼女は私の言葉に微笑む。
「ええ、大好きです」
また見つけたのか、葉っぱから芋虫を摘み花壇の外に放り出した。
「もちろん、芋虫は嫌いですけど」
彼女と花の話をしていると、予鈴が鳴った。
「もう、こんな時間ですね。わたしは、もう少しいるので先に行っててください」
彼女に促され教室に戻ろうとして、弁当箱を忘れたことに気づいた。取りに戻ると、彼女が地面をグリグリと踏みつけているのが見える。何となく気づかれてはいけない気がして、息を潜めた。彼女が去った後、駆け寄るとあまりの惨状に思わず悲鳴を上げる。そこには、潰れた芋虫や割り箸で刺され穴だらけの芋虫の死骸が転がっていた。
こんな夢を見た。大広間にずらりと布団が敷き詰められている。私は教授らしく、実験の準備や指示を出しているらしい。他の研究員は好きな場所の布団に座り、レジュメを読み始めた。今からここで眠り、深く夢の中に潜り込む実験をするからだ。集合的無意識に到達するとどうなるのか、それを実験する。だが、普通に眠るだけでは表層の夢だけだ。そこで、催眠を掛けた状態で眠ってもらう。
『お前は誰よりも、ずっと深く潜ることが出来るダイバーだ。たとえ、それが夢の中でも』
何人かに催眠を掛け、眠らせると私と研究員たちは測定を始めた。順調に夢の中へ潜っていくのが、数値を通して見える。急に機械の緊急アラームが鳴り出した。驚き、数値を見ると数字ではなく四角形を表示している。寝ていた一人がうなされ奇声を上げると、体がグズグズと溶け出した。
「何だ、これは!」
私の声を皮切りに、研究員たちの悲鳴が大広間に木霊した。他の寝ていた彼らも、次々に溶け崩れていく。まるで、炎天下に放置したストロベリーアイスのようだ。
「教授!この実験は中止にしましょう!危険すぎます!」
研究員の一人がヒステリックに、私に訴えかけた。確かに危険だ。しかし、夢に深く潜る実験自体は成功しているのではないか。みすみす、中止にしてしまっていいのか。いや、これはチャンスだ。私と怯える研究員で協議した結果、私と四人は夢の中に潜りその他は待機することになった。とはいえ、そのままだと私たちもアイスのように溶けてしまうだろう。命綱をしていて合図をすればすぐに目が覚める、を催眠の文言に追加した。催眠をかけてもらうと、私たちはすぐに気を失った。目を開けると、薄暗い空間を他のメンバーがゆっくりと降りていくのが見えた。これが、いつも見ている夢よりも深い場所か。しばらくすると、ぼんやりと明るく開けた空間に出た。下には、薄ピンクの海が広がっている。よく見れば、ゴボゴボと泡立っていた。もっと近づくと、海面には目玉や歯などの骨、毛髪が浮かんでいる。気づいて吐き気を催したが、研究のためだと言い聞かせもう少し近づいた。
「そうか、我々はあの場所から生まれたんだ」
「我々は、元々一つの生き物だった」
「あの海の中に還らなきゃ」
先ほどまで沈黙を守っていた研究員たちが訳の分からないことを呟きながら、海の中へ急降下していく。止める暇もなく、垂れ下がった命綱を残して彼らは海の中へ沈んでいった。
「なんてことだ」
これは、私一人の手で負えるものではない。今すぐ目を覚まして、上に報告しなくては。合図を送ろうとすると、足首を何かが掴んだ。
「教授、海に還らないんですか?」
顔をゆっくり下に向けると、海の中から体と顔が半分溶け崩れた研究員らしき何かが身を乗り出していた。
「ここは苦しみも痛みもないし、何より皆が自分を肯定してくれるのに。還らないんですか?」
私は必死で足首に絡みつくそれの手を蹴りつける。ふざけるな、私はそんな姿になってまで安寧を欲していない。強く蹴ると痛がるような素振りを見せ、手を離した。命綱を引っ張り、合図を出すと急激に引き戻される感覚がして目が覚めた。
「教授!他の人が…」
ちらりと見れば、やはり溶け崩れた肉塊に変わっている。精神が海に落ちると、肉体にまで影響が出るようだ。これ以上は危険だ、上に報告して…。突然、後ろで悲鳴が上がった。
「教授…!助けてくださ…」
振り向くと、肉塊から滲み出たあの海と同じ薄ピンクの液体が研究員の一人を呑み込むところだった。手を伸ばすも遅く、完全に呑み込まれるとくぐもった断末魔が聞こえた。周りからも悲鳴や命乞い、断末魔が大広間に響く。そして、私にもそれは這い寄ってきた。
「やめろ、来るな!」
(教授…教授のおかげです。貴方が誰よりも、ずっと研究熱心だったから帰ってこれました…)
頭の中に肉塊になったはずの研究員の声が響く。
(帰れなくなった僕たちのために、クモの糸を垂らしてもらえるなんて…)
クモの糸?もしかして、こいつらは海に落ちた彼らの命綱を登って…。
(教授…皆、ここにいますよ…怖がらないでください)
(死を恐れないでください…)
「来るな来るな!化け物どもめ!」
私が声を張り上げてもじわじわと寄ってくるそれのせいで少しずつ逃げ場がなくなっていく。
(教授も皆と一つになって幸せになりましょう)
恍惚とした声とともに、私の目の前は薄ピンク一色に染められた。
こんな夢を見た。目を覚ますと、真っ白な天井が見える。多分、病院だろう。事故か病気にでもなったのか。私の体はベッドに寝かせられていて、管がたくさん刺さっている。体は重くて、自分の体じゃないみたいだ。声を出そうとするが、声が出ない。ただ空気が漏れる音だけが聞こえる。私はかなり重傷のようだ。部屋の外から、スリッパを履いた足音が近づいてきた。その瞬間、本能的な恐怖を感じた。私が起きていることを気づかれてはいけない、そう直感して目を閉じた。
「おはよう、今日も来たよ」
ドアの開く音がして柔らかな男性の声が聞こえてきた。足音がベッドの横で止まる。
「相変わらず、可愛い寝顔だね」
頬に、むにゅりと柔らかいものが当てられた。正体は分からないが、何故か鳥肌が立つ。足音が遠ざかると窓が開けられたのか、風が吹いてきた。
「たまには換気しなきゃ。あ、花瓶の水取り替えてくるね」
足音が遠ざかり部屋の外へ出ていったのを聞き、うっすら目を開ける。誰もいない、と息をつく。窓の方を見れば、やはり開けられている。それにしても、あの男性は何者なんだろう。家族にあんな人はいないし、ただの知人への見舞いにしては随分…。パタパタとスリッパの足音が近づいてきた。もう戻ってきたらしい。慌てて、私は目を閉じた。
「花瓶の花もう枯れかけてるから、明日新しいの買ってくるね」
花瓶を置く音がして、ベッド横のイスに彼が腰掛けた気配がした。彼はしばらく自分の近況を話していたが、急に黙り込んだ。どうしたんだろう、話すことがないなら帰ってほしいのだけど。
「…なかなか、起きないね。あの時は、本当に驚いたんだよ。僕の目の前で、自分の首を掻っ切るなんて」
私は自殺未遂を起こしたようだ。私にそんな願望はない、何かしらトラブルでもあったのか。
「死んじゃったらどうしようって…ずっと心配してたんだ。でも、やっと意識が戻ったって聞いて僕、嬉しくて…」
かなり親しい関係らしいが、体と心は無意識に拒否反応を示している。一体これは…。
「意識戻ったのに、起きないのは僕が許せないから?ね、起きてよ。君の気持ちを知りたいな」
するりと彼の手が布団の中に入り、私の手を握った。やめて、と言いたかったが声は出ない。
「君の手は暖かくて、すごく安心するね。いつまでも握っていたいくらい」
一層強く握られると、頭に記憶の断片が入り込んできた。ツギハギの情報をつなぎ合わせると、私が彼を拒否する理由が分かった。彼は同じアパートに住む隣人であり、私のストーカーらしい。最初は世間話をするぐらいの仲だった。しかし友人に嫉妬したり、私の人間関係に口を出すようになった。そしてある日、包丁を持った彼が部屋に上がり込んで心中しようと迫ってきたのだ。抵抗している内に、私は首を包丁で掻っ切ってしまったらしい。
「…んー。唇にキスでもすれば、起きてくれるかな」
ギィ、とベッドに体重がかかり、顔に生温かい息がかかる。やめてくれ!と心の中で叫ぶ。
「…ふふ。まだ、お預けにしようか。焦らなくても、僕たちもう夫婦だもんね。君が眠っている間に外堀を埋めて、婚姻届も出しちゃったから」
これからも、ずっと末永くよろしくね。死刑宣告に近い言葉を吐きながら、彼は私の顔に唇を落とした。
こんな夢を見た。委員会の仕事が長引いて、下校の時間が迫っていた。自分の教室にカバンを取り、待たせている友人のもとへ急ぐ。きっと、待ちくたびれているだろう。もしかすると、とっくに帰ってしまったかもしれない。友人の教室に行くと、窓から沈む夕日を眺めている人影があった。
「ごめん、待った?早く帰ろう!」
人影が、くるりとこちらを向いた。逆光になっていて、顔や姿は見えない。いつもはおしゃべりな友人が静かだ。もしかして、怒ってるんだろうか?のそりと人影が席に近づき、帰る準備を始めた。暇なのでスマホの電源をつけると、メッセージが入っていた。
『ごめん、先に帰らなきゃいけない用事が出来た…。明日は絶対一緒に帰ろうね!』
友人からのメッセージだ。送信時間は、一時間前を表示している。じゃあ、今帰る準備をしているのは…。
「誰…?」
目の前に誰かが立つ気配がした。ちらっと足元を見ると、影のように真っ黒な足があった。おまたせ、と頭上から声が降ってきた。焦げ臭いような異臭がする。私は異常な者に話しかけてしまったようだ。顔を上げられず、私はただスマホを凝視するしかなかった。
こんな夢を見た。よく遊びに行く友人がいるが、目を合わせてくれない。大体、私の手元を見て話している。思い切って聞いてみようと、友人を遊びに誘った。友人は快諾し楽しんでいたが、やはり目が合わない。
「ねえ、何で私と目を合わせないの?」
尋ねると、友人は口ごもる。しばらく視線を彷徨わせたあと、声を絞り出した。
「聞かないほうがいい」
「どうして」
友人はそれに答えず、口を閉じてしまった。
「目を合わせられない理由が私にあるなら、言ってよ。何だか避けられてるみたいで嫌だ」
気になるから正直に言ってほしい。懇願すると、友人は言いにくそうに口を開いた。
「君に理由があると言えば、ある。けど、君のせいじゃないというか…」
普段の友人ははっきり言う性格だ。こんなに口ごもるなんて、よっぽど言えないことなんだろう。
「私と目を合わせられない理由があるのに、私のせいじゃない?どういうこと?」
友人は下を向いたまま、困ったように続ける。
「えっと…君の顔が見えないんだ」
困惑しながら続きを促すと、友人は意を決したようにこちらを見た。みるみる内に友人の顔色が悪くなる。
「君の顔に、鬼の形相をした人間の顔がたくさん重なってる。君の目を見つめると、ちょうどそれと目が合うから目を合わせたくなかったんだ」
なるほど、確かに聞かないほうが良かったかもしれない。